第16話

 

 「騎士が嗅ぎつけて来やがった! 殺せ!」


 「馬鹿野郎共! 止めろ! 手を出すな!」


 ザリアが盗賊のアジトへ私を助けにやってきた。咄嗟に私は盗賊達を「殺すな」と言ってしまったが、盗賊達はザリアを殺そうとそれぞれの武器を手に取る。

 親父と呼ばれていた大男は静止するが彼らは聞かない。ザリアへと特攻し、その首を狩ろうとする。

 私は親父さんへと、ザリアへと特攻する彼らを止めてくれと声を荒げた。


「止めて! 彼は王都直属の騎士隊長なんです! いくら彼らが強くても……いえ、強いからこそザリアは手加減出来ない!」


 親父さんは私の言葉に驚愕する。それはそうだ、王都直属の騎士隊長は巨大な騎士団という組織の中で、十五人しか居ない騎士達の司令塔。その地位に就く騎士がどれほどの人物か、箱入りの私ですら知っている。


「王都直属……!? おい! 馬鹿共やめろ! お前等の手に負える相手じゃねえ!」


「親父黙っててくれ! 俺達が親父を守る!」


 盗賊達は次々と武器を手にザリアへと向かっていく。私はザリアが殺されるなんて毛程にも考えていない。ザリアは強すぎる。そして恐らく……この状況なら容赦もしない。このままだと……盗賊は皆殺しにされる。


 私は再びザリアへと声をかけようと、少しでも近くに向かおうと立ち上がる。


「おい待て! 巻き込まれるぞ!」


 しかしステアが腰に抱き着いてくる。その時点で私は動けなくなってしまった。ステアが酷く震えているから。


「ステア……? 貴方は知らないかもしれないけど、ザリアは本当に……」


「し、知ってんよ……俺ずっと寝たフリしてたけど……あの兄ちゃんが魔人を皆殺しにするところ……みてたんだ。強いとか強くないとか……その次元じゃねえんだ! あの兄ちゃんは……」


 その時、盗賊の嗚咽が聞こえてきた。私は思わずザリアの方へ目を向ける。するとザリアは剣を捨て、素手で戦っていた。次々と襲い掛かってくる盗賊の攻撃を紙一重で躱し、武器を奪いながら素手で殴り倒している。


 それを見た瞬間、私とステアは思わず腰が抜けてしまう。あの盗賊達は間違いなく手練れだ。その辺りの騎士が相手なら、問題なく切り伏せてしまうだろう。でもザリアは一太刀も浴びていない。全ての攻撃を躱しながら、盗賊達の鳩尾へ適格に打撃を叩き込んでいる。


「嘘……」


 ステアがそう呟くのも分かる。私も正直、それしか言葉が浮かばない。私も兄様から剣の指南を受けた事があった。それはお遊び程度の物だったけれど、それでも剣という凶器がどれほど恐ろしい物かは分かった。その鉄の塊についた刃は、人間の骨など簡単に切断する。私は兄様が目の前で庭の石像をいとも簡単に両断するのを見た。あんな重い物を自在に操る事が出来れば、人間など問題にならない。それが素手の……なんの武器も持たない人間ならば尚更だ。


 あれを一騎当千と言うのだろうか。ザリアの強さはもう常軌を逸している。人間とは思えない程に。


「お前は一体……なんなんだぁ!」


 盗賊の、先程まで親父さんと私達の会話の様子を見ていた男がザリアへと斬りかかった。しかしザリアは今まで通り、剣を躱しながら流れるような動きで武器を奪い、最後の男の鳩尾へと拳をめり込ませる。

 そして嗚咽を漏らしながら悶絶する男。ザリアは奪った武器を捨てながら、私の元へと。


「大丈夫か? シャリア」


「え、えぇ……大丈夫……です」


 そのままザリアは親父さんへと目を向ける。親父さんは覚悟を決めたかのように目を伏せ……


 覚悟? 一体……なんの覚悟を……


「待て……待てぇ! 親父に近づくな! 親父をどうするつもりだ!」


 震えながら立ち上がるパリェ。最初に私を檻に閉じ込めた女性だ。彼女は手加減されていたのか、他の盗賊達よりはなんとか動けるようだ。しかしザリアが再び睨みつけると、そのまま腰を抜かしてしまう。


「……お前等はローレンスを拠点にしていた盗賊だな。最近派手にやりすぎたな。既にローレンスの騎士隊はお前等のアジトを特定していたぞ」


 ザリアの言葉に顔を顰める盗賊達。遅かれ早かれ……彼らは捕まっていた。最悪、処刑される恐れも……。


 いや……私は何を考えているんだ。彼らがやってきた行いは犯罪だ。裁かれるべき罪だ。いくら生きる為とは言え、決して許される事のない罪を犯した。


 私はここに来て……ザリアにこう懇願しようとしている。彼らを見逃す事は出来ないだろうか……と。このままではステアはどうなる? ステアの性格なら自分も盗賊の一味だと認めるだろう。いくら幼い少女とは言え、投獄はされずとも何かしらの罰則が与えられるかもしれない。いや、それ以上に……彼らを……家族である彼らが処刑されるかもしれないのだ。そんな事になったら……。


 でもそれは……仕方のない事なのか? 彼らは盗賊だ。犯した罪は……償わなければならない。

 ここで私はステアを妹にするという案が再び出てくる。でもそれも無理な話だ。今ここに騎士隊が来れば、もうステアは盗賊の一味として露見する事になる。そうなれば……アルベイン家もベディヴィア家も、ステアを迎える事など絶対に許さない。


 私は馬鹿だ……大馬鹿だ。私が彼らに掴まった時点で既に終わってしまったんだ。あの時、ステアを追いかけなければ……いや、それでも騎士隊は既に彼らのアジトを特定していたんだ。もう何がどうなっても……取返しなど付かない。


「騎士様よ、今生の頼みだ。どうか、俺の……この老いぼれの願いを聞いてくれ」


 その時、親父さんが地べたへと鎮座し頭を下げてくる。ザリアは「何だ」と端的に返事をするが……駄目だ。このザリアを私は知っている。魔人にステアが生贄として差し出されたと知った時のザリアだ。つまりもう怒り心頭の状態。でも……それなら何故盗賊を殺さなかったのだろうか。私が殺すなと叫んだから? そんな馬鹿な。そんな事で……


「どうか……馬鹿共は見逃してやってほしい。勿論もう盗みなんてやらせねえ、元々……そいつらが盗賊なんて事を始めた切っ掛けを作ったのは俺なんだ。俺が……こんな病になんて掛からなけりゃ……」


 親父さんは胸の赤黒い斑点をザリアへと見せながら、そのまま数回咳き込む。口に当てがった手に血が付いていた。吐血までするほどに病は進行していたのか。もう……数日持つかどうかの命じゃないか……。


 ザリアはその赤黒い斑点を見つつ、盗賊達へも目を向ける。

 そして残酷な一言を……彼らに向けて言い放った。


「その病が……治らないと分かっていたのか、お前等は」


 その言葉を聞いて、盗賊達は「嘘だ」と嘆き始める。嘘じゃない。嘘じゃ……ないんだ。


「……彼らを見逃すという話だが……悪いが、そもそも俺は……」


「生き恥は晒したくねえ……俺は殺してくれ。俺の命だけで終わらせてくれ、頼む!」


 

 その親父さんの言葉を聞いて、盗賊達は涙を流し始めた。誰も文句を言わない。ただステアだけが「親父! 何言ってんだよ!」と詰め寄っている。全くだ……何を言っているんだ、コイツは……。


 このだけの人間を導いておきながら……


 その時、私の脳裏にリコやファリスさん、今まで関わってきた人達の顔が。あの人達が居たから、私は前向きに……今立っていられる。もし一人ぼっちだったら……あの時は私は自分で自分を殺していただろう。


 自分の左腕を握りしめる。そこに刻まれた傷を。自分の心を殺す為に付けた傷を。


「頼む! 騎士様よ! 俺は殺されても構わねえ! だからどうか、こいつらだけは……!」


「……ふざ……けるな……」


 震える声が喉の奥から自然と出てくる。


「何……甘えた事言ってるんですか。これだけの人間を導いておいて、自分だけ生き恥を晒したくない? ふざけるな! 死んで全てが丸く収まると思ったら大間違いだ!」



 その私の叫び声に、誰もが目を丸くして見てくるのが分かった。

 咄嗟に自分の口を塞いでみても、もう吐き出してしまった言葉は戻せない。

 私は何を言っているんだ? 自分の事を棚にあげるとは正にこの事だ。私だって……自殺しようとしていたじゃないか。リコと別れてベディヴィア家に嫁ぐくらいなら、別に死体でも構わないだろうとか思いながら……。


 左腕を握りしめる。全てはこの傷が知っている。この傷を見て、感じて……私は自分の決意を思い出す。絶対に幸せになると。こんなのは恋でも愛でも何でもない。幸せになんてなれないかもしれない。それでも私は……


「シャリア……? 左腕、どうしたんだ? 怪我をしたのか?」


 その時、ザリアは私の左腕を掴み、服の袖を捲り上げる。

 そしてザリアは傷を見た瞬間、固まってしまった。当たり前だ、こんな傷を見たら誰でも……


「…………」


「……ザリア?」


 ザリアは無言で泣いていた。ただひたすらに涙を流し始めて……そっと私の袖を元に戻してくる。

 親父さんとステアはひたすら首を傾げていた。何故突然ザリアが泣き始めるのだと。

 そしてザリアは、親父さんへと向き直り……こう言い放った。


「そういう事だ、棟梁。死んで何かが解決されるわけじゃない。それにそもそも……俺は今、騎士としてここに立っているわけじゃない。俺は彼女さえ無事ならそれでいい」


 そのままザリアはその場に座り込み、剣も地面へと置く。

 酷くショックを受けたように……まるで戦いに負けたかのように……


「ローレンスの騎士隊……いや、王都の騎士団には俺が手を回しておく。あとは好きにすればいい」


「……どういう事だ……そんな事がまかり通るのか? 俺が言うのもなんだが、俺達は今まで……」


「ローレンスでお前達の報告を受けた。無抵抗の人間には手を出していない。いや、人を殺したのは一昨日が初めてだろう。ステアを奴隷として買っていた貴族だ。お前達が殺さなくても……騎士が見つけていればその場で切り捨てられていた。この国の女神の話を知っているか? この国の騎士は、何よりも奴隷制を嫌っている。昔一人の騎士が、奴隷の裏市に関わっていた商人、客を皆殺しにする事件があった。それでもその騎士は何の御咎めも無しだ」


 この国の女神……女神シェルスの神話だ。十五歳で拉致され、一年間にも及ぶ拷問を耐えた。奴隷以下の扱いを受け……かつてこの国の基礎を作ったとされる姫君の話。私も丸暗記する程に教えられた、我々の女神の神話。


 この国の騎士達は全てその女神を崇拝している。自分達が騎士を名乗れるのは、その女神あってこそだと。


「し、しかし……」


「大丈夫だ。俺は……それなりに騎士団に顔は利く。先程も言ったが、俺は彼女さえ無事ならそれでいい。俺はそこまで清廉潔白な騎士でも無いしな」


 ザリアの言葉に親父さんは安心したのか、体の力が抜け倒れこんでしまう。ステアは必至に親父さんを抱きかかえ、布団の上へ運ぼうとする。私も手伝おうとするが……盗賊の一人に止められてしまった。それは自分達の役目だと言わんばかりに。


 いつのまにか、狭い洞窟内で親父さんを囲むように盗賊達が集まってきていた。ステアも合わせて十五人の盗賊達、いや、子供達……。皆、この親父さんに育てられた子供達だ。


 ステアは親父さんへと膝枕しながら、ひたすら泣いていた。もう親父さんは旅立とうとしている。まるで自分の役目はもう終えたと……迎えに来た誰かを受け入れてしまったかのように。

 

『死んで全てが丸く収まると思ったら大間違いだ!』

 

 私は先程自分で言った言葉を……とてつもなく後悔してしまう。口をついて言ってしまったとは言え、ステアやこの子供達の前で……親父さんに私はなんて事を言ってしまったんだ。


「親父……」


「親っさん……」


「親父……親父……っ」


 口々に親父さんを呼ぶ子供達。

 親父さんは頬を緩ませ、子供達の顔を順番に見ていく。


「情けねえ……まさか布団の上で死ぬ事になるとは……まあ……存外悪くねえ……」


「親父……っ!」


 泣き叫ぶように親父さんを呼ぶステア。

 親父さんはステアへの頬へと手を伸ばした。その手を握りしめ、頬へと導くステア。


「お前等……ステアを頼んだぞ……シャリアお嬢さんみたいに……育ててくれよ……」


「親父……」


 ザリアは黙ってその様子を眺めていた。無表情で……悲しんでいるのか怒っているのか分からない。

 

「騎士様……すまねえ……」


「安心しろ。約束は守る」


「……すまねえ……」


 淡々と言い放つザリア。そしてそのまま……親父さんはゆっくりと眠る。

 十五人の子供を育てた親父さんは……静かに息を引き取った。ステアはそのまま親父さんの瞼を閉じ、顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き始めた。


 そして親父さんの子供達は皆、静かに親父さんの体へと触れていく。親父さんの体に残った熱を……自分達へ宿らせるように。親父さんが迷うことなく、地脈へと帰れるように。


 その夜……私達は洞窟内に親父さんを埋葬した。

 最後くらいはちゃんとしたいという要望を受け、私とザリアは子供達へと正式な埋葬の仕方を教えながら、共に最後の別れを告げる。


 私とザリアは、共に作ったお守りを親父さんのお墓へと供えた。

 どうしてかは分からない。でもこうすべきだと……私達二人は無言で示し合わせた。





 ※





 翌朝、私とザリアは子供達に武器を捨てさせ、黒装束も脱がせた。

 ザリアは子供達が盗賊を続けるつもりなら、容赦なく殺すつもりだったかもしれない。でも彼らは素直に従ってくれた。何故か私の事も「姉さん」と呼んでくれる。


 ……本当に、なんで「姉さん」なんだろうか。私より明らかに年上のパリェさんもそう呼んでくる。


「姉さん……俺達どうすれば……正直、行くアテなんて……」


「それなら俺にいい案がある」


 私へと不安そうに相談してくる子供達。その時、ザリアが私と子供達の間に入ってくる。

 なんだろう。少し……妬いている? いや、そんな馬鹿な。


「お前等、バルツクローゲンは知っているな。王都の北にある魔術師が住まう街だ。その街に……大戦の英雄が居る。リエナ・フローベルという女性だ。知ってるな?」


「そりゃ……この国に住む奴なら誰だって……」


「あの街の門兵に……これを渡してリエナ様にお目通りを求めろ」


 ザリアが渡したのはベディヴィア家の徽章。渡された男は大切そうに懐へと忍ばせる。


「しかし、大戦の英雄と会って何をどうすれば……」


「リエナ様に会ったらこう言え。ベディヴィアが借りを返せと言っていたとな。それで大体の事情は分かってくれる。あの方なら……元盗賊だろうが何だろうがボロ雑巾になるまで使ってくれるさ」


 どことなく盗賊達の表情が強張る。

 ザリアもわざわざそんな脅すような言い方しなくてもいいのに……。


 するとステアが私へと駆け寄ってきた。何処か申し訳なさそうな顔をしながら。


「なあ……シャリア……また会えるかな……」


「勿論、会いに行くわ。バルツクローゲンは魔術師の街よ。ステアなら……もしかしたら魔術師になれるかもね」


「……頑張って魔術師になれば……会ってくれるか?」


「いや、別に魔術師にならなくても会いにいくけど……」


 ステアは何か決意したかのように頷く。


「じゃあ、また……。俺頑張るから! 頑張るから……またな、シャリア!」


「うん、またね、ステア。絶対会いに行くからね!」


 そのまま子供達は旅立っていく。

 ステアは何度も何度もこちらを振り返りながら……手を振りながら。


「……行っちゃいましたね、ザリア……なんだか凄い体験を……」


 って、あ……しまった。

 真っ先にザリアへ謝らないといけないのに……!


「ご、ごめんなさい! ザリア! こんな事になってしまって……」


「……? 何が? 別にシャリアのせいじゃないだろうに……」


 そんな事は無い。私は……確かに約束したんだ。マーリ村のあの宿屋で待っていると。

 

「私はザリアとの約束を破りました……。あの宿屋で、ザリアの帰りを待つように言われてたのに……」


「別にそれはいいよ……いや、やっぱり良くないって事にしよう」


 って事にしようって……


「シャリア、その……またお守り作ってくれるなら許そう」


「え?……あ、はい。わかりました……」

 

 そんな事でいいのか? と若干拍子抜けする私。

 ザリアはそんな私の手を取り「俺達も行こう」と言ってくれる。

 彼らとは逆方向に……私達は歩き出す。


 そのまま旅を続ける私達。


 彼らも私達も……再び旅へと。


 一歩一歩……未来へと。

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