第33話

 

 「こちらです、シャリア様、如何ですか?」


 「…………言葉が……でません」



 マグフィットさんと夜の宴会を過ごした翌日、私とザリアはその場所に赴いてた。マグフィットさんは婚礼の儀を挙げるならそこが相応しいと。


 ローレンスから馬車でほどなく走った所にそこはあった。私とザリアは昨日の事があり、終始無言。マグフィットさんはそんな私達に気を使ったのか、別々の馬車を用意しようかと打診してきたが、流石にそれは断った。それをしてしまえば、これからすれ違いが多くなると思ってしまったから。


「シャリア様、美しいでしょう? 心が洗われるようでしょう?」


「え、えぇ……素晴らしいです……」


 私は呆然と目の前の光景を眺めていた。そこは比較的開けた場所、しかし木々が円状に並び、私の視界はどの方向を見てもその花が目に入る。


 その花とは木々に咲き乱れていた。そして小さなピンク色の可愛らしい花びらが、風に乗って巻き上がり、まるで吹雪くように舞っている。なんという幻想的な光景。私はしばし放心状態で、まるでここは天国か? と錯覚してしまう程に現実感を喪失していた。


「では私はちょっと向こうの方行ってますんで!」


 マグフィットさんは非常に分かりやすく去っていく。私とザリアは二人きりにされ、なんとなく気まずい雰囲気が。しかしそれも目の前の風景で薄れていき……私は思わずザリアへと


「……ザリア、昨日の……」


「シャリア、昨日の事なんだが……」


 ……同時に、恐らく同じような事を言おうとしたのだろう。私とザリアは、どうぞどうぞと発言権を譲り合う。そのうちに可笑しくなってしまい、自然と笑みが零れた。


「……あの、ザリア……すみませんでした。私はリュカの事で頭が一杯になってしまって……自分達の事をおざなりに……」


「いや、それは……まあ仕方無いんじゃないか。俺も大人気無かった。その……シャリアがリュカ様に取られたと思ってしまって……」


 なんだと。そんな可愛い事を思っていたのか、ザリアは。

 

「実は昨日の夜、マグフィットさんに説教されてね。一人でシャリアを夜中に出歩かせるとは何事かって……」


「えっ」


「諸々言いたい事はあったけど……そのあと、こうも言われた。リュカ様を男扱いする前に、まず自分が大人になれって……」


 ザリアに対してそんな説教が出来るのはマグフィットさんくらいだろう。相手は数千年存在し続けている神に等しい魔人。思わず頷かずにはいられない。


 というか、マグフィットさんは私と別れた後ザリアの所にも行っていたのか。なんだか……モヤモヤする。夜中にあんな綺麗な人と二人きりで……。


「だからシャリア、一晩考えた。リュカ様の事は俺も出来る限り協力する。俺も本心ではリュカ様の事が気になる……って、どうしたシャリア、なんか怒ってる……?」


「……いえ。ザリアったら……昨日の夜、私に黙ってマグフィットさんと会っていたんですね」


 なんとなく……拗ねてみる。するとザリアは分かりやすく焦りだした。そして別に変な事はしていない! と力説してくる。


 思わず私は口を塞いで笑ってしまい、今度はそれを見たザリアが拗ねてしまった。


「君、性格悪くなってないか?」


「ご、ごめんなさい……つい……」


 私はザリアを正面から見つめる。そのまま、私なりの……昨日マグフィットさんと話して、思ったままの事を伝える。


「ザリア、私は……こういう性格です。何かあると目の前しか見えなくなるんです。リュカの事も、私は自分達の事をないがしろにしてでも、どうにかしなきゃって……。でも直す気はありません。もし私が目の前しか見えなくなったら……ザリアが昨日みたいに叱ってください」


「責任重大だな……」


 ザリアは苦笑いしつつ、私と同じように正面から見つめてくる。

 

 私はこの人と結婚する。最初は戸惑った、絶望した、自分の人生を呪った。思わず死を選びそうになった。でも周りの人が助けてくれた。そしてザリアと出会った。


 彼は私の手が好きだと言ってくれた。この歪なまでに膨れ、とても乙女の物とは言えぬ手を。ザリアは私を認めてくれる、ザリアは私を尊敬してくれる。


 ザリアと最初出合った時、私はこう尋ねた。私は貴方を愛します、貴方は私の事を愛せますか、と。


 ザリアは愛せない、そう言った。なんてバカ正直で実直な人なんだと思った。きっとこの人は、私の事をずる賢い女だと思っているんだ、そんな風にも考えた。


 でも違った。ザリアも私と同じ立場で、それぞれ愛する人が、将来を誓い合った人が居た。


 だから私はザリアを……貴方の事を愛そう、そう思えた。


 お互いに同じ想いを持ち、悩んでいる貴方を見て、私はそう思えた。


「シャリア、この場所は気に入ったかい?」


「……」


 ザリアは笑顔を向けながら私に、そう言い放ってくる。

 私はこの人と結婚する。それは分かり切っていたのに、今更再認識してしまう。でも以前のように……悲観的にはならない。


 リコやファリスさんは私の幸せを願ってくれた。だから私は幸せにならなければ、そう思った。それは私の義務、私の人生は……私の幸せは私だけのものじゃないと。


 でも私は今、自分は幸せ者だと実感してしまった。

 ザリアの笑顔を見ると何かが弾けたような……妙な感覚に襲われる。


 これは……あれだ。私はまた二度目の恋をしてしまったんだ。


「シャリア? どうした……」


 私はいつのまにか涙を流していた。

 怖い、ひたすら怖い。この幸せな感覚が突如として失われたら……と思ってしまう。

 リコに別れを告げたあの時のように……もう一度あそこに落ちてしまえば、私は立ち直れないかもしれない。


 ザリアはそっと、私の目元の涙を指で拭ってくれる。

 私はその手を取り、握り締める。もう離れないでほしい、このままずっと一緒に居て欲しいと。


 その気持ちが伝わったのか、ザリアは私を力強く抱きしめてくれた。

 思わず私も抱き返し、子供のように泣きながら、ひっしにザリアにしがみつくように。


「ザリア……ザリア……」


 怖い、もう失いたくない、このままずっとこうしていたい。

 時が止まってしまえばいい。永遠にこのままでもいい、このまま……氷漬けにされてもいい。


 だからずっと傍に居て欲しい。

 ずっと……ずっと……。


「……ここが、いいです……ここで、貴方と永遠を誓います……」


「分かった」


 



 ※





 脳裏に貴方が泣きながら自分の体を傷つける場面が浮かんでくる。


 守らねば。俺はなんとしても、貴方を守らねば。





 ※





 「シャリア様、お綺麗ですよ。やっと堂々と言えますね。おめでとうございます」


 「ファリスさん……ありがとうございます」


 あの旅から一年。

 私は今、再びこの場所に戻ってきた。マグフィットさんに案内して頂いた、あの場所に。


 目の前にはファリスさん。馬車の中で最終的な化粧とウェディングドレスの調整をして頂いている。隣には侍女のエントラも控えていて、彼女はハンカチをずぶ濡れにするほど泣いていた。


「エントラ……もう泣かないで。私まで……」

 

 泣いてしまうじゃないか。せっかくファリスさんがバッチリ化粧をして下さったのに……落ちてしまうではないか。


「す、すみません……まさかこんな日が本当にくるなんて……思わなくて……」


「ありがとう、本当に……今まで、本当に……」


 不味い、走馬灯のように今までの思い出が……ダメだ、泣いてしまう、顔をグッシャグシャにして泣いてしまう。外ではもう、私の結婚式のために沢山の人が国中から……


「うぃーっす」


 その時、この雰囲気をぶち壊すような挨拶をしながら、サラスティア姫君が馬車へと乗り込んでくる。いや、姫君じゃない。白いマントを羽織って、腰には長剣。この方は騎士として今この場に居る。


「お、綺麗じゃないか。とても十八の娘には見えんなぁ。中々に大人の雰囲気纏ってるぞ」


「ぁ、ありがとうございます……」


「どうした、警備が不安か? 安心しろ、騎士団長にムチャ振りして、小国なら落とせるくらいの規模の騎士を動員してもらったから」


 何してるんだ、この人。別にこの辺りはそこまで物騒な土地ではないだろうに。


「ロランも来てるぞ。あいつ、中々に骨があるな。一時的に籍を置かせるだけのつもりだったが……そのままコキ使わせてもらってる」


「そ、そうなんですね。すみません、私が無茶を言ったばかりに……」


「有能な人材を紹介してもらったんだ。礼はこっちがすべきだろ」


 それからサラスティア様はファリスさんとエントラとも一言二言交わし、警備があるからと馬車から出ていく。姫君なのに忙しい人だ。ファリスさんも「え、今の人……」と困惑の表情を浮かべている。


 私はそっと馬車の窓から外を様子を伺う。さすが四大貴族、ベディヴィア家の長男が結婚するというだけあって、錚々そうそうたる面々が。中でも一番目を引くのはやはりサラスティア様だろう。王族護衛団が結婚式の警備隊長とは……一体どういう事だと皆首を傾げているに違いない。


「さて、シャリア様。そろそろお時間です」


「はい……」


 ファリスさんに最後の仕上げをして頂き、とうとうこの時が来たと、今更実感が湧いてくる。

 私は深呼吸しつつ、今一度……目の前の女性を正面から見つめる。


「シャリア様、ついにこの時がきましたね。貴方はこれから四大貴族として、様々な困難を乗り越えなくてはなりません。決して心折れる事は許されません。でも忘れないでください、貴方には沢山の味方が居るという事を」


「……はい。胆に銘じておきます。私は幸せ者です……」


 その時、綺麗な鐘の音が。これは……ローレンスからの祝福の音だ。そして私が馬車から降りる合図。


「いってらっしゃいませ、シャリア様」


「はい、行ってきます……ありがとうございました、ファリスさん……エントラ」


 そして開かれる馬車の扉。目の前には赤い絨毯が敷かれ、そこには父の姿も。


 父と腕を組み、赤い絨毯を進んでいく。

 ゆっくり、ゆっくり。


 参列者の中には兄もリュカも……そしてリコの姿も。


 皆眩しい笑顔で私を見送ってくれる。


 この道は過去と未来。

 今までの人生を振り返りながら、新しい未来へと進むための道。


 そしてその先に、私の夫となる人が……待っている。


 最初はこんな結婚式になるなんて思いもしなかった。

 きっと私は笑えない、いかにもな不幸顔でこの道を歩くことになるんだろうと。


 でも多くの人が私を助けてくれた。

 私の事を想ってくれて、背中を支えてくれた。


 私のような幸せ者が、未だかつてこの世界に居ただろうか。



 そして私は辿り着く。彼の元へ。

 父は無言で彼へと私を託した。彼も無言で父から私を託され、二人で再び歩き始める。


「シャリア……緊張してないかい?」


 小声でそう尋ねてくる彼に、私は頷き返した。

 緊張より、嬉しさの方が上回っている。こんな日を迎える事が出来るなんて、思いもしなかったから。


「ザリアこそ……緊張してませんか?」


「してるよ。君を不幸にすると……国中が敵になるからね……」


 風が舞い、まるで祝福するかのように綺麗な花びらを踊らせる。

 

 神父様の前までたどり着くと、私はザリアへと永遠を誓う前……今一度こう尋ねた。


「貴方は……私を愛せますか?」


 すると彼は……静かに首を振る。


「いいえ……もう、愛しています」


  

 この日、この時、この瞬間……私はザリア・ベディヴィアの妻となった。


 私とザリアは永遠を誓う。


 そして幸せを誓う。



 この幸せは……決して私達だけの物ではない。


 でもこの想いは……私達だけのものだ。


 

 誓いの口づけと共に……今一度、静かな風が吹く。


 まるで私達の誓いを包み込んでくれるように。





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花の騎士 シャリア・ベディヴィア Lika @Lika-strike

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