第13話

 

「いいよ、服なんて……」


「駄目よ。そんな恰好だと目立つでしょ?」



マーリの村で一夜を明かし、今私はステアと共に買い物に出ていた。目的はステアの服や日用品。彼女は今、ボロボロの布切れを体に巻いているだけの状態だ。いくらなんでもこれは無い。


「でも服云々もそうだけど……湯あみもしたいわね。髪の毛だってボサボサだし……匂いも……」


「う、うるせえな。湯あみとか服とかの前に飯食わせてくれよ。というか飯だけでいいよ」


「ダメよ。ステアだって女の子なんだから。それと……その言葉使いは誰に習ったの? 女の子なんだからもっと……」


「だー! 女の子女の子うるせえよ! 男だったらいいのか?! じゃあ俺は今日から男になる!」


 何を無茶な事を……。

 そんな風に駄々を捏ねるステアを、私は無理やりに引っ張って服を販売している商人の店へ。この村は昨日訪れた村よりも活気があり、道には人が溢れている。それに合わせて出店もいくつか出ており、そこら中から美味しそうな匂いが。


 ステアは終始そんな美味しそうな匂いを発する店を見つめつつ、ヨダレを垂らしている。


「ほら、服買ったら何でも食べさせてあげるから」


「うー……」


 子供が出来たらこんな感じなのだろうか。ステアは見た目……十歳も行っていない気がする。しかしステアは文字の読み書きも出来るようだった。


「ステア、あの出店、なんて看板出してる?」


「あ? ゼシ肉だろ。見りゃわかんだろ」


 当たり前のように答えるステア。正直……ステアの境遇で文字が読めるとは思っていなかった。


「ステア、文字の読み書きは……誰に習ったの?」


「……教えねえ」


「……なんで? 私の事嫌い?」


「好きとか嫌いとかじゃねえだろ……あー、もう……仲間だよ。仕事を熟すには文字を読めた方がいいって……」


 仕事……まあ、確かにそうだ。しかしステアの歳で仕事……。思わず疑問に思ってしまうが、それは私の感覚が貴族目線だからだろう。年齢一桁の子供が働く事も……あるのかもしれない。王都では見なかったけど……。


「じゃあステア、服かったら……あのゼシ肉? を食べましょうか」


「……え? ま、マジで?! あれ食べさせてくれんの?!」


 なんかステアのテンションが凄まじく上がった。私はよく知らないけど、あのゼシ肉はそんなに美味しいのだろうか。


「約束よ、ちゃんと服選ばせてね」


「お、おう」


 しかしステアは今、布切れ一枚で髪もボサボサだ。私はとりあえずと適当に服を見繕い、店の主人と交渉して湯あみさせてもらう事に。とりあえずステアを洗わなければ。まるで動物のような言い方で申し訳ない気もするが。


「え?! 湯あみ?! や、やだ……お、俺はいいから!」


「なんで逃げようとするの?! ゼシ肉が待ってるわよ!」


 暴れるステアを無理やりに湯あみ場へ。何故か店の主人も手伝ってくれて、二人がかりでステアを泡まみれにする。しかしその時、私はしまったと思った。ステアの全身は傷だらけだ。それも拷問の跡のような……。もしかしてこの傷のせいでステアは湯あみを嫌がっていたのだろうか。


 店の主人(女性)もステアの傷に気付いたのか、怪訝な表情に。しかし何も見なかったかのように、ステアのボサボサの髪も洗ってくれる。私は私でステアの体を優しく撫でるように泡を滑らせていくが……綺麗な白い肌の上に明らかに異質な傷。それも十や二十じゃない。全身に夥しい数の切り傷や腫れ傷、中にはどうすればこんな傷になるのだ、と疑問に思わざるを得ない物も。


「ステア……痛い?」


「……ちょっとしみるくらい……」


 大半の傷は既に歪に塞がり、跡が残ってしまっている。良く、騎士達は体についた傷は勲章だ、とか言うけれど、我々女性はそうもいかない。私のように自分でつけた傷ならまだしも、他人に付けられ、もう治らない傷など心に一生残る。その傷を見る度に悍ましい記憶が蘇ってきてしまう。


「ステア、お湯かけるね」


 そっと布をお湯につけ、ステアの体についた泡を洗い流す。

 その傷に触れる度、歯を食いしばる力が増してくる。

 私は馬鹿だ。大馬鹿だ。ステアが苦しんでいる時、私は何をしていた。自分の悲劇に酔って自分の腕を切って……心を殺そうとしていた。


 自分の行為が恥ずかしい……と、その時思ってしまった。

 私の苦しみなど、ステアのそれに比べれば……些細な物なんだ。




 ※




 湯あみを終え、本格的にステアの服を店の主人と共に見繕う。髪を梳かしたステアはまるで何処かのお嬢様のようだった。綺麗な赤髪。指ですくえば途端に零れてしまうような流れるような髪。私は思わず羨ましくなってしまう程に。


「ステア、髪綺麗……ほら、こんな服とか似合うんじゃない?」


「……いやだ」


「じゃあ、こっちは? ほら、凄く可愛らしくて……」


「やだ……」


「じゃあ……」


「だぁぁぁ! なんでそんなドレスみたいな服ばっか持ってくるんだよ! 俺は嫌だぞ! もっと普通の持って来いよ!」


 ……しまった、またやってしまった。貴族のような服はステアの辛い思い出を呼び覚ましてしまうのかもしれない。でもステア、こんなに可愛いんだから……どうしよう、本気でステアを奴隷にしていた貴族が憎くて仕方ない。


「もっとこう……動きやすいのがいい……」


「動きやすいのね……じゃあ……」


 私は店の主人と相談しつつ動きやすい少年のような服を選んではみるものの……やはり気に食わない。どうしても、ステアには可愛い服を着せてあげたい。


 それは主人も同意見のようで、やはりスカートは外せないと意見が一致する。しかし明るめの色だと、ステアは何処か気に食わなさそうにしていた。ならば……黒を基調にした落ち着いた雰囲気のコーデで……。


「ステア、どう?」

 

 服を着せ、姿見の前でステアの意見を求める。

 先程は煌びやかな貴族のような服ばかり勧めていたのが功を結んだのか、ステアは何とか納得してくれたようだ。店の姿見の前で立つステアは、とても奴隷には見えない。なんだったら私の妹にしたいくらいだ。


 というか……本当に妹にしてしまおうか。正直、今の私のワガママなら何でも通る気がする。父には悪いが、文句は言わせない。


「ん……これでいい」


「うん、可愛いよ、ステア……」


 店の主人もサムズアップで祝福してくれる。そのまま私達は、手間賃も込みで多めに金貨を置いて店を後にした。




 ※





 店を入る前、ステアは今とは正反対の意味で目立っていた。服とは言い難い布切れを被った状態だったのだ、当たり前といえば当たり前だ。でも今は違う。今ステアは、一体どこのお嬢様だ、と村の人々の注目を集めている。


「おい、約束だぞ! ゼシ肉くわせよ!」


「はいはい。じゃあステア、二個買ってきて」


 そのままステアへと金貨を手渡すと、何故か凄い落胆した顔に。え、なんでそんな顔するの?


「これだから貴族は……あんな店に金貨なんて出したら大騒ぎだぞ。差額なんて払えないだろうし」


「じゃあ差額なんて要らないって言ってくれれば……」


「バーカ! バァーッカッ!」


「え、えぇ?!」


「んな事してみろ! アホに命狙われるぞ!」


 アホって……。


「ほら、金貨以外ないのかよ、無いなら服屋で両替えとか……」


「う、うーん……ぁ、子供の頃に記念で貰ったお金なら……でも、これじゃあお肉買えないよね……」


 それは金貨に比べて凄く軽いけど、小さくて可愛いからいつも持ち歩いていた。するとステアは再び呆れた顔をしながら……


「それ、マリスフォルスって街が発行してる金だよ。一応使えると思うけど……この村でも……」


「マリスフォルスって……海の上の街よね? なんでこの村で使えるの?」


「この辺りの商人でも魚とか仕入れに行くだろ。その時に出すから使えるんだろ」


 成程……。ステアは物知りだ。私はその辺り……全然だ。

 いくら子供の頃から勉学に勤しんでいても、私の先生はそんな事を教えてくれなかった。ひたすらシスタリアの歴史やら女神の神話やら……。

 私はここでは無知に等しいヒヨコだ。ステアの方が余程その辺り長けている。


「ステア……私の先生になって」


「やなこった」


 そのままステアは私からマリスフォルスの硬貨を奪うと、ゼシ肉の出店へと直行する。お肉は無事に買えたようで、串にささった巨大な肉の塊を二本……ステアは満面の笑みで持ってくる。


「え、こんなに? 大きすぎない?」


「あの金でもこんだけ買えるんだよ。これで金貨だったらどうする、想像してみろ」


 ステアにそういわれ、思わず山のような肉を想像してしまう私。

 確かに……出店で金貨を出すなど迷惑なだけかもしれない。今までも私は手軽に金貨金貨と出してきたが……改めねば。


 ステアから一本受け取り、ゼシ肉を齧ってみる。芳ばしい香りと香辛料がよく利いていて美味しい。肉も柔らかいし、口の中に入れた途端、溶けるように無くなってしまう。でも正直一口でお腹一杯だ。この香りを嗅ぐだけでも……。


「ステア……食べる?」


「マジで?! いいの?! 食う食う!」





 ※





 《王都から西、魔人の隠れ家となっていた古城》



 ザリアが魔人を皆殺しにした古城へと立ち寄った男達。

 そこには無数の魔人の死体。その光景を前にして、馬に跨った男達は呆然としている。



「なんだ、これは……」


「七十は居るぞ。全部魔人の死体か? まだ新しい。一体何があったんだ」


「ほぼほぼ……適格に魔人の急所を潰しているな。騎士か」


「それにしては……王都からこっち、騎士隊と出くわさなかったな。という事は魔人共を皆殺しにして……ローレンスに向かったのか?」


「その可能性はあるが……なんだ、この違和感は。騎士隊ならもっと人間の足跡があってもいいんじゃないか?」


「まあ、確かに……ん? おい、生き残りが居るぞ」


 微かに息のある魔人が残っていた。男達は馬から降り、その魔人の元へと。

 魔人は虫の息。体を両断されつつも、必死に助けを求めてくる。


『ダジゲデ……ダズゲデ……』


「おい、何があった。騎士隊にやられたのか?」


『キシ……キシガ……』


「どのくらいの規模だ。答えれば助けてやる」


『……ヒトリ……ヒトリダケ……』


「……! 馬鹿な……これを……一人でやったって言うのか?! どんな化物だ」


『ダジゲデ……ダジゲデ……』


「もう一つ答えろ、赤髪の子供を見なかったか? 少女だ」


『コドモ……ニンゲンノ、コドモ……』


「赤い髪だ、答えろ」


『キシガ……ツレテイッタ……』


「……殺せ」


 容赦なく魔人の心臓を貫く刃。そのまま魔人は動かなくなる。


「どうする。騎士がステアを匿ってるとなると……」


「別にどうもせん。まともな奴なら王都に連れて帰ろうとはしないだろう。ローレンスに向かうぞ」


「しかしこれだけの魔人を一人でとは……化物揃いか、この国の騎士は」


「それだけに安心だ。ステアは無事だ。あとは……取り戻すだけだ」


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