第6話 悪役令嬢はお茶会に行ってきました。
あれから安定してご飯を食べられるようになって、レイジさんのおかげでポールも倭国の料理を作れるようになった。
本当皆には感謝しかない。
特にアズマ君には炊飯器、もといライスクッカー(ジェロームさん命名)の事もあるから何かお礼をしたいんだけど全く思いつかない。
そんな時、王子主催のお茶会が開かれる事になってその招待状が届いた。
これよ!
王子主催ならお菓子も色んな種類があるし味と品質は保証されたも同然、異国のお菓子ならアズマ君も喜んでくれるかもしれない。
ただ、王子主催だけあって誰でも参加出来るわけじゃない。この辺りが貴族や王族の厄介なところよね。
まあ、万が一でもあったら大変だから身元はしっかり確認しておかないといけないか。
「あの、アズマ君。今度王子様が主催されるお茶会があるのだけどよかったら一緒にどうかしら。アズマ君の国にはないお菓子が沢山出るからきっと楽しめると思うの」
「いいのですか!? 是非お願いします!」
「でも一般人は参加出来なくて……その、私の付き人として参加する事になるのだけどそれでもいい?」
「はい!」
考える間もなく即答したけどこの子大丈夫? こんなに純粋だと悪い人にすぐ騙されそうで心配になる。
いや、私は別に騙そうとしていないし、本当にお茶会の間だけのフリだから大丈夫。
「そうそう、付き人を『君』で呼ぶのもおかしいからお茶会の間だけアズマと呼ばせてね」
「勿論です。むしろずっと呼び捨てでも俺は構いません」
「あ、ありがとう」
本当アズマ君っていい子。
また思わず頭を撫でてしまったけど、今度はアズマ君も不思議そうな顔をせずちょっと照れたように笑ってくれた。
******
アズマを連れていざお茶会日。
あの後レイジさんにもお茶会の話をしたら、逆にお礼を言われてアズマをお願いしますと何故か頭を下げられてしまった。
よく分からないけど、レイジさんも特に不快に思っていないみたいだし良しとしよう。
ちなみにレイジさんはあの日から毎日屋敷に来るようになったジェロームさんと一緒にお父様と話し込んでいる。
何か問題があったのかと思ってお父様に聞いてみたらむしろ良い事だよと言われて、ジェロームさんとレイジさんの顔は物凄く輝いていて生き生きしていたから大丈夫そう。
早速アズマと一緒にお茶会に行ったら速攻でビオロ様とエイロン様に声をかけられた。
わざわざ挨拶に? と思ってエグレットの十年間の記憶を辿れば小さい頃から普通に交流があったみたい。つまりエグレットはビオロ様とエイロン様とは幼馴染だったって事か。
しかし子供といえどビオロ様はやっぱり綺麗な顔しているわね。攻略キャラだからかしら。
金髪碧眼で正に王子様って見た目だし文武両道で性格も誰にでも平等で優しくて、仲良くなっていくとちょっとイタズラ好きだったり、普通の人の生活に興味があったりとそんな素の性格も見せてくれるようになる。
公式でも結構優遇されていた気がするしやっぱりビオロルートが正式だと思う。
そして双子の弟のエイロン。
髪色はビオロ様と同じ金色で瞳は緑色。双子だけど顔は似ていなくて性格も全然違ってちょっとぶっきらぼうというか野生的な雰囲気。
一応双子という設定なんだけど、仲良くなってイベントが進むと実は血の繋がりがない赤の他人である事が判明する。
本物のエイロンは生まれて間もなく死んでしまい、その悲しみに母親が耐えきれず偶然捨てられた赤ん坊を見つけて拾ってきたのが今のエイロン。
イベントさえ発生させなければエイロン様は王族のままだし、主人公じゃない私には関係ない事だからこのまま仲良くしていても特に問題なし。
とりあえず挨拶を返してアズマを紹介したら……。
「アズマ? 名前からしてこの国の者ではなく倭国の者ですね。この国と交流はなかった筈ですが……本当に付き人なんですか?」
速攻でバレた。
嘘でしょ、この歳からもうそんな鋭くて賢いの?
ああ、アズマが明らかに顔色悪くなっているし固まっちゃってる。
「申し訳ありませんビオロ様。実はアズマは私の付き人ではなく……」
アズマは全く悪くないのですぐさま謝って本当の事を話した。
お礼をする筈のアズマに迷惑をかけるわけにはいかないしね。
幸い二人ともアズマの事を許してくれてそのまま話を続けようとしたら近くの人に呼ばれてビオロ様とエイロン様は何処かへ行ってしまった。
ただ楽しむだけの私と違って主催者は大変ね。
なんにせよ無事王子達の許可は貰えたからこれでもう何も気にする事なくアズマを連れて行ける。
マカロンやフロランタンといった見た事ないお菓子に目を輝かせ喜ぶアズマを見ていると連れてきて良かったと私も一安心。
礼儀正しいキチッとした子だけど、お菓子にはしゃいでいる様子は年相応の男の子って感じがする。
「このお菓子は何ていう名前ですか?」
「えっ」
アズマが指を差して聞いてきたのは高く積み上げられたシュークリームのタワー。
シュークリームじゃないの?
私もお菓子は好きだけど、だからといって詳しいわけじゃない。
「こちらのお菓子はクロカンブッシュ、といいます」
「くろかんぶっしゅ……こんなに高く積み上げているのに全然崩れないんですね」
「飴で貼り付けていますからそう簡単には崩れないようになっています。お一ついかがですか? お嬢様も、よろしければどうぞ」
「あ、ありがとう」
丁度そこに天の助けといわんばかりにシェフが教えてくれた。アズマはそのまま作り方だとか聞いて何だかシェフも嬉しそう。
うん、年相応の喜び方に対して話している内容はとっても専門的で私には分からない。
仮にも付き人のアズマを置いて他に行く事も出来ないし、かといってあんなに楽しそうに話しているのを邪魔するのも悪いしこのままクロカンブッシュを食べながら眺めておこうかな。
アズマへのお礼なんだから、アズマが楽しんでいるのが大事だものね。
******
一通り挨拶も終わり、ビオロはもう一度倭国から来たアズマと話そうと探していると貴族令嬢達の会話が聞こえてきた。
「見て、あそこの子達。お菓子に夢中になってはしたない」
「本当だわ。食い意地のはった意地汚い付き人を従わせて……確かミュレー公爵の方でしたか。あんな付き人しかいないなんて落ちたものね」
「シェフの作ったお菓子ですが何かご不満でもありましたか?」
あまりの言い方に思わず話しかけてしまったが、内容が内容だっただけに貴族令嬢達はあからさまに目を泳がせている。
「い、いえそんな……とても華やかで美しいお菓子の数々を手配されたビオロ様は流石ですわ」
「あ、申し訳ありませんが私達はこの辺で……失礼致します」
そのまま令嬢達はそそくさと去っていってしまった。
「口だけの根性なしな奴だな」
「エイロン、聞こえますよ」
普通こういう場所でのお菓子は場を華やかにする為の道具に過ぎず、食べる事はない。
しかし遠くで見つけたアズマは美味しそうに食べ、それを作ったシェフはとても嬉しそうにしている。
「……この日の為にシェフが腕によりをかけて作ってくれたんです。折角ですし僕達もいただきましょう」
「ん? ああ、そうだな」
貴族達との挨拶や交流に徹するべきだが、声をかけるべき相手への挨拶は終わった。
ビオロとエイロンはアズマの元へいき一緒にお菓子を堪能し、いつもより美味しく感じながら楽しい時間を過ごした。
******
あっという間に一ヵ月が過ぎてアズマ達の帰国日、お父様とジェロームさんも一緒に見送りに来て……何でジェロームさんアズマ側にいるの?
「ミュレー公爵と話をしまして、このライスクッカーの開発支援をしていただける事になりました。それならばこのお米の発祥国である倭国の方がより開発も進むからとわたくしも倭国へ向かう事に決めたのでございます」
お父様、お米はあんまり好みじゃないのに私が気に入ったからって大金を出してくれるなんて……って、ジェロームさん倭国に行く気満々だけど所長がいなくなって研究所は大丈夫なの?
「実はわたくしあの研究所は辞めているのでもう所長でも研究員でもないただの一般人ですので何の問題もございません」
問題しかないと思います。
え、待って私の我儘の為にこの人仕事辞めて一応援助してくれる人がいるとはいえ単身倭国に行くの?
「あ、あの、家族の方にはちゃんと言いましたか? 大丈夫なんですか?」
ジェロームさんもだけど、私ジェロームさんの家族に恨まれたりしない?
「わたくしの家族でございますか? 二つ下の弟がいますがわたくしよりしっかりしているので大丈夫でしょう。……ですがそうですね、ちゃんと手紙で知らせておきましょう」
あ、この人弟さんに言ってないな。
ライスクッカーに夢中でうっかり忘れていたみたいな気がするぞ?
「弟は……っと、レイジ様達をお待たせするわけにはいきませんのでこの話はまたいつか。ですが弟はきっと喜んでくれるでしょう、エグレット様のおかげでこのような機会をいただけたのですし。ふふ、書きたい事が沢山ありますので手紙というより分厚い本になりそうですね」
……よく分からないけど大人の兄弟ってこういうものなのかな。でもジェロームさんがそう言うなら大丈夫よね、きっと。
ジェロームさんの弟という事は、ジェロームさんに似ていてとっても優しくて大人な人だと思うし。
ジェロームさんとレイジさんはミュレー公爵に改めてお礼を言って、アズマは寂しそうにしながらまた会いに来るって約束してくれて倭国へと帰っていった。
あっという間の一ヶ月だったなあ。
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