第7話
「私は……貴方の事を愛します。貴方は私の事を愛せますか?」
「俺は……君の事を愛せない。すまない……」
ついに迎えたこの日。私はベディヴィア家へと赴き、その長男……ザリア・ベディヴィアと対面した。
御屋敷の一室で、いきなり二人きりにされたのは驚いたが、もしかしたらこれは……両家当主の心遣いなのかもしれない。お互いに将来を誓いあった人が居た。それは一体なんの悲劇なのかと、誰もが思ったに違いない。
私はザリア様へと尋ねた。貴方は私の事を愛せるかと。
でもザリア様は愛せないと……そう答えた。
私は幸せにならなければならない。私達の幸せは、私達だけの物ではないのだから。
ザリア様はいつか見たリコのように、俯きながら申し訳なさそうにしていた。今回の結婚の話を持ち出したのはベディヴィア家。もしかしたらその事が尾を引いているのかもしれない。でも決してザリア様に責任があるわけじゃない。切っ掛けは不幸な海難事故。誰にも罪はないのだ。
あぁ、それとも……ザリア様は私の事を薄情な女と思っているのだろうか。
婚約を決めた相手が居たのにもかかわらず、始めてあった男に愛しますなどと……なんてずる賢い女なんだと……。
「……貴方はずるいです。きっと貴方は、私の事を何て薄情で、ずる賢い娘なんだと思っているのでしょう?」
ザリア様は驚いた顔で私を見つめてくる。始めて目を合わせ、その表情が私の中に飛び込んできた。
その顔を見れば分かる。ザリア様は決して、今私が言ったような事は微塵も思ってはいない。ただお互いの事情に悲しくて……嘆いていただけだ。
ザリア様に伝えよう。私の気持ちを……この数日間、出会ってきた人から学んだ……私なりの結論を。
「私も貴方も……互いに愛する人が居ました。でも、もう無理なんです。私達の人生は私達の物だけでは無いのです」
私達は幸せにならなければならない……。
決して不幸になってはいけない。そうじゃないと……ファリスさんやリコに申し訳が立たない。
私達の人生は……私達の幸せは……決して私達だけの物ではないのだから。
途端に涙が溢れてくる。
私は幸せ者だ。出会う人出会う人、私の幸せを願ってくれる人ばかりだった。
確かに不幸だったかもしれない。婚約まで誓い合った相手がいるのに、別の男性との結婚を強制される。
でも私の周りには……素敵な人達が沢山居た。皆で私を守ってくれた。
これほどまでに……幸福な事があるだろうか。
未だかつて、私程の幸せな人間が、この世界に居ただろうか。
ザリア様は年下の小娘にこんな事を言われるなんて……と思っているかもしれない。でも真剣な表情で、確かな意志を持った目で……私を見てくれている。
今一度、私は問う。ザリア様へと……私の決意を。
「私は貴方を愛します。貴方は私を愛せますか?」
ザリア様は意を決した表情で……私と向き合い、こう答えてくれる。
「はい……愛してみせます。そして誰よりも……貴方を幸せにしてみせます」
真剣な表情。真っすぐな瞳。ファリスさんから聞いていた印象通りの男性だ。
ひたすらまっすぐに。少し天然っぽい所があるけれど、誰よりも真っすぐで……でも少し危なっかしくて……まるで剣のような人。
思わず私は顔をほころばせてしまう。
今まで緊張して強張っていたせいか、ザリア様から、私を幸せにしてくれるという言葉を聞けて……安心したからかもしれない……。
※
それからザリア様と共にベディヴィア家の御屋敷に住まう事となった。挙式の日程はお互いで話あって決めろという事。恐らくそれも、両家のせめてもの配慮だろう。時間をかけてもいいから、お互いの事を知れと言いたいに違いない。
私は早速、行動に出る事にした。アルベイン家の主な産業は鉱石の発掘。私自身、父に連れられ発掘の手伝いを“多少”したことがある。そしてその鉱石を使い様々な武具を精錬する。私はそちらの方が性にあっていたようで、精錬のお手伝いをしばしばする事があった。まあ、手伝いになっていたどうかは分からないが、一応手に豆が出来るくらいには頑張った。侍女や父に手を見られて驚かれたが。
しかしそのかいあって、私は手先が器用に。ベディヴィア家の方にお願いし、鉄細工を作る為の材料を仕入れてもらった。その材料で私は……些細なお守りを作成する。小さな剣を象り、柄の部分は花柄の彫刻を入れてみる。中々いい出来栄えだ。
「これは……?」
「お守りです。肌身離さず……持っていてくださいね。もし任務で危ない目にあっても……大丈夫なように……」
「……ありがとう。いつも持っているようにするよ」
するとザリア様は、そのお守りをネックレス風に加工し、これみよがしに首から下げてみせた。途端にお揃いの物が欲しいと思ってしまった私は、同じお守りをもう一つ作成しザリア様へと……非常にわざとらしく手渡した。
「……ん? また同じの……あぁ、成程」
「え? な、なんですか? お守りは何個あってもいいじゃないですかっ」
私の目論見通り、ザリア様はネックレス風に加工しプレゼントしてくれた。
嬉しい。これは素直に嬉しい。お互いに同じ物を持つだけで……何故か何処か繋がりを持てたような気がして……
※
それから唐突に、両家の当主から旅に出ろ、と言われた。かなり唐突に言われた為、私もザリア様も目を丸くした。
旅支度をし、王都周辺に広がる草原へと出る。小さな丘から見える王都の街並みを眺めながら、静かに吹く風が気持ちいい。
つい私は……こう思いだしてしまった。リコと一緒に馬に跨って……海を見に行った時の事を……。
馬の手綱を握るリコの背中が、予想以上に大きくて驚いた。吹き抜ける風が爽快で、それでいて暖かいリコの背中に身を預ける。
私はそんな事を思い出し……って
「えっ? ちょっ、えぇ?! きゃぁぁ!」
突然、ザリア様が私を抱きかかえ、走り出した。一体何が起きた、と混乱する私。
ザリア様は子供のように私を抱えて草原を走り、叫ぶ私を草の絨毯へと投げ捨てた。
いた……くはない。草と土のクッションが、私を優しく受け止めてくれる。
「いきなり……何をするんですか、貴方は……」
「つい……」
ザリア様は少し恥ずかしそうに一言漏らし、そのまま自身も草の上へと寝ころぶ。
私はそんなザリア様の隣へと移動し、添い寝。そのままゆっくり……勇気を振り絞ってザリア様の手を握りしめた。私の手は普通の女の子のように綺麗な手じゃない。豆が出来、指も太い。手の皮もめくれて厚くなっているし、お世辞にも綺麗とは言い難い。
でもザリア様は、そんな私の手を優しく……強く握ってくれる。
私達の旅は……始まったばかりだ。
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