第11話
「王都まで……せめて私達が彼を送り届けます」
「あぁ、頼んだ。騎士の詰め所にこれを出してくれ。それで全て伝わる」
小さな村の英雄たる若き騎士の心臓を、大切に抱きながら村人達は王都へ。ザリアが村人に渡したのは、騎士が死んだ時、身内へと渡される徽章。この村に駐在していた彼の徽章は魔人が持っていたらしい。その徽章を見る限り、まだ駆け出しの騎士。これからという時に魔人に殺されてしまうなんて……。
騎士は死ぬのが仕事。ザリアの言葉が耳に残っている。
「彼は……騎士として正しかったかもしれません。でも……残された側の人の事を考えると……」
まるで駄々を捏ねる子供のように、私はザリアへと抗議する。
こんな事を言っても困らせるだけだと分かっているのに……。
「……シャリア、正直言うと俺にも分からない。彼の選択は正しかったのかどうか……いや、そもそも正しい選択なんてあったのかどうかすら分からない。でもここで僕らがそれを議論しても……それは彼を侮辱する事になる。僕らに出来る事は、彼の尊い犠牲を……無駄にしない事だけだ」
私は、私の背で眠る少女の寝息へと耳を傾けた。まだ幼い少女。体は痩せ細り、驚くほどに重さを感じない。
「この子は……どうするんですか? なぜ王都に連れていかないのですか?」
村人はこの子も一緒に王都へ連れていこうとしていた。でもザリアはそれを断った。私も村人も首を傾げたが、結局ザリアは理由を明かしてくれなかった。
「……その子はローレンスに連れて行く。恐らく王都で奴隷として買われた子だろうから」
「……え?」
奴隷? そんな……それはあり得ない。この国では奴隷制は禁止されている。生贄を魔人へ差し出すのと同じくらい重罪だ。見つかれば奴隷を売買していた人間は全員処刑される。
「そんな……こんな小さな子が?」
「体のあちこちに痣や傷がある。恐らく鞭などの拷問器具で……つけられた物だろう」
拷問……? こんな小さな子に……?
「あ、ありえません……そんな事って……」
「とりあえずシャリア、変わるよ」
ザリアは私が背負っている女の子を抱きかかえ、今度は自分の背に。私は違和感を拭えなかった。奴隷などという言葉自体、王都では聞く事すら無かったのだから。
「……なんで……そんなに冷静なんですか?」
私はつい口をついて言ってしまう。こんな小さな子が奴隷として売買されている上に、拷問されていたという事実を前にしてザリアは至って冷静だ。戸惑う様子さえ見えない。私はそんなザリアが怖い。何でそんなに冷静にふるまう事が出来るのか……。
「……シャリアには酷な話かもしれないけど……貴族が奴隷を売買しているという話は、そう珍しい事じゃない。俺は騎士として王都で……貴族が奴隷を痛めつける惨状を何度も見てきた」
ザリアの言葉は真実だ。そんな嘘を付く必要なんて無いし、何より女の子の傷は明らかに日常生活で付くような物じゃない。そう、私の左手に刻まれたような傷が、女の子の全身に……。
奴隷を買い、痛めつける貴族。私達も貴族だ。同じ貴族に……そんな輩が居るなんて信じられない。私達は確かに裕福な暮らしの中で生きている。でもそれは支えてくれる人達があってこそだ。
「ザリア……私は何も知らない箱入りだったのですね。どれだけ勉強しようが……結局は何も知らない娘のままで……」
「シャリア、人には役割という物がある。俺達騎士は母国の民を剣でしか救えない。ベディヴィアは代々騎士の名家だ。正直な所、剣で救える人間なんてたかが知れてる。でも君は違う。君はアルベイン家の長女として、その産業に携わり……人々に職を斡旋し守ってきた。君は箱入りと自分を罵るけど、それは大きな間違いだ。この手が証拠だ。君はこの手で今まで何をしてきた。ひたすら剣を振り続ける事しか出来ない騎士より……君のこの手の方がずっと尊い。シャリアは僕にとって、尊敬できる女性の一人だ」
「でも……それでも私は自分を許せないんです。今まで何も知らずに過ごしてきました……まさか王都で奴隷として苦しむ少女が居るなんて思わずに……」
「……確かに無知は罪かもしれない。でも幸いな事に僕らはまだ若い。これから一緒に知っていこう。知って……僕らがなすべきことを一緒に探そう」
少女を背負いながら、ザリアは私の手を固く握ってくれる。私のボロボロの手を。とても可愛いとは、かけ離れた手だけど、ザリアはこの手が好きと言ってくれた。私もいつか……この自分の手を好きになれる時が来るのだろうか。
「さあ、ローレンスへ向かおう。この村の馬を貸してもらえるし……っと、そうだ。シャリア、乗馬の経験は?」
「……一応程度には」
「それは良かった。じゃあ馬で……とりあえずローレンス手前の村でゆっくりしよう。急ぐ旅でも無いし、そのくらい道草食っても文句は言われないだろう」
※
ザリアは少女を前に抱きかかえるようにして馬へと跨っている。その様子を見ていると、なんだか子供が出来たようで……嬉しいやら恥ずかしいやら……。
私はそんな感情を抱きながら馬を走らせる。乗馬は久しぶりだが、騎士である兄に厳しく指導された甲斐あって、人並みくらいには出来る。
風を切り馬を走らせる。太陽を背にしながら、雄大な草原を。次第に西の彼方に聳える山々がはっきりと見えてきた。
「今日は空気が澄んでいて……良く山が見えるね。というかシャリア、その辺りの騎士より馬を乗りこなしているじゃないか」
「え? ぁ、はい。兄が厳しかったので……」
風の音でザリアの声が聞き取りずらかった私は、少し馬を寄せる。するとザリアの腕の中の少女が心地よさそうに体を揺らしていた。寝顔は良く見えないけど、きっと可愛いに違いない。
「もう少しゆっくり行こうか」
ザリアは手綱を引き、歩調を緩める。私も合わせて同じ様にすると、ザリアは「おお」と驚いてくる。
「素晴らしいね。是非俺の部下に乗馬の指導を頼みたいくらいだ」
「いえいえ、そんな……ところでザリアは……今更ですけど強いんですね。魔人を大勢……相手にして無傷だなんて……」
「相手が良かったからね。どこかの血族の魔人だったらそうもいかない」
血族……やはり魔人にもそういうのはあるのか。
魔人には寿命という概念自体、無いと言われている。真実かどうか分からないけど、それ故彼らは滅多に子供を作るという行為をしない。
「ザリア、魔人の血族というのは……血が繋がっているとか、そういうのでは無いのですよね?」
「あぁ。この辺りだとディアボロスの血族が有名かな。神に等しいと言われた強大な魔人が率いる血族だ。でも、かの魔人は武人でね。武器を持たない人間には一切手を出さない。まあ、武器を持てば容赦ないけど……。だからさっきの村のように、この辺りの村は警備が手薄だ。ディアボロスの血族は一般の村人には手を出さないから。でも時折、野良の連中が襲う場合もある」
「なら……警備を厳重にすれば……」
「そうすると、闘い好きの魔人が寄ってくるからね……。難しい所だ。それに我々の敵は魔人だけじゃない。山賊に海賊……かなり手練れの盗賊も居てね。王都に近い、ただの農村だと……どうしても警備は手薄になる。今回はそこを突かれたんだが……」
警備が手薄だと野良の魔人に襲われる。逆に厳重でも襲われる。そして更に盗賊が街に紛れていたら……あぁ、頭がこんがらがってきた。
「つ、つまり……どうすればいいんですか?」
「理想を言うならば……手練れの騎士がもっと増えれば問題なんて無い。まあ、王都直属の騎士なら問題ないけど、彼らには彼らの仕事があるからね。あとは魔術師とかもっと協力的だったらいいのに……とは思うよ」
魔術師……。そういえば王都の北にバルツクローゲンという魔術師の街があった筈だ。私は本当に立ち寄る程度でしか行った事が無いけれど……王都に比べて寂しい印象を受けた。でも静かで暮らしやすいかもしれない。
「ザリアは……バルツクローゲンには行った事はありますか?」
「そりゃあるけど……あそこには大戦の英雄様が居るからね。一度拝見したけど、とても美人な……おっと、別の女性の話はするなと……ファリスに言われてたんだっけ……」
ファリスさんからそんな助言を……。
私はそこまで嫉妬深い性格でも無い……とは言えない。この旅を始めた直後、ファリスさんとザリアがお互いを理解しあっているように感じて……心に靄が生まれたんだった。
そして……そんな会話をしながら馬に跨っていると、いつのまにか次の村が見えてきた。
先程よりも大きな村……いや、街と言った方かもしれない。風車や立派な家々、高い外壁も建てられている。そしてその入り口には騎士らしき姿も。
大きな村はそれなりに守られる。でも小さな村は……?
全てを平等に守る事は出来ない。皆、口には出さないけど住んでいる人の数が違う。
なら村同士で合流すればいい……なんて簡単に言っても、その村にはその村の流儀や守るべき物がある。
私はベディヴィア家へと嫁ぐ事になるのだ。
ベディヴィアは騎士の名家。街や村の人々を守る事を生業とする貴族。
私に……この私にそんな事が務まるのだろうか。
もっと知らねばならない。この世界を。人々を。
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