第10話

 

 「生贄を……捧げたんだ」


 「……なんてことを……」



 酒場の主人が、今のこの村の状況について語りだした。事の発端は二日前、この村に魔人が現れたという。魔人とは元々この世界の支配者だったと言われている存在だ。今では人間の方が数が多くなり、次第に魔人は衰退してしまったが、それでも驚異的な存在に変わりはない。ザリアのような騎士は魔人の討伐も重要な任務として遂行している。そしてこの国では……


「生贄は重罪だ。それを決めた者は勿論、黙認していた者も全員処刑される」


 そう、この国では魔人へと捧げものとして生贄を差し出せば、漏れなく処刑される。それほどまでに罪深い行為。犠牲を出さない為の厳しい法。もしこの事が王都に漏れれば……


「どうしようもなかったんだ……。相手は見上げる程大きな魔人で……隠れ家には仲間も大勢いると言っていた。勿論王都に知らせようとは思った。でも目の前で騎士が一瞬で殺されて……私達にはどうしようも無かったんだ……」


 ザリアは黙って主人の話を聞いていた。主人は涙を流しながら俯き、失礼な男も床に座ったまま震えていた。目の前で騎士が殺されれば……無理もないかもしれない。もし私が村人でも……同じようにしていたかもしれない。


「生贄には誰を?」


 ザリアのその質問に、主人は顔を手で覆いながら声を出して泣き出した。


「村人から犠牲を出すわけには行かなかった。だから……その時たまたま、草原を彷徨っていた少女を……。あの少女は、きっと捨て子か何かだ……。ボロボロの布切れ一枚で私達に助けを求めていたのに、私達はよりにもよって……」


 そんな……そんな事って……そんな事が……あっていいの?


 親に捨てられて……彷徨って……やっと辿り着いた村で生贄にされるなんて……そんな事……


「魔人の隠れ家は分かるのか?」


 ザリアは至って冷静だった。主人にそう尋ねている間も酒を一口一口……飲み続けている。

 何処か怒りを押しとどめているようにも見えた。というか確実に怒っている。


「満月の夜に一人、生贄を寄こせと……南にある、今は使われていない古城に……」


「南の古城だな。満月の夜と言う事は……今夜か。少女はまだ生きてる」


 そのままザリアは酒を全て飲み干すと、剣を持ち外へ。私も後を追いかける。ザリアは一人で少女を助けに行くつもりなんだ。そんな事、絶対にさせない。たとえザリアが優秀な騎士でも、魔人は一体だけじゃないんだ。大勢仲間がいると主人が……。


 酒場の外にザリアを追いかけ、空を見上げると煌々と満月が輝いていた。ザリアも同じ様に見上げていて、私が追いかけてきた事に気が付くと、ゆっくり振り向いてくる。


「シャリア、待っていてくれ。大丈夫。かならず帰ってくる」


「で、でも……」


「シャリア……足手まといだ。すまない」


 足手まとい……。

 私はその場で座り込んでしまう。駄目だ、行かせては駄目だと分かっているのに……足が震えて動けない。下手をすれば魔人の集団が南の古城に居る。そんな場所にザリア一人で行かせたら……


「ザリア……ザリア……」


 でも私は祈る事しか出来ない。どうか、どうか無事に……帰ってきて……と。


 すると酒場の主人と客が喧嘩している声が聞こえてきた。

 何故喋った、これで魔人に騎士へ知らせた事がバレた、俺達は殺される。そんな声が。


「ザリアは……負けない……必ず帰ってくる……必ず……絶対……」


 私は立ち上がり、再び酒場の中へと。

 主人と客は言い争いながら、お互いの主張をぶつけ合っている。


「俺達は全員食い殺される! お前のせいだ!」


「ならどうすれば良かったんだ! 彼は王都直属の騎士だぞ! いずれ王都にも今回の事は漏れていたんだ! そうなれば……どのみち我々は処刑されるんだ!」


「んなもん、ホラに決まってんだろ! 所詮、自分の腕を試したいだけの冒険者崩れなんだよ! アイツは!」


 ……冒険者……崩れ?

 ザリアが……?

 

 失礼な男は……何処までも失礼な男だ。


「どうするんだ! この村を捨てて逃げても……俺達はやっていけねえ! お前が殺したんだ! あの男も! 俺達も!」


「いい加減に……いい加減にしろ!」


 叫んだ。思い切り叫んだ。

 叫びながら睨みつけた。失礼な男も酒場の主人も。


「ザリアは……帰ってくる。魔人なんかに負けない! ザリアは本当に……本当に優秀な騎士なんだから……絶対帰ってくる!」


「あ、あのな、嬢ちゃん。信じたいのは分かるが……人一人に何が出来るってんだ。この村に常駐してた騎士も……一瞬で殺されちまったんだぞ? あの男が多少優秀でも……魔人には他に仲間が……」


「それでも……帰ってくる……絶対……帰ってくるんだから……」


 自分が憎い。こんな時、泣きながら蹲って祈る事しか出来ない。

 なんて無力。こんな事なら、兄に頼んで剣を教えてもらえばよかった。

 いや、私が多少剣を扱えた所で……足手まといは変わらない。


 私は……ザリアのために……何もできない……。




 ※




 翌朝まで私はザリアを待ち続けた。魔人はやってこない。でもザリアも帰ってこない。

 すると酒場の主人が様子を見てくると、他の村人と一緒に南の古城へ。


 私は待ち続ける。ザリアは必ず帰ってくる。必ず……帰ってくるって……言ってくれたんだから。待っていてくれって……言われたんだから。


 

 それから暫くして、勢いよく酒場の扉を開けて入ってくる人が。酒場の主人だ。顔面蒼白で、全身を震わせながら私を見つめてくる。


「……ってきた……彼が帰ってきた……」


 私は立ち上がり、酒場の外へと。するとそこには少女を背におぶった彼の姿。

 よかった……ほんとうに……よかった……


「し、信じられん……裕に五十……いや、もっと……それを、あんな……皆殺しに……」


 背後から主人の呟く声が聞こえる。でもそんなのどうでもいい。ザリアが帰ってきてくれたんだから。


「ザリア……!」


「あぁ、シャリア。ただいま……って、おおぅ」


 勢いよくザリアへと抱き着く。あぁ、少女も無事のようだ。静かに寝息が聞こえる。


「シャリア、血が付くよ」


「……! そ、そうだ、怪我は?!」


 私はザリアの体に怪我がないかと調べる。よく見るとザリアは酷く血まみれだ。こんなに血を流していたら……無事ではすまない。


「大丈夫大丈夫。全部返り血だから」


 その言葉に私を含めて村人は唖然とする。特に現場を見た酒場の主人と、数人の男達は腰を抜かした。


「あ、あれだけの魔人を相手にして……無傷なのか?」


 酒場の主人の言葉に、ザリアは少女を私に託しながら


「この村に常駐していた……若き騎士の仇だ。生かしておく事は出来ん。彼の弔いは……我々騎士団で行う。だが死ぬ事も騎士の仕事に含まれている。それは勿論俺も同じだ」


 ザリアの言葉が私の胸に突き刺さってくる。死ぬ事も騎士の仕事……。


「だがこの少女は違う。生贄を差し出すなど愚の骨頂だ」


 主人は怯えるように……腰を抜かしながらザリアを見上げる。


「なら……私達はどうすればよかったんだ……生贄を差し出さなければ、殺されていたんだ!」


「……若き騎士は何故一瞬で殺された。貴方達の為に、自分が生贄になろうとしてたんじゃないのか? そしてこう言ったはずだ。王都に知らせろと。だが貴方達は怯え、更に生贄を差し出した。魔人の機嫌を伺うように……」


 酒場の主人は沈黙という形で肯定する。するとザリアは懐から布に包まれた何かを取り出すと、それを主人へと見せつけた。


「これは彼の心臓だ。魔人達はこれで儀式を行う為、生贄を欲した。彼は少女を守ったぞ。誇り高き騎士として。そして同時に、彼は貴方達も守ったんだ。少女が死んでいれば、無力な民を生贄に差し出したとして……村人全員の首も飛んでいた」


 それを聞いて、酒場の主人を始め村人達は涙を流し始めた。

 この村に常駐していた若き騎士は……最後まで村人を守ったのだ。


 最後の最後まで……騎士として……彼は確かに……守り続けたのだ。



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