第15話
「大人しくしてれば殺しはしない。中に入れ」
「……ここは……?」
黒装束の集団に攫われ、連れてこられたのは薄暗い洞窟。淡い蝋燭の光のみが中を照らし、私は両手を縛られた状態で中へと。馬に乗っている間は目隠しをされていたが、そこまで長い距離を走ったわけでは無い。恐らくここはローレンスとマーリ村の間くらいだろうか。
「な、なあ、だからソイツは関係ないって……」
「ステア、親父に顔見せてこい。というか見違えたぞ。お前、いつのまにそんなお嬢様みたいな恰好を……」
ステアが心配そうに私を見つめてくる。私は心配しないで、と言うように笑顔を。
しかしこの状況はかなり不味い。なんとか外に助けを呼びたいけど……この盗賊達はかなりの手練れだ。私の兄様も優秀な騎士だから分かる。あの剣捌きは一朝一夕で身に付く物じゃない。
「ここに入れ」
恐らく女性であろう黒装束の人間に、小さな牢屋へと放り込まれる。恐らく猛獣を閉じ込める為の檻。こんな経験は初めてだ。だからと言って自分から望んでするような経験でも無いけれど。
「あの……貴方達は……盗賊ですか?」
私の見張りを担当するのか、女性と思わられる人物は檻の前へと座り込みフードを取る。やはり女性だ。まるで初めて会ったステアのように痩せ細り、髪の毛もボサボサで手入れの一つもしていなさそうな……。
でも目は妙にギラついている。外見は痩せ細っていても、中身は野心で溢れかえっているかのような印象だ。
「……盗賊ですかって……それで、はい、盗賊です……と答えるとでも思ったか。人聞きの悪い事言うな。私達はな、ただ金持ちから金を盗んで細々と生きてるだけだ」
世の中ではそれを盗賊と言うのだが。
しかしどうしよう……酷く怖くなってきた。こんな暗い洞窟に連れ込まれて、しかも檻にまで閉じ込められて……。大人しくしていれば殺さないと言っていたけれど、それを信じる程私は能天気でも無い。
「あの……私をどうするつもりですか?」
「……黙れ。それ以上口を開くな。殺されても……」
「馬鹿やろう共が! 何考えてやがる!」
その時、凄まじい怒号が洞窟内へと響き渡った。そして次の瞬間、盗賊の一人が私が閉じ込められている檻へと叩きつけられてくる。どうやら奥の方から投げ飛ばされた……のか? 大の大人をこんな派手に投げ飛ばせる物なのだろうか。
「パリェ! 何してやがる! さっさとそのお嬢さんを檻から出せ!」
すると再び怒鳴り声が。その声で怯えるように立ち上がる目の前の女性。
「で、でも親父! この女は貴族だ! コイツで身代金を……」
「バカ野郎! いつからお前等はそこまでバカになったんだ? ああ?!」
奥から現れる大男。白髪に髭を蓄えた巨漢。薄暗い洞窟内で顔は良く分からないが、雰囲気からして恐らく年齢はお父様と同じくらいだろうか。
「さっさと出せ。俺のいう事が聞けねえのか? あぁ?!」
「わ、わかったよ……大声出すなよ、親父……体に響く……」
すると女性は檻の鍵を開錠し扉を開けてくる。そのまま私に「出ろ」と顎で指示してくるが……どうしよう。この大男が怖すぎる。この檻の中が一番安全では無かろうか。
「早く出ろっ! 私が怒られるだろ!」
なんだろう、女性が可愛く見えてしまう。まるで親に叱られている娘だ。
女性は私の縛られている両手を取ると、そのまま檻から引っ張りだしてくる。
「ん」
大男は顎で女性へ指示。すると私の縛られた両手の縄も切ってくれた。もしかして……解放してくれるんだろうか。
私は大男へと顔を向けるが……どうしよう、見上げる程大きい。何せ大男は首を傾げるように曲げてないと洞窟の天井に頭が当たるのだ。この洞窟の天井は私が手を伸ばして、ギリギリ届くくらいだろうか。
「悪かった、お嬢さん。うちのバカ共がアホな事しちまった。詫びをさせてくれ、ステアの事も……礼を言わなきゃな」
大男は私に「ついてこい」と言いつつ背を向ける。女性もさっさと行け、と促してくるが……
どうしよう。私は……さっぱり頭がついていかない。
※
洞窟の奥はこじんまりとした部屋のようになっていた。箪笥も布団も、本棚も食器もある。そしてついでに勉強机のような物も。机の上には誰かが文字の勉強したかのような紙切れが。もしかしてステアはここで……。
「ぁ、シャリア……そ、その……えっと……」
するとその机の前で縮こまっているステアが。何か言いたげに私に話しかけてくる。そんなステアへと、大男は布団の上へ座りつつ
「ステア、言う事あるよな」
「う、うん……。その、シャリア……今まで黙っててゴメン……俺、ここの子供なんだ……」
それは……なんとなくだが、ここに連れてこられた時……いや、ステアが馬に乗り込んだ時点で分かった。
ステアはそのまま、私の手を引き大男と同じ布団の上へと座らせてくる。そしてチョコン、とステアも可愛く布団の上に。なんだろう、ここでのステアは物凄く大人しい。
「えっと……親父、さっきも言ったけど……この人が俺を助けてくれたんだ。あと服とかも買ってくれて……髪も……」
「そうか。世話になったな。シャリアさん……だったか?」
あ、はい……と会釈する私。
というか事情が呑み込めない。ステアはここの子供だと言った。なら何故……奴隷などに……。
「……あの、不躾な質問で大変恐縮なんですが……」
「ステアの事だろう。それは……全部俺の責任だ。本当にシャリアさんには……お世話に……」
「いえ、そんな……それで、何故ステアは……」
奴隷なんかに……と言おうとして言葉に詰まってしまう。
そんな言葉、口に出したくも無い。特にステアと……その育ての親であろう大男の前では。
「シャリアさんの言いたい事は分かる。理由は……これよ。あんたなら一目で分かるんじゃないか?」
すると大男は自分の胸元を見せてくる。そこには赤黒い斑点が無数に。まさか……
「病……ですか? しかもその斑点……少し前に王都でも騒がれた……」
決して……治療できない難病だ。
どんな薬を調合しようが、聖女の秘術を用いようが……その病は治療する事が出来ない。
原因が全く分からないからだ。
大男は頷きながら胸元を仕舞うと、優しくステアの頭を撫でながら
「コイツは……この俺の病を治そうと金を作ろうとしたのさ。自分を売ってな。ったく……バカ野郎が……こうして無事に帰ってきたから良い物の……って、ステア……お前、この首の傷どうした?」
ステアの体についた傷を見て、大男は目を細める。その傷を必死に隠そうとステアは手で覆うが……その時、私達の様子を見ていた黒装束の男が口を開いた。
「親父、ステアを買った野郎はとんでもないクズだった。ステアはそいつに……」
「なんだと……?」
一瞬で空気が変わる。さっきまで少し穏やかな空気になってきたと思ったのに、一瞬で殺気立った。大男は怒っている。当たり前だ。自分の娘として育ててきた少女が……奴隷として買われ、体に傷を作ってきたのだ。私だって……ステアが奴隷だと知って怒りがこみ上げてきたのだ。
でも、ステアを奴隷として買ったのは……
「あの……その事でお話したい事があります……ステアも良く聞いて……」
こんな事、言わなくてもいいかもしれない。
でも言わなくてはならない。私も決して……無関係では無いのだから。
「シャリア? どうした……?」
ステアは心配そうに私の顔を見つめてくる。
その顔を見つめながら、私は……ステアを買った貴族の話を打ち明ける。
「ステアを買ったその貴族は……私の実家であるアルベイン家の分家であるルーネス家です……」
瞬間、殺気立つ空気が更に増した。
盗賊達が武器に手を伸ばすのが分かった。これ以上言えば私は殺されるんじゃないか?
でも言わなければ。私は私を許せなくなる。
「知らなかったでは済まされません……。この国では奴隷の売買は極刑です。それほどまでに重い罪を……私の実家の分家が侵していたのです。でも私は……奴隷が王都で売買されているという事自体、知りませんでした。お察しの通り、私は箱入りです。今まで何も知らずに育てられてきました……」
その瞬間、盗賊の一人が抜剣した。
私へと剣の切っ先を向けてくる。
「言いたい事はそれだけか。貴様のような無能が! あの人間のクズのような奴になるんだ! 今ここで俺が……殺……ゴファッ!」
男が吹き飛んだ。いや、正確には男の顔面に、壺のような物が投げつけられたのだ。
投げたのは言う間でも無く……親父と呼ばれる大男。
大男は私へと、その大きな手を伸ばしてくる。
殺される……? その大きな手で頭を掴まれて……首の骨を……
しかし、大きな手は予想外な優しさで私の頭を撫でまわした。
「シャリアさん、あんた……いい親を持ったんだな。俺もあんたみたいにコイツラを育てたかったんだがよ……どうにも上手くいかねえ。物騒な事ばっかり上手くなってよ……情けねえ……」
これは……どういう事だろうか。
不味い、また頭が付いて行かない……。
「ステアが奴隷になったのは、アンタのせいじゃねえ。当たり前だ。んな事はガキでも分かる。責任があるとしたら、まず俺だ。病なんかに侵されちまって……ステアが俺を想ってとんでもねえ事しちまった。んで……そのステアを買った貴族も、あんたとは無関係だ。俺は歳ばっかり食って脳みそなんて全く育っちゃいねえが、人を見る目はあると思ってる。あんたがそのクソ野郎と同じわけがねえ。本当に腐った人間なら、俺の前でそんな事言える筈が無えしな」
……私は……許されてしまったのか?
大男は無関係だと言ったが、私もアルベイン家の長女だ。分家の行いが無関係な筈が無い。
「でも私は……本当に無知で……ステアのために何もできなくて……」
「誰だって無知さ。知ってる奴が知ってるし、知らない奴は知らねえ。何でもそうさ。俺達の中に、この国の法律やら何やら知ってる奴が居ると思うか? でもその代わり、裏の世界の事ならそれなりに知ってる。要はそういう事だ。それに……ステアのために何も出来ねえなんて……それはとんだ勘違いさ。ステアはあんたの事……」
「誰だ!」
その時、洞窟の入り口辺りから慌てる盗賊の声が上がった。
私は直観した。盗賊のその声で、誰が来たのか分かってしまった。
「シャリア! 何処だ!」
「ザリア……ザリア?」
ザリアが助けに来てくれた。
でも……でも……
「今助ける!」
奥から響く金属音。
ザリアと盗賊が戦っている。
駄目だ、駄目だ、ザリア……駄目……
ザリアは強い。五十体以上の魔人を前にしても、無傷で帰ってきた。
いくらこの盗賊達が手練れだと言っても……みんな……
「ザリア! 駄目! 殺さないで! 誰も殺さないで!」
私はつい、そう叫んでいた。
この盗賊達が今までどんな罪を犯してきたかは知らない。
でも……この人達はステアの家族だ。
私はただ……ステアが泣いてしまうのを見たくない一心で……そう叫んでいた。
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