第18話


 「ごきげんよう、ベディヴィア家のザリア殿でよろしいですかな?」


 「……? そうだが……貴方は?」



 野宿で一夜を過ごした私達。まるで星空に祝福されているかのような素敵な野宿だったわけだが、そんな私達の前に見るからに怪しい人物が現れた。燕尾服を着た中年の男。眼鏡をかけ、長身でスラっとした体格。

 私とザリアは身を寄せ合い寝起き顔のまま男を観察。そしてニヤついた男の顔を見ながら、だんだんと頭が覚醒してきた。私とザリアは被っていた毛布を急いで取り払い、身だしなみを整えながら姿勢を正す。そしてザリアは一度咳払いをしつつ、若干顔を赤くしながら男へと再び尋ねた。


「失礼……どちら様でしょうか」


「いやいや、私の方こそ失礼いたしました。もう少し待っていようかとも思いましたが、無粋な者に見つかる前に起こして差し上げた方がよろしいかと思いまして」


 もう少し待っていようかと……?

 それはつまり私達はこの男性に寝顔を観察されていたと言う事か。一体いつから……不味い、恥ずい。


「それはどうも……。ところで先程から貴方はどちら様かと尋ねているのですが」


 寝顔を覗き見られたからか、ザリアが少しイラっとしている。いや、恐らく男のニヤついた顔にいら立っているんだ。私も少し恥ずかしいのと男を殴りたいのとで半々だ。


「これは失礼しました。私はアルベイン家が傘下、ハルオーネ家の使いの者です」


 ハルオーネ家?!


 それを聞いた瞬間、私は背筋を正し目を見開き、先程とは打って変わって男の前へと。

 私の態度から、ザリアも首を傾げながらも姿勢を正してくれる。


「し、失礼しました! 御見苦しい所を……アルベイン家が長女、シャリア・アルベインです」


 ヘコヘコと頭を下げる私。私に同調するようにザリアも頭を下げるが、何処か不満そうな顔だ。

 恐らくザリアはこう思っている。傘下の家柄に何故そこまで低姿勢なのか、と。


 低姿勢にもなるさ。だって……私の御爺様は酔った勢いで……独身だったハルオーネ家の現当主の女性に子供を宿してしまったのだから。つまりその子供は私の父と兄弟の関係という事になる。確かまだ五歳くらいだが。


 私の御爺様は酔った勢いとはいえ……いや、酔った勢いだからこそ、許されない事をしてしまった。そこでその女性へ、アルベイン家直属の傘下の称号と財を与えた。御婆様が生きていたら恐らく御爺様は瞬殺されていただろう。


 ちなみに御爺様は二年前に他界している。その際にも、御爺様の遺産の大半をハルオーネ家へと譲渡した。それでわだかまりは済んだと思っていたが……やはりいくら財を貰っても癒せない傷はある。きっとその女性は御爺様の事を恨んでいるに違いない。


 私は恐る恐る、ハルオーネ家の使いの方へと何用かと尋ねる。

 まさか今回、私がベディヴィア家へと嫁ぐ際の何らかの利権に一枚噛ませろとか……


「いえ、実は……我がハルオーネ家の長男……つまりは貴方様の叔父にあたる我が主人が……」


「あぁ、リュカ様でいらっしゃいますよね。今年でいくつになられたんですか?」


「今年で六歳ですな。最近、段々生意気に……いや、失礼。段々と頼もしく育っております」


 成程、この人はリュカ様……私の小さな叔父様の執事的な存在か。

 ところで、そのリュカ様がどうかされたのだろうか。


「実は……リュカ様は今回、シャリア様がベディヴィア家へと嫁がれる事を知り、大変悲しんでおられて……」


「ルーカス! 何を悠長にしておる! 私は待ちくたびれてしまったぞ!」


 その時、なんだか可愛い生意気な声が聞こえてくる。私とザリアは声がした方へと目線を向け、思わず頬が緩んでしまった。そこに居たのは小さな燕尾服を身に着けたリュカ様。

 御爺様と同じオレンジ色の髪に灰色の瞳。そしてあどけない少年の顔。私は思わずリュカ様へと駆け寄り、目線を合わせるようにしゃがみ……


「リュカ様! 大きくなられましたね! 前に会った時はまだこんなだったのに……」


 私は指で豆粒程度の大きさを表現しながら、リュカ様の腰に手を回して抱きしめる。

 あぁ、なんかいい匂いがする。


「うわっ、ちょ……いきなり抱き着くなシャリア! 私はお前の叔父だぞ! 失礼であろう!」


「はいはい、失礼しました。というかリュカ様……どうされたのですか? こんな所で……」


 不味い、ニヤニヤが止まらない。可愛い顔をしているくせに私の叔父だと宣言する少年。このギャップが堪らない。私はその可愛い両手をニギニギしながら、リュカ様が何故ここに居るのか、その理由に耳を傾ける。


 ……? なんだか手の平に硬い豆が……


「シャリア、聞いたぞ。お前……そこの青二才と結婚するらしいな!」


「まあ、リュカ様ったら……青二才なんて言葉、何処で覚えたんですか? ちゃんと勉強されてるんですねーっ!」


 あぁ、可愛すぎる。そして面白すぎる。六歳の子がザリアに向かって青二才って……一体全体どういう事なんだ。私の頭の中に花畑が咲き散らかってしまう。


「うぅぅぅ、シャリア! 私を子供扱いするな! 私はお前の父の弟なんだぞ!」


「ははっ! これは失礼致しました……!」


「分かればよい! それで話を戻すが……シャリア、今日はお前の結婚相手を私が見極めに来た! お前に相応しくない相手ならば、私は結婚なんて認めないんだぞ!」


 なんと。リュカ様はもしかして……私の事を心配して下さったのだろうか。リュカ様は賢い。もしかしたら政略結婚の意味すら知っているのかもしれない。これは……適当にあしらっていい事柄では無い……んだけど……


「あぁ! リュカ様! 私のためにご足労頂きありがとうございます!」


 思わずリュカ様に再び抱き着いてしまう私。

 私の小さな叔父様は、本当に私の事を姪として心配してくれているんだ。これが抱き着かずにいられようか。


「ふぉあ! いちいち抱き着くなシャリア!」


 そのまま小さな手で剥がされる私。むぅ、残念。


「と、ところで……ルーカス、そろそろ紹介せよ。その青二才をな!」


「ははっ、畏まりました。ではザリア様、こちらに……」


 ルーカスさんはザリアをリュカ様の前へと出るよう促し、ザリアも素直に従ってくれる。というかザリアも頬が緩みきってる。リュカ様の事が可愛くて仕方ないに違いない。

 ザリアはリュカ様の前で片膝をつき目線を合わせ、まるで君主へと謁見を求めるかのような態度。リュカ様はその礼儀正しいザリアの態度を見て、なんだか満足気に胸を張っている。あぁ、可愛い。


「うむ。では私から名乗ろう。私の名はリュカ・ハルオーネ! シスタリア王国、アルベイン家直属傘下の貴族である! ちなみにシャリアの叔父でもある!」


 ビシィ! と言い放つリュカ様。ザリアもそれに答えようと片膝をついたまま胸に手を当て、一礼しつつ名乗りをあげる。


「リュカ様、お目にかかれて光栄です。私はシスタリア家、四大貴族が一つ、ベディヴィア家のザリア・ベディヴィアと申します。王国では騎士隊長の任に尽力させて頂いております。本来ならば私の方からお伺いする所、ご足労頂き誠にありがとうございます」


 いや、ザリア……そこまで丁寧に言わなくても……

 

「……四大貴族? おい、ルーカス。四大貴族ってなんだっけ」


「ははっ、それは……ゴニョゴーニョ……」


 リュカ様へと耳打ちするルーカスさん。するとリュカ様の顔がだんだんと面白い事に……いや、なんか真っ青に……


「お、王家に古くから仕える名貴族?! なにそれ! そんなの聞いてない……! しかも騎士隊の隊長って……凄いの?」


 再びリュカ様へと耳打ちするルーカスさん。すると段々……リュカ様が涙目に……あぁ、どうしたの! リュカ様……!


「王国に……十五人しか居ない……騎士の指令塔……ひぐっ!」


 あぁ! リュカ様が泣いてしまう!


「ザリア! なんでリュカ様泣かせちゃうの! ダメでしょ!」


「え?! いや、そんなつもりは……リュカ様、私は確かに騎士隊長ですが……隊長の中ではまだまだ若輩も若輩でして……」


 必死にフォローを入れるザリア。一体何に対するフォローなのかが良く分からないが、リュカ様はルーカスさんから受け取ったハンカチで鼻水をかむと、再びキリっとした表情を見せてくれる。


「す、少し驚いてしまっただけだ! いいだろう、家柄や職については認めよう! でも肝心なのは人としての器量だ! ザリア殿にシャリアを嫁がせる程の器量があるかどうか……見極めさせてもらう!」


 本当にこの子、一体普段どんな環境で生活しているんだろうか。とても六歳が喋っているとは思えない。

 それにしてもザリアの器量を測る……一体どうやって……


 ザリアは大げさに「ははっ!」と頭を下げながら……ぁ、完全に遊んでる。

 でもリュカ様の真剣な表情になにか刺さる物があったのか、ザリアは決してふざけているわけでは無い。


「ではリュカ様、私めの器量……如何して測って頂けますか?」


「うむ。ではまず……私と勝負だ!」


 突然そう言い放つリュカ様。私とザリアは目を丸くしてしまう。勝負って……一体何で?


「ルーカス! 例の物を!」


「ははっ」


 ルーカスさんは少し離れた所に停めてあった馬車から、鍛錬用の木剣を二つ持ってくる。そしてそれをザリアとリュカ様へと手渡し……


「剣で勝負だ! 言っておくが私は三歳の時から鍛錬を積んでいる! 舐めていると痛い目を見るぞ!」


「成程、畏まりました」


 木剣を受け取ったザリアとリュカ様。

 そのまま草原で距離を取り向き合う。


 思わず私はリュカ様が怪我をしてしまったらどうしよう……と考えてしまうが、ザリアなら心配は無いだろう。そんな子供相手に本気になるなど……





 ※





 かくしてザリアとリュカ様の決闘が幕を上げる。

 双方距離を取り向かい合い、剣を構える。リュカ様は鍛錬を積んでいると言うだけあって、構えは基本に忠実だ。ちゃんとその小さな体には、一本筋が通っているように見える。


 私とルーカスさんは少し離れた所で様子を見ていた。私はここにきて、リュカ様の真意をルーカスさんへと尋ねる。

 

「あの、ルーカスさん……リュカ様は何故突然……」


「おや、気づかれませんでしたか。リュカ様はシャリア様の事を大変お気に召しておられるのですよ。しかし叔父と姪の関係なのです。どうかリュカ様の心中……お察し頂けると助かります」


 なんだって……。私とリュカ様は本当に小さい頃に会ったきりだ。確かまだリュカ様が二歳か三歳くらいの時に。それから度々目にすることはあったかもしれないが、こうして会話するのは本当に久しぶりだ。

 なのに私の事をそんな風に思ってくれていたのか? 不味い……リュカ様を可愛い可愛いと愛でていた自分を殴りたい。リュカ様は真剣だ。


 決して結ばれない恋。それは私も同じだった筈だ。私はリコと将来を誓いあい……しかしそれは叶わないと知った。その時の絶望は私は忘れない。忘れる事など出来ない。


 そしてそれは……リュカ様も……


「ではザリア殿……参る!」


 リュカ様は重心を前に傾けると、そのままザリアへと一直線に。

 何という事だ。正直凄い。本当に六歳の子供なのだろうか。その動きに無駄は無く、子供っぽさなど微塵も感じない。私も兄に剣術の指南を受けていたが、果たしてリュカ様から一本を取る事が出来るだろうか。


「やぁ……!」


 リュカ様はザリアへと突きを繰り出す。恐らくザリアもリュカ様の動きに驚いているだろう。そしてザリアの性格なら恐らく……


「……っ?!」


 いとも簡単にリュカ様の木剣は宙を舞った。ザリアは本気では無いだろうが、子供相手に遊んでやる気など微塵もないと言った雰囲気。ザリアは認めたのだ、リュカ様を一人の男として。


「うぐっ……い、一撃……」


 リュカ様は膝をつき、まさか一発で剣を弾かれてしまうとは思ってなかったのか、今にも泣きそうに。そんなリュカ様へとザリアは近づき、その小さな手の平を広げさせる。


「……リュカ様、見事な一撃でした。貴方程の突きを繰り出せる騎士が私の部下に居るかどうか……」


「……うぅぅぅぅ! 五月蠅い! 子供扱いするな! 子供相手だと思って適当な事言うな!」


 あぁ、リュカ様が本格的に泣いてしまった!

 そのままザリアへと子供のように……いや、子供なんだけど、泣き喚くリュカ様。

 しかしザリアは真剣な表情のまま、リュカ様の手をなぞりながら


「確かに……リュカ様はまだ子供だ。しかし私が先程言った言葉は真実です。あれほど綺麗な突きを放てる騎士は数少ない。そして六歳という身でありながら……この手の平の豆は本物だ。そして私に負けて流すその涙も、全て本物だ」


 ザリアの言葉に口を噤むリュカ様。袖で涙を拭きながら、真正面からザリアを見据える。


「久しぶりに……良い物を見せて頂きました。私も答えなくてはなりませんね」


 そのままザリアは先程まで私達が居た岩場の前へと立つと、木剣を置き、腰の長剣を抜く。

 

 私もリュカ様もルーカスさんも……ザリアを後ろ姿から目が離せなかった。先程とは雰囲気が一変している。まるで敵と向かい合っているかのような……


「リュカ様。貴方の剣が私に力を与えてくれた。今の私は……何物にも負けない。私に切れぬ物など……無い!」


 一瞬、閃光が私達の目の前を走ったように思えた。次の瞬間、巨大な岩は音を立て真っ二つに。

 

 私達三人は開いた口が塞がらない。私は以前、兄が庭の銅像を真っ二つにして父に叱られるのを覚えているが、ザリアが今切った岩はその数倍はある巨大な物。それを剣で切れる物なのか? まるで御伽噺でも見ているような気分。いや、これは夢だ。そうに違いない。


「す、すごい……」


「なんという無茶苦茶な……」


「ザリア……やりすぎ……」


 口々に感想を言い合う私達。そのままザリアは長剣を収める。するとリュカ様がザリアの元へと駆け寄った。


「ザリア殿! 私に剣を……剣を教えてください!」


 何という事だ。先程まで可愛い生意気な子供だったリュカ様が……自ら頭を下げてザリアにお願い事をしている。ルーカス様でさえ驚いている。


 ザリアはリュカ様と目線を合わせるようにしゃがむと、それは出来ないと……リュカ様へ伝えた。


「な、何故ですか? 騎士の務めの……ほんの少しの合間でいいんです!」


「そういう問題ではありません、リュカ様。貴方には既に優れた指導者が就いている。あれほどの突きを指南する方です、私などより余程優れている」


「……そんな事は……」


「リュカ様、そもそも貴方は騎士になりたいのですか? 貴方の夢は……彼女の横に立つ事ではないのですか?」


 私へと視線を送るザリア。そしてリュカ様も私へと振り向いてくる。

 リュカ様は私を見ながら、ザリアへと頷き……


「そうでした……私はいつかシャリアのような……優れた技術者になります。いつか……アルベイン家を支えれる程の男になって……」


「その意気です、リュカ様、いや……リュカ殿。ところで……私の器量はシャリアが嫁ぐに相応しい物でしょうか」


 その質問にリュカ様は満面の笑みで答える。

 胸を張り、いつものリュカ様の……少し生意気で可愛い笑顔で……


「うむ! リュカ・ハルオーネはザリア殿をシャリアの夫となる事を、ここに認める!」




 

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