第23話

 

 「乗馬上手いッスね……もしかして元騎士とか……」


 「いいえ、貴方程ではありませんよ。とてもお上手ですね」




 気弱そうな魚屋の店長へ短剣を売りつける為、マリスフォルスとの仲介市場へと向かったまま行方不明となっている店員を捜索する私とロラン。

 ロランは元騎士のくせに、なんだか乗馬は素人のようだ。腰が引けている。そして肩に力が入り過ぎだ。


「ロラン、王都直属の騎士というのは……乗馬もろくに出来なくても任命されるのですか?」


「ほらぁ! やっぱりさっきのは皮肉だったんだ……」


 それはもう、凄まじく皮肉ったつもりだ。

 だってザリアに比べたら天と地……まるで生まれたての小鹿のようだ。


「うぅ……乗馬は元々苦手なんだ……。でも王都直属騎士隊長の……ザリア様に剣の腕を買われて……」


「成程。では魔人と遭遇しても大丈夫そうですね。あのザリア様が買うほどの剣技の持ち主なんですから」


 途端にそっぽを向くロラン。

 おい、ちょっと待て、なんだその自信無さげな雰囲気は。


「いや、その………すぐに辞めちゃったから……実は魔人討伐に参加したのは数えるほどしか無いっていうか……」


 それでも素人よりは経験値は高いだろうに。

 何故そんなに自信が無いんだ。王都直属と言えば、このシスタリア王国で選りすぐりの騎士の筈だ。


「そもそも……何故辞めたのですか? そうそうなれる物でも無いでしょう? 騎士なんて」


「……それは……なんていうか、ザリア様が俺の事を推薦して下さったのは三大商家の嫡男だからで……剣の腕を認めた云々も実は社交辞令なんじゃないかって……そう思ったらなんか怖くなって……ほら、実力の無い騎士は戦死……良くて大怪我だし……」


 社交辞令? 

 私はザリアと出会って間もないが、それなりにザリアという人がどういう人なのか分かってきた気がする。そんな私からしてみれば、あのザリアが社交辞令、ましてや権力者の嫡男だからと騎士に推薦する筈がない。


「ロラン、もっと自信を持ちなさい。あのザリアが貴方の剣を認めたと言ったのなら、それは本当の事です。そんな実力も無い人にわざわざ騎士になれなんていいませんよ。ザリアは」


「……? なんか妙に親し気じゃない? 知ってんの? ザリア様の事」


 おっと。

 これ以上は駄目だ。私の素性がバレてしまう。


「とにかく……貴方はもっと自分に自信を持つべきです。なのでもっと背筋を伸ばして、前を見て」


「う、うん……なんかシェリス……凄い貴族の娘さんみたい……」





 ※





 馬で仲介市場へと辿り着く私達。

 ロランの言った通り半刻程で辿り着く事が出来た。仲介市場は既に仕入れの商人などは居ない。そこを仕切っている商人は居るが、その誰もが既に店をたたみ始めている。


 私とロランは馬を降り、近くの木陰へと誘導する。

 

「ちょっと待っててね。お水貰ってくるから」


 地面の草をちぎり、その草を揉んで馬の首筋を拭う。

 兄様にこうしてやると馬は喜ぶと言われたが……雑草でいいんだろうか。


「ロラン、この市場に知り合いは居ますか?」


「あぁ、勿論……。でも今居るかな。働き者だからもうマリスフォルスに帰っちゃったかも……」


 まあその場合は他の商人でもいいだろう。

 とりあえず手がかりだけでも何か掴まないと捜索しようもない。


 私とロランは数人で駄弁っている商人の元へ。

 誰もこれも強面で屈強な体つき。裏社会の住人と言われても何ら違和感は無い。

 しかし彼らは漁師。マリスフォルスで採れた魚介類を、わざわざ離れた土地にも回してくれる心優しい漢達。きっと私達の質問にも快く……


「あぁん? なんだ、てめぇら」


「ひぃ!」


 前言撤回。まんま裏社会の人達じゃないか。

 そしてロラン、何故元騎士の貴方が私の背に隠れる。


「突然失礼します。実は人を探してまして……三日程まえにローレンスから仕入れにきた商人なんですが……」


「あぁん? んな奴腐る程居るぞ。っていうかここに来る商人は大概ローレンスの奴らだからな」


 やはりそうか。しまった、人相書きでも書いて貰えれば良かった。


「おい、嬢ちゃん。他には?」


「え?」


「人を探してるんだろうが。もっと何か無いのかよ、情報はよ」


 ぜ、前言撤回……なんだ、この協力的な態度は。

 

「え、えっとですね……。物腰の柔らかい……少し、いえ、だいぶ頼りなさそうな商人の使いなんですが……」


「あー……それってもしかしてサモアの所のじゃねえか? なあ、皆」


 漁師達はうんうん、と頷いて、そのままあれこれと考察しだした。

 なんか見た目に反してえらく……そう、良い人達っぽい。


「海の男達は……屈強な見た目に広い心持ってるからね……結構頼りになるんだよ……」


 ロランは私の背中越しにそう呟いてくる。

 ならば何故私の背中に隠れているのだ。さっさと出ろ。


 私はロランを前面に押し出し、漁師達の話を聞く。

 すると手がかりになりそうな話を聞く事が出来た。


「あのヒョロっこいガキだろ? 俺ん所の魚見てたぜ。でもあの時はあんまり良いの無かったからな。もっとマリスフォルスに近い仲介市場行ってみたらどうだって薦めてみたんだ」


 成程……つまり彼はこことは別の仲介市場へ向かったと言う事か。

 

「でもここよりマリスフォルスに近い所っつたら……アイゼン平原越えた所だからな。まあ半日馬に乗ってりゃぁ着くが……」


「アイゼン平原? ここから西へ?」


 今私達はローレンスから南に位置する仲介市場へと赴いている。

 そこから西。しかしアイゼン平原は……


「ロラン、アイゼン平原って……商人が一人で行けるような所ですか?」


「まあ、行けない事は無いよ。でもたまに野良の魔人が出るから……あまりオススメはしないけど……」


 私とロランは漁師達に礼を言いつつ、一度馬の所へと戻る。

 馬に水を与えながら、これからどうすかを話し合う。


「ロラン、貴方がその商人なら……平原を越えようと思いますか?」


「うーん。俺は魚介類を扱った事は無いけど……越えた所で、その……持つのかな。鮮度とか」


 確かに……半日あれば仲介市場へと到達できる。だがそのままトンボ帰りはきついだろう。一度何処かで宿を取る筈だ。しかしそこまでして商品を手に入れたとしても、鮮度が保てなければ意味は無い。


「でも三日戻らない理由が……もしそれなら、もうじき戻ってくるでしょうか」


「まあ……でも、店主の話じゃ……サボりがちの人だったんでしょ? そんな人がわざわざそこまでするかなぁ」


 サボりがちの仕入れ役。

 でも彼にも責任感はあったかもしれない。もし仲介市場で満足のいく商品が得られなかったら……。


「何かもう少し……情報がほしいですね。ロランの知り合いという方は今居なかったんですよね?」


「あそこには居なかったね。まあ、彼女は働き者だから……」


 彼女……?


「ロラン……女性なんですか? 貴方の知り合いの漁師……」


「うん、そうだけど……何?」


 コイツ……周りに女性居るじゃ無いか。

 別に私じゃなくても、嫁役はその人に頼めば良かったんじゃ……


「とりあえず……どうしましょうか。行き違いになるのも嫌ですし……ここで彼を待ちますか?」


「うーん、そうだなぁ……」


「お、ロラーン! 久しぶりだねぇ!」


 その時、一際明るい声が。

 私とロランは同時にその声の主を確認。そこには肌を健康的に焼いた活発そうな女性が……。


「エリス……ぁ、シェリス、あの人だよ、俺の知り合い」


「え? えぇぇぇぇ!」


 何だって。

 とても可愛らしくて健康そうな女性じゃないか。

 彼女じゃダメなのか?! 本当に彼女が嫁候補で良かったじゃないか!


「ん? あれ、誰その女の子」


 その時、私は一瞬で察した。

 ロランは全く気付いてないようだが、エリスと呼ばれた女性が私を見た時……その視線は一瞬鋭くなった。


 この子はもしかして……ロランに惚れている?


「あぁ、この子は俺の……」


「と、友達! 友達です! あぁ、いえ、仕事上仕方なく一緒に居るってだけで……本当に私とこの男は一切なにも関係ありません!」


 なんとなく……エリスさんへそう告げてしまう私。

 途端にエリスさんは安心したかのような表情に。

 

 もう間違いない、この子はロランに惚れている。

 何故ロランに惚れるのかは分からないが……。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る