第21話
「それで、OKしちゃったのか。シャリア」
「すみません……」
ローレンスのベディヴィア家の別荘で、私はザリアへと今日何があったのかを報告していた。
件の男、ロランの事についてだ。彼に交際相手として相手方と会ってほしいとの要請に、私は頭を縦に振ってしまった。念のため言っておくが、それはロランのためではない。ロランの相手である年端も行かない少女のためだ。
「それにしても……ゼスラス家がそんな事になっていようとは。ロランか、懐かしいな」
「……? ザリアはロラン……殿の事を知ってるんですか?」
「知ってるも何も、彼を王都直属に推薦したのは僕だからね」
ザリアは窓の外の月を眺めるような仕草をしながら、そっと薄く開いていた窓を閉める。
既に日も落ちていて、ローレンスは夜の世界へと。しかし街は賑やかだ。どこからか人々の笑い声が聞こえる。王都でも似たような物だろうが、私が住まう貴族街は静かな物だ。
「ところでシャリア、相手方と会うとは言うけれど……すぐにバレるんじゃないか? 君だってアルベイン家のご令嬢なんだ。顔は割れてるんじゃ……」
「それは心配ないと思います。私はローレンスに幾度となく足を運んだ事はありますが、三大名家の方とはあまり関わりは無かったので……。鍛冶や採掘関連の職人様方とは面識はありますが、貴族本人とはあまり……」
「成程」
ザリアは私の手を取り、そっと撫でてくる。
私の手が好きだとザリアは言ってくれた。今も優しく私の歪な手を、愛でるかのように摩る。
「シャリア……その……正直心配だ。何か間違ってシャリアが本当にゼスラス家に嫁いでしまったら……」
「いやいやいやいや、あり得ません。あんな適当男……願い下げです」
「……そうなのかい? ロランは真面目で熱心な印象があるけど……」
何故だ。何故あの男からそんな印象を……。
私は手を撫でてくるザリアの手を逆に握り、そのまま手の甲に額をくっ付けるように。
「ザリア……私はもう決めています。私はザリアの元で幸せになるんです。だから……」
「ご、ごめん、シャリア。別に疑ったわけじゃないんだ。ただなんかこう……」
あぁ、ザリアはもしかして嫉妬してくれたのだろうか。
私とロランが一時でも恋人同士だと名乗る事に。
「……ザリア、私の事好きですか?」
「……え?」
月夜のせいだろうか。
私は思わずそう問いかけていた。
ザリアの答えなど分かり切っている。
嫌いなどと言える筈が無い。ザリアの性格上、それは絶対ない。
なら好きと言ってくれるだろうか。たぶんそれもない。
私達は政略結婚する関係。お互いの事を知る為に旅に出た。でも私達はまだお互いの事などそこまで深く理解しあっていない。
ザリアは誠実というよりは、硬い性格……と言っていいかどうかは分からないが、嘘で「好き」とはまず言わない。こういう時、嘘を付く事を何よりも嫌う筈だ。
だから私はザリアの答えは分かり切っている筈だ。
きっとザリアは困った顔をしながら、申し訳なさそうに「まだ分からない」とか……
「……シャリア」
と、その時突然ザリアは椅子に座る私を抱きかかえ、ベッドへ。
そのまま私を寝かせるように……って、まさか……
「ざ、ザリア? え、えっと……その……」
そのまま私の口をザリアは塞いでくる。
唇で。私の手を握りながら。
そういえば、昨日野宿した時も……ザリアと唇を重ねた。
綺麗な星空で、あの空の下で……。
一体、私はなんて愚かな事を聞いてしまったんだろうか。
好きか嫌いか。子供が聞くような質問。
でも私達は好きか嫌いかなど些細な問題だ。要は結婚してしまえば……それでいいのだ。
私達が結婚するだけで、多くの人が救われる。
そこに愛を持ち込むなど辛いだけだ。
でも私達は約束した。
絶対、幸せになろうと。
リコとファリスさんの顔が頭の中に浮かんでくる。
私達の幸せは私達だけの物じゃない。
私達の人生は……私達だけの物じゃ……
一体どれだけ長い間、唇を合わせていただろうか。
ザリアはゆっくり顔を上げると、そのまま抱きしめてくれる。
なんとなく直観してしまった。
ザリアは抵抗している。きっとザリアはファリスさんの事が……
「……ザリア、ごめんなさい……馬鹿な事を聞いてしまって……」
「…………」
ザリアは何も言わず……ひたすら私を抱きしめて……かすかに震えていた。
「……ごめん、ごめんシャリア……」
そして何故か謝ってくるザリア。
何故ザリアが謝るのだ。謝るのは私の方……
「俺は……まだ忘れられない、ファリスの事が……」
あぁ、やっぱり……。
そんなの、私だって同じだ。
この旅に出た時、最初に思ったのはリコの事だ。
リコと一緒に海を見に行った事を……思い出してしまったんだ。
私はそっと、ザリアを慰めるかのように背中を撫でる。
「ザリア、そんなの当たり前です。もしここで……ファリスさんの事なんてもう忘れたなんて言うようなら……ひっぱたいてます」
そうだ、私は……
「私は……そんなザリアが好きです。優しくてバカ正直なザリアが……」
「……シャリア……」
私はよりいっそう、ザリアを強く抱きしめた。
私達は忘れちゃいけないんだ。リコやファリスさんの事を。
絶対、絶対に幸せになるという事を。
そのまま、いつかの夜のように……私達は眠りについた。
お互いの傷を舐め合うように……。
※
「で、では……本日はよろしくお願いします……」
翌日、私はゼスラス家の長男、ロランと共に相手方の元に。
ローレンスに住まう貴族だけあって豪華な家だ。
私とロランは使用人にリビングへと通され、今はそのソファーの上で待機していた。
ロランは昨日の軽い態度は何処に行った、と言いたくなる程に緊張している。
私はそっと、そんなロランとの距離を詰める。肩が触れ合う程度に。
「あ、あの……シェリスさん……近づぎでは……」
シェリス……当然ながら偽名だ。
一応、ロランにシャリアと名乗るのは控えておいた。
もしかしたらアルベイン家の娘だとバレるかもしれない。もしそうなれば、話がややこしくなる。
私とザリアの政略結婚の話はかなり広く伝わっている筈だ。
このローレンスなら尚の事。ここはベディヴィアが警備を担当する街。そしてアルベイン家の取引相手も当然のように居る。もしかしたらこれから会う貴族も私の顔は知らなくても、名前くらいなら知っているかもしれない。
私は近すぎ、と言ってくるロランを一瞥しながら、挑発するように鼻で笑う。
このままでは演技とバレかねない。もっと自然にしなければ。
「随分初心なんですね。もっと恋人らしくしないとバレますよ。特に……乙女はその辺り敏感です。少し疑われたらもう見破られるのも時間の問題ですよ」
そう、ロランの相手は年端も行かない少女。あのリュカ様と同じ六歳。
だが六歳だと侮ってはいけない。子供の純粋な目は何よりも怖い。いとも簡単に私達の偽りの関係など見破ってくるかもしれない。
そうこうしている内に、私達が待機している部屋へと恰幅のいい男と少女が入ってきた。
如何にも強気そうな貴族の男。口髭を生やし、豪華な装飾品を身に着けている。
私とロランは立ち上がり、その貴族へと挨拶を。
ロランは緊張気味に、時折声を裏返しながら。こんな事で大丈夫なのだろうか。すぐに見破られて……いや、相手も当然疑っているだろう。この交際相手は本物かどうかを。
「よく来たな。まあ座りたまえ。シーラ、おいで」
恰幅のいい男の隣へと、チョコンと座る可愛い少女。
金髪のショートカットで、白い小さなドレスを身に着けている。
思わず抱きしめてしまいたいくらいに可愛い。
「それでロラン殿、そちらの方が君の交際相手と言う事か?」
「は、はいっ! えっと……シェリスと申します……ほら、挨拶……」
私は恰幅のいい男へと、一礼しつつ挨拶を。
「お初にお目にかかります。シャ……シェリスと申します。ロラン様とは日ごろから……えっと、とても親しい間柄として……」
いかん、なんか私も緊張してきた……。名前噛んじゃったし……。
「ふむ。何処の貴族のお嬢様かな? その仕草という容姿といい……ドラン殿の相手としては申し分ないですな」
「ありがとうございます……しかし私は貴族ではありません。生まれはマーリ……家名もありません」
私がそう言い放つと、男はあからさまに不機嫌に。
なんて分かりやすい。恐らく貴族である自身の娘を選ばず、こんな平民の娘を……とか思っているんだろう。
「ロラン殿……これはどういう事ですかな? 私の娘より、そんな平民の女の方が優れていると?」
「い、いえ! 優れてるとかそういう問題じゃ無くてですね……」
「いいや! ゼスラス家の長男ともあろうものが……なんという体たらく。これで私が認めると言うと思っているのかね?」
不味い、怒りを通り越して笑いたくなってきた。
何故私達が交際するのに、貴方に認められる必要があるのだ。別に私とロランは交際するわけではないが。
「い、いや……それは……」
言葉を濁しながら、私へと涙目を向けてくるロラン。
駄目だ、この男。
「お父様、提案があります」
その時、可愛く鎮座するシーラちゃんがそう言い放った。
私とロラン、そして貴族の男はシーラへと目を向ける。
「私とその方で、勝負をしましょう。勝った方がロラン様を貰い受けるのです」
貰い受けるって……。ああ、そうか。ロランは婿養子になるという話だったな。
というか勝負って……なんかデジャブだ。リュカ様もザリアと同じような事を……。
そして貴族の男は、これまでにない、凄まじい満面の笑みでシーラへと言葉を返す。
「ふぅむふぅむ。勝負とな? シーラたん、どんな勝負にするのかなぁ?」
なんだ、このギャップは。
この貴族……絵に描いたような親馬鹿だ。
私も子供の頃はこんな感じだったのだろうか。いや、少なくとも父は結構厳しかったような気がする。
「私とその方、どちらがロラン様に相応しいか……ロラン様はローレンスの三大貴族の盟主となるお方。ならば、その妻となる者は商人として優れて無くてはいけません」
しかし……リュカ様といいシーラたんといい……喋りが凄い。
とても六歳とは思えない。私が六歳の時は……ひたすら我儘を言っているだけだったのに。
「なので、こういうのはどうでしょう。我が家が取り扱っている商品の一つを、より高く売った方が勝ちというのは」
良かった……勝負内容はそこまで難しい内容ではない。
もしかして……私が貴族の出では無いと聞いて、単純な勝負内容にしてくれたんだろうか。
「ふぅむふぅむ、それはいい~。と、いうわけだロラン殿。この勝負で我が娘が勝利した折には……約束通り、我が名家へ婿として来て頂きますぞ」
「……ぅっ……し、しかし……」
再び、涙目で私を見てくるロラン。
本当に王都直属として認められた騎士だったんだろうか。こんな事では、ゼスラス家の跡取り息子としても……不安だ。
「私は構いません。シーラ様、お手柔らかにお願い致します」
「……はい」
シーラたん……は何処か鋭い目線を私に向けてくる。
この勝負を持ちかけてくる事といい……もしかして本気でロランに惚れているのだろうか。
もしそうだとしたら……私はどうすればいい?
他人の恋愛に茶々を入れる気など全くない。
それが例え六歳の少女であっても。
しかし……この子にはもっと相応しい相手が居る、そう思ってしまうのは私だけだろうか。
何もロランなんかに惚れなくても……
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