第12話
「見えてきたね、マーリだ」
「はい、綺麗な村……ですね」
新たな村に到着した。この村はマーリと言うらしい。名前の由来は近辺に咲く花だそうだ。小さく可愛い花。昔、その花で冠を作って売り歩く事で小銭を稼ぎ、この村の基盤を作ったらしい。なんとも気が遠くなるような商売だが、そもそも仕事とはそういう物だ。堅実で地味な作業が、後に大きな功績を残す。
私とザリアは宿を取り、とりあえず休息を。昨日は私もザリアもまともに寝ていない。少女は相も変わらず可愛い寝顔のまま、気持ちよさそうに眠っている。
「さて……ベッドは残り一つか。シャリア、君が使うといい。俺は床で寝る」
「何言ってるんですか。魔人討伐で疲れてるんですから……ザリアこそ使ってください」
「シャリア、こういう時は男を立てる物だぞ。というわけでおやすみ」
そのまま壁にもたれ、剣を抱きながら眠り始めるザリア。
しかし私もこのまま大人しくベッドで眠る事など出来ない。私は負けず嫌いなんだ。
「ザリア、なら私は立ったまま寝ます。私の数少ない特技なんです、立ったまま寝るの」
「……そうか、なら俺も負けていられない。立ったまま寝てみせる」
そのまま双方向かい合うように立ち、睨み合いながら同時に目を瞑る。勿論立ったまま眠るのが特技だなんて嘘だ。あぁ……でも目を瞑るとだんだん……
「……あんたら、誰? ここどこだ……何してんの?」
その時、ベッドで眠る少女が目を覚まし、私達に奇妙な目線を向けてくる。
何してると言われれば……何をしているんだろう。自分達でやっていて分からない。
ザリアは目を覚ました少女へと近づき「おはよう」から「何処か痛い所はあるか?」と質問。少女は首を横に振りつつ……盛大にお腹の音を鳴らした。
「腹減った……」
「そうか。じゃあ食事にしようか。シャリア、この子を見ててくれ。俺は主人に頼んで……」
「ひっ!」
その時、少女が怯えるように布団を被る。どうしたんだ。一体何に怯えているんだ。
私はそっと少女の頭の部分の布団だけを捲る。まるで穴倉に入り込むリスのように可愛いが、顔は怯え切っている。
「どうしたの? 何か怖いの?」
「……主人って……アイツ……ここに居るのか? やだ……もう嫌だ……助けて……」
するとザリアは少女の言っている事を理解したのか、少女に寄り添いつつ
「大丈夫だ。ここは王都じゃない。そして俺達もただの旅人だ。君を奴隷として扱う人間はここにはいない」
「……でも、あんたら貴族なんだろ……。騙されないぞ……また私を売るつもりで……!」
「君は歳の割りに観察眼が冴えてるな。何故貴族だと思った?」
ザリアは怯える少女へ、淡々と冷静に話しかける。少女もそんなザリアの態度につられるように落ち着きを取り戻していく。
「ただの旅人が……そんな綺麗な剣持ってない……。そっちの姉ちゃんだって……肌は真っ白だし髪型は整ってるし……見るからにお嬢様だし……」
「成程。まあその通りだ。俺達は貴族だが、君を奴隷として扱う気なんて無い……とは言っても納得してもらえないだろうから、飯を食ったら好きにすればいい」
ザリアはそれだけ言って部屋の外へと出ていく。少女は相変わらず警戒しつつ、布団から頭だけ出して私を睨みつけてきた。なんか可愛い……。
「えっと……とりあえず自己紹介しよっか。私はシャリア。貴方のお名前は?」
「……ゴミ」
……なんだって?
「ゴミって……呼ばれてた」
私は言葉が出てこない。こんな少女をゴミと呼びながら鞭を打つ貴族が居る。そんな馬鹿な事があっていいのか。そんなの……許される筈が無い。
次第に怒りがこみ上げてくる。もう旅なんてしてる場合じゃない。王都に戻って、その貴族を縛り首に……
「でも……前の仲間からはステアって呼ばれてた」
「え? 仲間……?」
コクン、と頷く少女。前の仲間というのが気になるが、とりあえず家族みたいな物だろうか。そして少女の名前はステア。いい名前じゃないか。
「ステア……」
私は思わずステアに抱き着いてしまう。そのまま頭を撫でまわし、小さな体をもう離さないと言わんばかりに抱きしめる。
「え、ちょ……何……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……辛かったよね……私にその辛さは理解できる物じゃないけど……もう大丈夫だから……ここは安全だから……」
「……ぅ……本当に? 生贄にしたり……しない?」
私は更に強くステアを抱きしめる。この子が今までどんな辛い目に遭ってきたのか……私には想像する事すら出来ない。ステアの辛い思いを肩代わりしてあげる事なんて以ての外だ。でも私はそれでも……ステアのために何かしてあげたい。
「もう、大丈夫だから……絶対、絶対大丈夫だから……」
※
それから宿で食事を取り、再びステアは眠ってしまった。久しぶりにお腹一杯食べたようで、幸せそうな笑顔で。それを見て思わず安心してしまう。
「さて……じゃあ俺達も寝ようか」
「床は私の物です。譲りませんから」
私は夕食と一緒にお酒も少し飲んで、もういつでも寝れる。床だろうが何処だろうが……と、その時ザリアは突然私を抱き上げ、そのまま……
「君はステアと一緒に寝てくれ。心配しなくても……俺もベッドで寝るから」
ステアと一緒のベッドに寝かせられる私。するとステアが私に抱き着いてきた。寝言でもう野菜はいい、肉がいいとか言いながら……。
「おやすみ、シャリア」
「おやすみなさい……ザリア」
※
《王都スコルア ルーネス家》
王都の貴族、ルーネス家。
薄暗い屋敷の中、震えながら柱に縛られている数人の使用人。
その目の前で、主人たるルーネス家の当主が数人の男達に囲まれ尋問されていた。
「し、知らない! 本当だ! いつの間にか逃げ出してたんだ!」
「言い訳はそれだけか。お前が俺達の仲間を奴隷としてコキ使ってたって事は認めるんだな」
「あ、あんたらの仲間だなんて知らなかったんだ……! た、頼む……命だけは……」
「どの道、シスタリアで奴隷は極刑だ。なら別に俺達が殺そうが騎士が殺そうが……そう変わらないだろ」
「待て……待て! まっ……」
一太刀でルーネス家の当主の首を落とす男。
返り血を浴びた男は、薄汚い豚の血が付いた、と嘆く。
その男の元へ、屋敷内を物色していた仲間が駆け寄ってきた。
「兄貴、駄目だ。こんな弱小貴族じゃ、マシなもん持ってねえ」
「……まあいい。とりあえずアイツを探すぞ。親父も心配してるからな」
「無事だったんですね。心配させやがって……」
「自分を売って金を作ろうとしたんだ。バカだが……たいした度胸だ」
「急いで探してやらねえと……きっと腹空かせて泣いてる」
「そうだな……待ってろよ……ステア」
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