第22話
「この中から一つだけご自由にお選び下さい」
「この中から……?」
誠ながらに不本意だが、ロランの取り合い勝負が始まった。
勝負の内容は単純明快。お互いに選んだ商品を、より高値で売る事が出来た方の勝利。
このローレンスに相応しい内容だろう。問題は相手が六歳の少女だと言う事。
ロランを婿養子として迎えたい……という事だが、私は最初は親が勝手に取り決めた事だと思っていた。だがシーラちゃんは純粋にロランに惚れているようだ。一体アレの何処にそんな要素があるのかと思いたくなってくるが、人の魅力という物は分かる人には分かるし、分からない人には全くもって分からない。要は趣味趣向の世界だ。
私とシーラちゃんは、下手をすればその辺りの貴族の屋敷より大きな倉庫の中で、お互いに何を売るのかを探しはじめる。倉庫の中は主に貴金属類の装飾品、そして革製品などが主のようだ。流石ローレンスの三大商家、その分家に当たる家柄だ。中々に質も量も揃っている。
さて、単純に勝つだけなら簡単だ。“より高値で売る”という勝負内容なのだから、最近高騰が激しい鉱物で制作された装飾類ならば問題ないだろう。そして私にはザリアが居る。彼により高値で買って貰えばそれで勝負は終わる。
しかし勝てばいい、という物ではない。勝ったら勝ったで私はロランを貰い受けるという事になるが、生憎そんな気は一切無い。しかしもし私が勝利した場合、ロランにはこの街から出てもらう事になる。それはそうだ、だってシーラちゃんに嘘がバレてしまうもの……。問題はシーラちゃんの気持ちだ。
六歳の少女にして、既に婿養子を迎える事に何の抵抗も示さない。父君の教育が徹底しているのか、そこまで本気でロランに惚れているのかは分からないが、私としてはシーラちゃんには自由に恋愛を楽しんで頂きたい。私も貴族の娘ながら、幼い頃から許嫁をあてがわれる事など無かった。父は私に自由な恋愛を許してくれたのだ。今では政略結婚という形でザリアと共に居るが、これはこれで……
いや、待て、結局私はどっちなんだ。シーラちゃんの気持ちを優先させたい、でも親に決められた婚約者と無理やり結婚はしてほしくない。だが私はどうだ。結局私は政略結婚するじゃないか。しかも私は色々あって前向きに向かい合う事が出来ている。
しかしそれは今まで様々な人と出会い、なにより相手がザリアだったからだ。もしこれでロランと結婚するような事になっていれば……私はどうなっていたのか。
そうだ、シーラちゃんに足りないのは経験……私が気に食わないのはそこだ。彼女はまだ六歳。その年齢で一生を共にする男性が決定している事が何より気に食わない。たとえシーラちゃんがその男性の事をどれだけ想っていようが……私は納得出来ない。
なんだか頭の中がゴッチャになってきた。いや、もう分かった。私は勝とう。どんな手を使ってでも、シーラちゃんには申し訳無いが……ここは勝たせてもらう。そしてあわよくば……もっと彼女に色々な出会いを経験してほしい。
「選び終えましたか?」
シーラちゃんは既に商品を選び、小さな木箱を大事そうに両手で抱えていた。一体何を選んだのだろうか。
「いえ、少し迷ってしまって……それにしても凄い数ですね。参考までに……シーラちゃ……様は何をお選びになられたのですか?」
「私は……アンキルエイトの短剣です」
アンキルエイト……お目が高い。何を隠そうアルベイン家で取り扱っている鉱石だ。私がベディヴィア家に嫁ぐ切っ掛けにもなった物でもある。しかもその短剣には、アルベイン家専属鍛冶師のエンブレムが刻銘されている。
紛れもなく、シーラちゃんが選んだ短剣はアルベイン家の商品だ。まさかゼスラス家の分家が取り扱っていたとは。しかもそれを選んでくれるなんて……なんだか嬉しくなる。
「この短剣はアルベイン家製の商品ですが、我が家は販売元として取り扱っています。勝負の内容的には問題ありません」
勝負の内容……確かこの貴族が取り扱っている商品……だったな。確かにアルベイン家の商品を選ぶのはいいのか? と思ってしまうが、販売元として取り扱っているのだから問題は無いだろう。
「はい、畏まりました。その短剣は……シュゲルツ様の作品ですね。短剣ながらに頑丈で切れ味も落ちにくいと評判ですね」
「……詳しいですね」
はっ! しまった!
思わず言わなくてもいい事を言ってしまった。シュゲルツ様の所には何度かお邪魔して鍛冶を教えてもらった経緯もあるからつい……。どうしよう、私の経歴がバレてしまわないだろうか。
「……少し、見直しました。ロラン様とお付き合いをするだけの事はありますね。最近は鍛冶師の名前すら分からない商人が増えてて……嘆かわしいと思っていたんです」
この子、本当に六歳か。
私が六歳の頃は何も分からず作業場で遊んでいただけだったが……。なんだか自分が途轍もなく情けなく思えてくる。
「……よろしければ、助言致しましょうか? よく考えてみれば私の家の商品なんです。何が売れ筋で何が高騰しているかなど、私は全て把握しています。これでは対等とは言い難いですよね」
「は、はぁ……そ、そうですね……」
この子は商品全ての相場の変動を把握していると言うのか? 確かに商人として、その時々の相場を知る事は必要不可欠だ。しかしここにある商品は貴金属と皮製品が主とはいえ、その数は膨大だ。これらすべての相場を把握するなど……
「ちなみに……えっと……」
「シェリスです、シーラ様」
「……シェリス様は、鉱石では何がお好きですか?」
私は迷う事なく、アンキルエイトと答えた。私は幼い頃からこの鉱石に育ててもらったような物だし。
「では……同じ短剣で勝負をしませんか? こちらの方が分かりやすいですし、シェリス様はお好きなようですし。やっぱり自分が商品の良いところを知っていないと、お客様にお勧めも出来ません」
「成程……畏まりました」
「ではこちらをお持ちください。私は別のをおろして参ります」
短剣の入った木箱を受け取る私。その時、シーラちゃんは私の手に注目する。昔から鍛冶場に通ったり採掘をしたり……その他もろもろで歪な形になった手を。
「……シェリス様……貴方はまさか……」
「……え? ぁ、申し訳ありません、お目汚しを……」
「……いえ。では外で待っていて下さい」
そのまま商品を取りにいくシーラちゃん。何か察されたのだろうか。しかし私の正体がバレるなんて……そんな事は……。
※
かくして勝負が開始された。シーラちゃんは早速、冒険者などが集いやすい街の西側へと赴いたようだ。まあ、まず短剣を高値で売るならそちらから行くだろう。冒険者は装備品にはお金を惜しまない。しかもアルベイン家が制作を指揮した作品なのだ。売れない筈が無い。
「え、ええっと……シェリスどうするの?」
ロランは途方も無く頼りない顔で私へと訴えてくる。本当に大丈夫か? と言いたげだ。
「……最初は知り合いに買い取ってもらう気満々でした。でも……気が変わりました。ここは正々堂々とやらせて頂きます」
「えぇ……ま、不味くない? シーラは六歳とはいえ、この街では中々に顔の通った子なんだよ?」
「……なんですか、その話……」
「いや、神童とか言われてて……とにかく発想や目の付け所が大人顔負けなのよ。それに加えてあの落ち着いた態度……その辺りの商人より余程……」
この男……何故に今更そんな情報を……!
でも確かに彼女は神童と呼ばれるに相応しいだろう。私が六歳の時なんてもっと……
「で、どうするの? シェリス……勝負の期限は日没までだし……早くしないと……」
「彼女とは別のルートで行きます。冒険者よりも装備にお金を惜しまない人は……この街にも居るでしょう?」
「……それって、騎士?」
「いえ、それは流石に卑怯臭いので……短剣は何も人や獣を仕留めるだけに使う物じゃありません。本来は魚を捌いたりするものですから。勿論物に寄りますが」
「えっと……つまり?」
コイツ……本当に三大商家の人間なのか?
ここまで言えば商人で無くとも分かりそうな物だが。
「主に漁業を生業とする方々ですよ。彼らは道具の質に妥協はしません。大事な商品に直接触れる物ですから。そしてこの短剣はアルベイン家が懇意にしている鍛冶師の作品です。少々値は張りますが……知っている者なら価値は分かる筈です」
「漁業……漁業ねぇ……と言う事は南側かな。でもあの人達、無駄にテンション高いから近寄り難いっていうか……」
「商人が何を言っているんですか。店の雰囲気を明るくする事は基本中の基本ですよ」
※
ローレンスの南側。そこには主に魚類を扱う市場が集っている。
とりあえずと私とロランはこじんまりとした店の店長へとお目通りを求めた。
「シェリス……なんでこんな小さな店に……もっとおっきい店あるじゃない……」
店長へとお目通りを申し込み、その場で待っている時……ロランは小声で話しかけてくる。
「大きければいいと言う物じゃありませんよ。今は一番忙しい時間帯です。そんな時に突然、短剣を買いませんかと言われても、適当にあしらわれるのが目に見えてます」
渋々納得するロラン。まず相手にされなければどうしようもない。それに大きな店は道具も豊富に揃っているだろう。専用の物ならともかく、いくらこの短剣が優れていようとも、忙しい時間帯を割いてまで買おうとは思わないだろう。
そうして店先で暫く待っていると、店長らしき線の細い男性が。腰が柔らかそうな方で、酷く気弱そうにも見える。着ている白いシャツにはシワが目立ち、掛けている眼鏡もひび割れている。
「ど、どうも……どういったご用件で……」
なんだか頼りなさそうな人だが……仕方ない、とりあえず……
「実は……この短剣をお勧めしたいと思いまして。この短剣はアルベイン家が懇意にしている鍛冶師の作品で……切れ味は勿論申し分なく……」
「……あぁ、成程……申し訳ないんですが、今ちょっと立て込んでまして……あぁ、ど、どうしようかなぁ……」
なんだか酷くお困りのようだ。
よし、帰ろう。
「お忙しそうなので……また出直しますね」
「ぁっ、いや、あの……その短剣……おいくらですか?」
まさか……買う気なのか?
正直、この短剣の価値も分かっているようにも見えない。
「では……五百で如何でしょうか」
「ご、ごひゃ……あの、一度見せて頂いても……?」
私はどうぞ、と店主に木箱ごと手渡す。
しかし店長は短剣を木箱から取り出すわけでも無く、ただ流し見した程度で返してきた。
「わ、わかりました……六百で買い取ります……」
「……はい? ちょ、ちょっと待って下さい、何故上乗せして……」
「い、いえ……その短剣……シュゲルツさんの所のですよね……そのくらいじゃないと、叱られるかなぁって……アハハ……」
まさかこの人……シュゲルツ様と知り合いなのか?
飲み友達か何かだろうか。しかし、それなら尚更相場の倍近くも払わせるのは気が引ける。
それに……先程から何やら挙動不審だ。
「あの……先程から心ここにあらず、といった感じですが……如何為されました? 何かお力になれる事があれば……」
「……ぁ、いえ……た、たいした事では……ただ仕入れに行った人間が……戻ってこないだけで……」
「どこへ……仕入れに?」
「マリスフォルスとの仲介市場ですが……かれこれ三日程……」
仲介市場……?
私はロランへと目配せする。ロランは小声で「三日はあり得ない」と囁きながら首を振ってくる。
「あの……その方の捜索などは騎士隊に依頼されましたか?」
「い、いえ、まだそこまでは……たまにあるんです……たぶん何処かでサボっているんじゃないかと……あぁ、でも三日は長いかなぁ……どうしたんだろう……」
「ちょ、ちょっと失礼します」
私は一度ロランと共に店主へと背を向け相談する。
その仲介市場というのは遠いのかと。
「いやいや……魚の仕入れなんだから馬を使ってると思うけど……半刻もあれば行けるよ。どう考えても何かあったとしか……サボるにしても三日は……」
「……成程……なんだか心配ね。様子だけでも見に……」
「いや、そんな事してたら勝負が……」
「……ロラン、貴方……仮にも王都直属の騎士に認められる程なのでしょう? もし魔人にでも襲われてもいたら……」
途端に口を噤み、渋々様子を見に行くことに賛同するロラン。
再び私達は店主へと向き直り、自分達が仲介市場へ行ってみると進言した。
「私達が一度様子を見に行ってきます。その間、この短剣をお預かりして頂いても構いませんか?」
「え、えぇ……しかし見ず知らずの人にそこまで……」
「大丈夫です、もし無事に仕入れにいった方を連れ帰ってきたなら……その時は七百で買い取って下さい」
「……え、ぁ、はい」
そうしてその人の特徴を教えてもらい、私とロランはローレンスを出て仲介市場へと向かった。
空は少し嫌な空気に包まれていた。
酷く……私を不安にさせる風が吹いている。
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