第14話

 

「シャリア、すまないが……俺は今すぐローレンスへ向かう。君とステアはこの村で待っていてほしい」


「……? 何か……あったんですか?」


 ステアが大きなお肉の塊を完食した後、宿へと戻ってきた私達へとザリアはそう告げてきた。すでに旅支度を終えていて、今すぐにでも出発してしまいそうな勢いだ。

 私はザリアへと何かあったのかと尋ねるが、何処か理由を告げるのを躊躇っている。という事は、ザリアは私には知らせない方がいいと思っているんだろう。しかしそれは同時に私にとって無関係では無いという事だ。


「ザリア、急いでいるのは分かります。でも私とザリアは夫婦になる関係でしょう? あまり隠し事をされると……寂しくなってしまうのですが……勿論これは私の我儘です。ザリアの判断に任せますが……」


「いや……すまない。わかった、シャリアにも無関係ではない話だし……」


 ザリアは私に隠し事はしない、と一度腰を据えて私に説明をしてくれる。ステアはお腹一杯になったからか、ベッドに横になり寝息を立て始めてしまった。


「実は昨日、王都のルーネス家が盗賊に襲撃されたらしい。当主は殺されたそうだ。使用人は無傷だったらしいけど……」


「ルーネス家……って、それは本当ですか?!」


 ルーネス家、私の実家であるアルベイン家の分家の一つだ。分家と言ってもアルベイン家の傘下に入っているというだけで、今まで大して関わりも無かったが。しかしそれでも分家の当主が殺されたとなれば一大事だ。お父様は対応に追われているに違いない。


「今朝早く、王都からローレンスに向かう騎士に聞いたんだ。まず間違いない。それで……生き残った使用人の話によると……どうやらルーネス家は奴隷を買っていたらしい」


「……! そんな、まさか……」


 アルベイン家の分家であるルーネス家が奴隷を……。何かの間違いである事を祈りたいが、ザリアが騎士から仕入れた情報だ。まず真実だろう。この国で奴隷の売買は重罪だ。でも正直ルーネス家の当主には何の感情も沸いてこない。奴隷を売買していると言う事は、つまり……そこで眠っているステアのような子を……


「それで気になる事も……騎士は言っていた。どうやら盗賊達は、赤髪の少女を探していたらしいんだ。生き残った使用人達がそう言っていたらしい」


 ザリアはベッドで眠るステアへと目配せしつつ、私にそう告げてくる。赤髪の少女……奴隷……まさか……


「シャリア、君の考えている事は分かる。でもそれは可能性の話だ。まだステアを盗賊達が探しているとは限らない。でも用心に越した事は無い。信頼できる騎士に君達を警護させる。俺が戻るまでこの村に居て欲しい。ローレンスに向かうと……逆に危険かもしれない」


「ローレンスに向かうと危険……なんですか?」


「実は少し前からローレンスでは、盗賊の被害が出ているんだ。恐らく拠点が近いんだろう。もしかしたら……その盗賊がルーネス家を襲った輩かもしれない。もしそうなら、そこにステアを連れて行くのは危険だ。本当に盗賊が探している少女がステアなら……」


 確かにその通りだ。しかし私は正直……ザリアにもローレンスには行って欲しくないのだが。いくらザリアが信頼を寄せる騎士が警護に付くとは言っても……。


「大丈夫、その盗賊は主に貴族を標的にしているんだ。この村に貴族なんて居ないから、彼らは素通りする筈だよ。知っているとは思うけど……ローレンスはアルベイン家から譲り受けた大切な街だ。これ以上、盗賊を野放しには出来ない」


「それは分かりますが……いえ……分かりました。私はステアと一緒にここに残ります。でも一つだけ……お願いを聞いて貰っても……いいでしょうか」


「なんだい? 俺に出来る事なら何でも……」


 ザリアと離れ離れになる。それはなんだか寂しい。寂しいが、まだ私はザリアに恋だの愛だの……そんな感情を抱いているとは言い難い。でも寂しい。なんだろう、この……なんとも言えない胸の痛みは。


「抱きしめて……下さい」


「……ん? えっ、いや……」


「嫌なんですか?」


「違う、そうじゃなくて……すまん、いきなりだったから動揺してしまって……」


 ザリアは咳払いしつつ深呼吸し、私を真正面から見つめてくる。そのままゆっくり、私の胴へと腕を回して抱きしめてくれるザリア。

 

 最初は政略結婚に絶望していた。でも周りの人が、それを希望に変えてくれた。

 私達は幸せにならなければならない。


 自分から意識して相手を愛するなんて、本当の愛なんて言わないかもしれない。

 でも私達はそうやって愛を育むしかない。


 愛だの恋だの……まだ十七歳の小娘が何を言っているんだ。

 私はただの小娘だ。だから私は成長しなければ。ザリアにふさわしい相手として。


「シャリア、もういいかい?」


「はい……ありがとうございます……出来るだけ早く帰ってきてくださいね。でないと私……浮気してしまいますから」


「それは……嫌だな。分かった。約束するよ。出来るだけ役目を早く終えて迎えに来る」





 ※





 ザリアがローレンスに発った後、私達の部屋に騎士が一人訪ねてきた。どうやら彼が私達を警護してくれるらしい。その騎士と一言二言、言葉を交わすと村を見回ってくると部屋を出て行った。


 私はステアが寝息を立てるベッドへと腰かけ、ザリアの体温を思い出す。

 暖かった。正直言えば一緒に行きたかった。でももし、盗賊が探している少女がステアなら……確かにローレンスへ向かうのは危険だ。それに……王都に居るお父様の事も気掛かりだ。お父様は大丈夫なのだろうか。ルーネス家が狙われたのなら、当然……


「……ルーネス家? なんでルーネス家を……」


 ルーネス家はアルベイン家の分家の中ではあまり目立たない方だ。悪く言えば分家の中で一番稼ぎは低い。お父様も分家として機能しないのなら切る事も考えていた筈だ。分家は採掘権の一部を譲渡されている。しかしルーネス家は大して採掘を行うわけでも、鉱石を加工をするわけでも無く、ただ分家として分け前を貰い受けるだけに等しかった。当然盗賊はそんな事は知らないだろうけど、襲撃するならもっと調べたりしないのだろうか。

 

 確かに稼ぎのいい家柄は優秀な騎士が警備に付いているから、襲撃しにくいのかもしれない。アルベインの本家にも王都直属の騎士が警備に付いていた。でもルーネス家に警備と呼べる者はせいぜい使用人程度。盗賊はそこを狙ったのだろうか。いや、でも仮にも王都に住まう貴族だ。ローレンスからわざわざ王都に赴き、そんな家を襲撃するなんて矛盾している気がする。ローレンスの方がいくらか仕事はしやすく、商業の街なのだから稼ぎもそれなりの筈だ。


「まさか……」


 盗賊は最初から……赤髪の少女がそこに居ると分かっていたんだ。そしてルーネス家は奴隷を売買していた。盗賊はどこからかその情報を入手し、ルーネス家に襲撃をかけた。奴隷の売買となると当然裏の稼業。盗賊を生業にしている者の方が、その辺りの情報の入手は容易い……と思う。


 まあ、でもそもそもの話、ルーネス家を襲った盗賊がローレンスの盗賊と同じとは限らない。赤髪の少女がステアだと決まったわけでもないし……。


「まあ、赤髪の少女なんて……結構そこら中に……」


「……トイレ……」


 その時、いつのまにかステアが起きていた。そのままベッドから降りて、部屋から出て行こうとする。


「待って、ステア。私も行くから……」


「あ? 一人でいいよ。俺はそこまでガキじゃねえ」


「違うわよ。私も行きたいの」


 そのままステアと共に宿屋を出る。この宿屋の屋内にお手洗いは無い。小さな村の宿なのだから仕方ないかもしれないけど、中々に不便だ。


「……あれ? 騎士は?」


「村を見回ってると思うわ。まあ、この村に居れば危険は……って、ステア?」


 何故騎士の存在を知っているのだ。ステアは眠っていた筈……まさか起きて……


「……俺、帰る。短い間だったけど、結構あんたの事気に入ったぜ」


「え? ステア? 何言ってるの?」


「じゃあな……追いかけてくんなよ!」


 そのまま走りだすステア。追いかけてくるなと言われて追いかけないわけにはいかない。ステアは今日購入したスカートを捲りあげ、そのまま走りだしてしまう。不味い、早い。でも私だって……兄様に鍛えられてるんだから……!


「まって! 待ってステア! どうしたの?!」


「追いかけてくんなって言ってんだろ!」


 村を抜け、草原を走り抜けるステア。なんだ、あの足の速さは。とても小さな子供とは思えない。まるで盗賊のような……


 盗賊……? まさか……ステアの言っていた“仲間”というのは……


「ステア! 待って! 待ってったら!」


「だぁぁぁぁ! しつこい! もういいよ! ほっとけよ! 俺は家に帰るだけなんだから!」


 その時、ステアは指笛を吹き始めた。小気味いい音が草原へと響く。まるで誰かを呼んでいるような……。いや、でもそんな無茶な。この広大な草原で誰が……


 しかしその時、私は目を疑った。ステアの指笛に呼ばれるように、馬に乗った数人の黒装束の集団が現れたのだ。その集団の一人はステアを確認すると、馬で駆け寄りそのまま一瞬で攫う。いや、ステアは攫われたわけじゃない。素直に馬へ乗り込んでいる。まさか……あれがステアの仲間?


「いや、違うから! あいつは放っておいていいから!」


 ステアが何か喚いている。すると私の方にも一人、馬で駆け寄ってくる。


「……お前は……貴族だな」


「あ、貴方達なんですか! 一体……」


 その瞬間、私の首へと当てられる長剣。早い、一瞬だ。抜剣する所が見えなかった。


「大人しくしろ。このまま胴体と首が離れ離れになりたくなければ、馬に乗れ。下手な事はするなよ」


 首筋から微かに血が滴るのが分かった。従わなければ容赦なく切り捨てられる。私は……まだ死ぬわけにはいかない。


 ごめんなさい……ザリア……


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