第6話
「失礼いたします。お約束のドレスの着付けに参りました」
「……えっ? あ、貴方様は……」
ベディヴィア家との顔合わせ当日、いざドレスの着付けを……という時に現れた人物は、何を隠そうベディヴィア家の長男……その人と将来を誓い合った女性だった。
私と侍女は思わず固まってしまい、どうするべきかと目を合わせながら冷や汗を垂らす。でも今更何をどうする事も出来ない。話が違うと追い返す事など以ての外だ。
「では……お時間には余裕はありますが、本日は大事な日です。手早く、それでいて入念に進めていきましょう」
「ぁ、はい!」
思わず間抜けな声で返事してしまう私。不味い、体がガチガチに固まってしまっている。ある意味では、ベディヴィア家の方とお会いする事より緊張しているかもしれない。いや、間違いなくしてる。
「そんな緊張なさらずに……そういえば私の名前は存じ上げてませんでしたね。どうぞファリスとお呼びください」
「ファ、ファリス様……?」
「敬称はいりません、ファリスです」
「ファリス……さん……」
「ファリスです」
「ファリス……たん……」
「ファリスです」
そんな事を繰り返しながら自己紹介を終え、着々と準備をしていく。といっても私は椅子に座ったり立ったりを繰り返すだけだ。侍女とファリスさんが私を着せ替え人形のように、ドレスを着つけていく。
「……ぁ、もうしわけありません。化粧水の予備が不足していました……お屋敷のをお借りしてもよろしいですか?」
「はい、では持ってまいります」
ファリスさんの要請に答え、侍女は部屋から出て化粧水を取りに。
不味い。私はファリスさんと二人きりになると、冷や汗が止まらない。もしかしたら私は……この人に凄い恨まれていて、殺されてしまうんじゃ……
「……シャリア様」
「は、はい! な、なんでしょうか」
「……その様子だと、私の事も既にお調べになられているのですね……申し訳ありません。実はシャリア様のドレスの着付けを私の店でやらせて頂くように、ベディヴィア家に根回しをしたのです」
なんでそんな事を……。私の顔を一番見たくないのは貴方でしょうに……。
何故わざわざそんな……自分が辛いと分かっているのに……いや、まさか……復讐のために?
不味い、私は確実にここで……殺され……
「……正直、もし貴方が如何にも不幸顔で彼と会うのなら……説教の一つでもしようと思っていました。でもその必要はないようですね……」
「え、いや……あの……私の事を……恨んでないのですか?」
「……? 貴方こそ……彼の事を恨まないのですか? 今回の政略結婚の話を持ち出したのはベディヴィア家です。そして貴方にも将来を約束した相手が居たはずです」
何故その事を……。いや、私もファリスさんの事を父や侍女から聞いたんだ。少し調べれば分かる事なのかもしれない。あまつさえ、ベディヴィア家に仕立ての根回しを出来る程の人だ。私の調査など赤子の手を捻るより簡単な事だろう。
私は本心を……本心をこの人に語ろう。私がファリスさんに出来る事は……それくらいしか……無い。
「私は……誰も恨んでなどいません……確かに最初は、少し戸惑いましたが……」
「少し……ですか。その左腕の傷は……どうされたのですか?」
「こ、これは……その……」
聖女リュネリア様に治療してもらった傷跡。でも私は少し跡が残るようにしてもらった。この傷は戒めであり、私の決意だ。幸せになるという……私なりの……。
次の瞬間、私は何が起きたのか分からなかった。
最初に感じたのは、鼻をくすぐるいい香り……そして体を包み込む、暖かい感触……
私はファリスさんに抱きしめられていた。とても、とても優しく……
「……ファリス……さん?」
「……私も最初は戸惑いました……でもすぐに貴方の事情を知り……神を恨みました。何故神は……貴方のような純真な子の運命までも翻弄するのかと……」
途端に涙が溢れてきた。私と同じ……私と同じ気持ちの女性が……私を慰めてくれる。
まるで母親のように……母親の顔すら知らない、私の気持ちを察するように……。
気が付けば、ファリスさんも泣いていた。悲しいに決まってる。自分が将来を誓った男性を……別の女に……こんな小娘に奪われるのだから……
「……今日、こうして私が訪れたのも、貴方に会う為です。きっと貴方は私の事情を知り、戸惑っているのではないかと……」
その通りだ。私は……ファリスさんの事が気になって仕方なかった。
そのままファリスさんは私の顔、両頬を手で包み込むようにし、真っすぐに見つめてくる。
「彼の事は……貴方に託します。私は幸せ者です……貴方のような人に……好きな男性を託せるのですから……」
好きな男性を……託す……。
「あ、あの……それなら私も……少しお願いしても……いいでしょうか」
「……なんでしょう」
これは……いいのだろうか。こんな事、お願いしても困らせるだけなのでは……そもそも彼はそんな事、望んでいないかもしれない。でも……彼はどうしようも無く奥手で、誰かが手を引っ張ってあげないと……
「私の……将来を誓い合った男性……リコって言います。彼に……その、新しい女性を紹介とか……その、色々とお世話を……」
途端にファリスさんは肩を揺らして笑い出した。私の頭を撫でまわしながら、まるで小動物でも可愛がるように……。
「わかりました……。お任せください……。大丈夫です。私とて商人の端くれ……約束は守ります。特に……貴方のような方からの要請なら、答えないわけにはいきません」
「いや、あの……彼と結婚しろってわけじゃなくて……その、ちょっとお世話をというか……」
「ふふ、分かってますよ。シャリア様は本当にお優しいのですね。それが……逆に辛い事を呼び込む事もあるでしょう。でも……いつまでもその優しさを大切にしてください……。もし貴方がそれで不幸になるような事があれば……私はいつでも……ベディヴィア家の当主の首を狩りにいきます」
なんだろう……凄いデジャブだ。
微かに背筋に寒気が……。
「さあ、涙を拭いて……準備を続けましょう。貴方の幸福を……切に願います……」
「はい……私も……ファリスさんの幸福を……」
再び抱き合い、私は決意する。
私の人生は私だけの物じゃない。
ファリスさんやリコの為にも……私は絶対、絶対に……幸せになるんだ……
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