第9話
「こんにちは。部屋は空いていますか?」
「あぁ、悪いがしばらく宿は閉店なんだ。すまないね」
小さな村の、小さな宿屋の主人はそう呟きながら奥へと引っ込んでしまう。どうしたんだろうか。酷く疲れた……というより、何処か体調が悪いのか顔が真っ青だった。もしかして村全体で流行り病が……。
私は仕方ないと外に出て、辺りを見渡してみる。木造の家々が連なる小さな村。時折、山羊や羊が私の隣を歩いて行く。ほぼほぼ放し飼いだ。しかし人の姿はあまり見えない。外に出ている村の住人は見える限りでは三人程。しかもその誰もが羊達の世話をしている様には見えない。ただ石の上に座って黄昏れていたり、柵にもたれて煙草を吸っていたり……。
ここはいつもこんな調子なのだろうか。もう日が沈みかけている。本来なら家畜の動物達を小屋の中に引き上げさせたりするものだろうけど、そんな素振りは見られない。やる気がない……というより、もう完全に放置しているという感じだ。
「シャリア、宿は取れたかい?」
そこにザリアが戻ってきた。私はザリアへと、宿はしばらく閉じるそうだと伝える。するとザリアは小さく溜息を吐きながら、不満そうな顔を浮かべた。
「妙だ……。以前はもっと活気溢れる村だったのに……。人が居ないというわけでもないのに、村人のほとんどが意気消沈してる。常駐してる筈の騎士の姿も見えないし、誰に尋ねても知らないと言われるし……」
「もしかして流行り病とか……」
「いや、俺もそう思って尋ねてみたけど……そんな素振りは見られなかった。隠すような事でもない。なんなら俺が王都に戻って医者の手配をしようかとも言ってみたが……」
なんとも妙な雰囲気だ。折角ザリアとの距離を縮める為の旅だと言うのに。この村で一体何が起きているんだろうか。
「とりあえず宿が取れないなら……何処か休める場所を借りないと」
その時、一人の少女が私達を見つめている事に気が付いた。まだ十歳に行ったか行かないかくらいの少女。私と目が合うと、こちらへ走り寄ってくる。
「お姉さんたち……旅人さん?」
私は少女と目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「そうだよ。ちょっと聞いてもいいかな。村の人達あまり見かけないけど……皆どうしたの?」
「……えっと……あまり外に出ちゃダメって、おかあさんに……」
「アルン! こっちにいらっしゃい!」
その時、母親らしき女性が少女を呼び戻そうと大声をあげた。その声にびっくりした少女は、母親と私の顔を交互に見ながら戻っていく。
どうしたんだろうか。私達は不審にでも見えるのだろうか。ザリアも私も別に鎧にドレスという出で立ちではない。何処にでもいる旅人……革製品に身を包み、少し肌寒いのでマントを羽織っている。ザリアは腰に剣を携えているが……もしかしたらそれで? でも冒険者とか皆なにかしらの武器を持っているし……そんな珍しくは……。
ザリアだって別に人相が悪いってわけではない。何処にでもいる好青年……と言うと失礼だろうか。
「……仕方ない、シャリア、向こうに酒場があるんだ。今日はそこの主人に頼んで寝床を貸してもらおう」
「はい、わかりました……」
※
この小さな村にも酒場はあるようで、中に入ると数人の男達が。皆一人のようで、それぞれカウンターとテーブルに別れてお酒を飲んでいる。
店内は薄暗く、カウンターと壁に取り付けられた蝋燭の光が朧げに揺れている。
「いらっしゃい。旅人さん?」
「あぁ、主人、すまないが今夜、寝床を貸していただけないだろうか」
「……宿屋に断られたのか。アイツめ……。まあ、今夜だけなら構わないよ。飯も食うだろ? 見たところ中々羽振りの良さそうな恰好してるじゃないか。少し金を落としていってくれると助かるんだがね」
「それは勿論。金ならある。俺達は夫婦で旅をしていてね。たまに冒険者の真似事をして稼いでいるんだ」
よくもスラスラそんな嘘がつける物だ、と感心してしまう。というかまだ夫婦じゃないんだけども。まあ、夫婦みたいなものだけども……。
ザリアは懐からお金の入った革袋を出すと、金貨を一枚出してカウンターへと置いた。それを見た店の主人は不味そうな顔をする。
「悪いが……金貨なんて出されても差額が払えないんだが……」
「宿代と食事、それに酒……あとちょっと尋ねたい事もある。それ全ての代金だ。受け取ってくれ」
「……まあ、そういうなら……」
酒場の主人は金貨を取り、大事そうに懐へ。そのまま樽から果汁酒らしきものを注ぎ、カウンターへと出してくる。
というか、お酒なんて私は飲んだ事無いんだけど……。
「あの……このお酒はどんな?」
「あん? どんなって……ただのリク酒だよ」
リク……酒? なんだろう、全然分からない。
「シャリア、リク酒というのは……リクサンテっていう果物を発酵させて作られているんだ。安酒と罵る者もいるけど、俺に言われせればそれは大きな間違いだ。リクサンテは限られた季節にしか収穫出来ないし、少し時季がずれたり育て方を間違えると絶望的に渋くなってしまう。こうして美味しいお酒に出来るのは、一流の農夫が吟味し、その知識を拡散してくれたお陰なんだ。それまでリクサンテはただ渋いだけの果実だったんだから」
ザリアはもう飲む前からもう酔っているのだろうか。妙に饒舌だ。もしかしてお酒好き……? そういえばファリスさんも、服の事について語りだしたら止まらなかった。なんか似た者同士という感じがする。なんだろう、心に靄が……。
「そう、その通り。リク酒のおかげでウチの店もなんとかやっていけてる。この前も冒険者か何だか知らないが……何も知らない奴が安酒と馬鹿にしていたから、ぶっ飛ばしてやったよ」
この店主……見た目は老人のくせに腕っぷしは凄いのだろうか。屈強な冒険者をぶっ飛ばすって……
そんな調子で主人とザリアはお酒について語りだした。あの酒は癖がありすぎるとか、あの酒は邪道だとか……私は正直ついていけない。お酒なんて今まで飲んだ事すら無かったんだから……。
試しに一口、口に含んでみる。
甘い。それにいい香りだ。結構……美味しいかも……。
「それで……主人、少し聞きたいんだが……この村に以前も訪れた事があるんだが、もっと活気ある村だった筈だ。でも今日はなんだか寂しいというか……村人の姿もあまり見ない。それに騎士が常駐してると思ったんだが……」
「あぁ……まあ、アンタにならいいか。実は……」
「おい!」
その時、大声で主人を睨みつけながら叫ぶ男が。テーブルで静かに飲んでいた客だ。一声だけ発すると再び酒を飲み始め、何事も無かったかのように振舞う。
なんだアイツ……失礼な男の人だ。
宿屋の主人は、ばつが悪そうな顔で目を泳がせ、ザリアへと謝ってくる。
「す、すまないな。何でもない」
「……いや、気にしないでくれ。それより腹が減ったな……何か食事を貰えるか?」
「あぁ、勿論だとも。チーズは平気か?」
「俺は大丈夫。シャリア、チーズは……」
私は自分の酒を持ち、大声をあげた男の元へと歩み寄った。
失礼な男の人は私に目を向けながら、何の用だと睨みつけてくる。
「ちょっと貴方……いきなり大声で失礼じゃない……ですかぁ……」
「……シャリア? もしかして……もう酔ってるのか?」
酔ってない。酔うはずがない。まだ全然……一口しか飲んでないんだから。
「私は……この旅で彼といい感じに……距離を縮めようと頑張ろうとしたのに……なんですか! この村は! 皆元気なさすぎ! 折角いい感じに旅を始めたのに! いい雰囲気だったのに!」
「いや、あの……シャリア、君やっぱり酔ってる……」
酔ってない……断じて酔ってない!
私は失礼な男へと猛抗議する。この旅で私達は順調に距離を縮め、例え政略結婚でも幸せになる第一歩を……
「他所者は黙ってろ! こっちはな、命かかってんだよ!」
命……?
「あのクソ魔人のせいで……なんで俺達がこんな目に、こんな寂しい店で酒浸りにならなきゃいけねえんだよ!」
魔人……?
呆然と立ち尽くし、私はザリアへと目線を移しながら首を傾げる。話が見えない。
しかしザリアは鋭い目で失礼な男を睨みつけた。すると男は腰が抜けたように床へと尻餅を。
「主人、魔人……とはどういう事か」
「いや、それは……」
「……俺は王都直属の騎士だ。事と次第によっては……村人全員の首が飛ぶぞ」
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