第8話 悪役令嬢は目的を忘れています。

「はぁ……」


 何度ため息を吐こうと何度見直しても机に置かれている紙の内容は分からない。


「エグレット様、どうかされましたか?」

「顔色がよくないですね、体調でも崩しましたか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」


 あまりに何度も繰り返していたせいかアズマとビオロ様、あとエイロン様が心配して来てくれた。


 体調は全く問題ない。ないんだけどアズマがすごく心配してくれているし、ちゃんと説明した方がいいよね……。


「あの、何を見ても決して笑わないでいただけますか?」

「勿論です!」


 アズマの即答を信じて私は机に置いてあった紙を三人に見せた。


「これは……」

「うわ、めちゃくちゃ順位低いじゃねえか」


 そう、私が見せたのは入学最初にさせられたゲームにはなかった実力テストの結果。

 百位中九十九位という下から数えた方が圧倒的に早いという相当に低い順位。


 ゲームだとテストの順位は全生徒問答無用で掲示板に貼り出されていたけど、現実だと問題なのか貼り出されるのは上位十位だけ。助かった。


 ちなみにその十位にアズマ達三人は全員入っていた。


 三人は約束通り笑ってはいない(エイロンは明らかに笑いを堪えていた)けど、やっぱり笑ってくれた方がいっそ救われたかもしれない。


「まあお前頭悪そうだもんな」


 私の頭が悪いのは認める。でもこのテストに関してだけは言われたくない。


「見くびらないでくださいエイロン様。私、筆記テストは満点なんですからね」


 こちとらマジックエコールを二十周は軽く超えて全エンド、全イベント、全スチル回収してるんだから。つまり、このテストも問題内容は勿論攻略本も読みまくってテストには出ない魔法属性の関係から歴史まで全て把握済みなんだから!


「うわ、マジで満点じゃねえか……」


 ふふん、恐れ入ったか。

 さっきまで気の毒そうな顔をしていたビオロ様も今度は意外そうに目を見開いている。それはそれでちょっと傷つく。


「エグレット……筆記が満点なのにこんなに低い順位ということは、魔法実技で何をやったんですか?」

「うっ」


 流石万年主席の万能王子。

 痛いところを突いてくる。


「……単に魔法が上手く発動しなかっただけです」

「ですがそれだけなら筆記で十分挽回できる範囲では? 特に満点ならここまで低くはならないでしょう」


 本当この王子鋭いわね。というかそこまで気にしなくても……いや、まあ心配してくれているんだろうけどそんなに気にする事? ていうかアズマまでそんな不安そうな顔をしないでほしい。


 ああ! 言いたくない、言いたくないけど……!


「……暴発したんです……」

「え?」

「ですから! 一度目は魔法が発動しなくて、二度目は暴発して壁を焦がして備品を壊したんです!」


 もうやけになって全部言ってやった。


 これがゲームなら! 魔法実技のテストは魔法を当てる的の弱点属性を選び、そこから上下と左右に動くバーを真ん中に止めて中心に近い程高得点というダーツ式だったけどこれは現実。

 当然選択肢もバーも出てこなかったから魔法の使い方が分からずの自滅!


 こんなの初めてプレイした頃にしかしなかった失敗だったのに……そもそもここはゲームの世界だけど現実だって事をすっかり忘れていた私が悪いのか。転生した時に気づくべきだろって我ながら思う……だってゲームではいつでも見れてた自分のパラメーター全く見れないし。


「壁を焦がすって……確かあの部屋は魔法防御はしっかりしていた筈ですよ?」

「それを焦がすってどんだけ魔力強いんだお前……」

「あ、だからこの順位になったんですね。扱いきれない魔力は危険ですから」


 三人は納得したように色々話しているけど私の順位が低いのには変わらない。


「なる程、ならば魔法技術さえ高めればエグレットはもっと上位を目指せるという事ですね。筆記は満点なんですから次には一位かもしれませんよ」

「筆記も実技も満点一位のお前が言っても挑発にしか聞こえねえぞ」

「とりあえず図書室に行ってみてはいかがですか? あそこなら魔法技術の初歩も揃っているでしょうし」


 図書室?


「図書室に行ってもいいのですか!?」

「え、ええ。僕達生徒は誰でも利用出来ますよ、説明されていませんでしたか?」


 ああ、言ったそばからやらかした。

 ゲームだと図書室にはテスト順位が十位以内かもしくは特定のパラメーターを規定値まで上げないと入れないからうっかりしていた。


 ここはゲームの世界であると同時に現実。

 確かに現実だと図書室へ行くのに条件は必要ない。


「ありがとうございますビオロ様! 早速行ってきます!」

「あ、エグレット様俺も……!」

「もういねえぞ」

「あっという間でしたね」


 ******


 図書室といえば私の本命シュエットがいる場所。

 しかも図書室はシュエット攻略に必要なパラメーターを上げる場所だから、行けばシュエットに会えてイベントも起きてと私にとってはまさに天国。後半になるともっと効率よく上げられる街の図書館が利用可能になるけど、イベントなくてもシュエットに会いたかったから街の図書館は数えるぐらいしか使わなかったなあ。


 っと、早速図書室に入れば受付にシュエット。ここはゲームの通り。


 主人公の先輩で、銀色の長い髪を一つにくくり肩に流したゲームのままの姿。

 歴史に詳しくて、エンディングでは考古学者や学芸員にまでなったりする。


 エンディングの眼鏡もすごく似合っていたし、普段の姿も格好いい。もう全てが格好いい、好き。


「おや、どうしましたか?」

「あっ、えっと、魔法技術の本を借り、いえ読みたくて!」

「魔法関連でしたら右の棚から二番目がそうですよ」

「ありがとうございます」


 ゲームのままのやり取りに感動しつつ、目的の本へ。

 本当はお喋りしたいんだけど、仕事の邪魔をしたくないしシュエットの姿を眺めていようとこの場で読む事にした。


 本を探しながらシュエットを見れば他の人にも案内をしたり貸し出ししたりと動いていて眼福。やっぱりゲームで見るのと現実で見るのは全然違う。


「っと、惚けている場合じゃなかった」


 すぐに我に返って本を探し始めた。図書室に来たのに本を読まないのは失礼だものね。ゲームでも好感度が下がる行為だから気をつけないと。


 そうして魔法技術の本を探していたら、ふと目に入った歴史の本に探す手が止まってしまった。


 そういえばここはマジックエコールの世界だけど、本当にゲームのままなのか気になる。

 筆記テストが満点とはいえ、これが偶然だったら次からはどうなるか分からないしやっぱり確認は大事よね。


 と、ひたすら歴史本を読み漁って過去の記憶と照らし合わせてみた結果、ゲームと全く同じだった。

 魔法の始まりとか最初に属性魔法を開発した人、そこからの発展他にも色々全部がゲーム通り。

 良かった、これなら次の筆記テストも安心ね。


 それにしても、私は勉強嫌いだけどゲームの事になると必死で覚えて歴史とか全部覚えているって凄くない? 現実の歴史はそんなに覚えていないのに、このゲームだと何ていう名前の人がどんな魔法を開発して弟子は誰とかしっかり憶えているもん。


「こんなに沢山本を読むなんて……貴女も歴史が好きなんですね」

「え? あっ、あっ、シュエット様!?」

「ああ、驚かせてしまいすみません。そろそろ図書室を閉める時間が近づいて来たので知らせに来たんです」


 えっ、もうそんな時間?

 夢中で調べていたから全然気づかなかった。


「本は私が片付けておきますのでそのまま帰って大丈夫ですよ」

「そんな! あの、私が読みたくて取ったんですからちゃんと私が元に戻しておきます!」


 と、言い切ったはものの、改めて机を見れば分厚い歴史の本が五冊。

 片っ端からというか気になったタイトルを適当に抜いていったから元の場所って……え、どの棚からどの本取ったっけ?


 ゲームの事は何でも覚えているとは言ったけど、流石に図書室の本の並び順とかは覚えていないって……。

 そもそも本自体好きに選んで読めるシステムじゃなかったしそこは仕方ないよね。

 うん。うん……。


「……あの、大変申し訳ないのですがやっぱり手伝っていただけますか? 少しでいいので! 私もちゃんと調べて間違えないよう元に戻しますから!」


 何かこのゲームの事は全部覚えている! って言い切った途端にこれだから天罰を受けた気分。


「ふふっ、そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。本を戻すのは図書委員の仕事ですから。ですが、ありがとうございます」


 なのにシュエット様は怒らずに許してくれて、しかもお礼を言うのはこっちなのに……やっぱりシュエット様は格好よくて優しくて最高。


 毎日来よう。

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