第5話

 

 「失礼します……シャリア・アルベイン様ですか?」


 「ぁ、はい……そうですが……」



 ベディヴィア家の長男との顔合わせが明日と迫ったその日、私の目の前に一人の女性が現れた。綺麗な黒髪に黒いドレスを纏ったその女性は、私とは比べ物にならない程に大人っぽくて……とても綺麗な人だった。サラスティア姫君とは、また違う美しさがある。なんというか凛とした……そう、かっこいい。背も高く、女の私が惚れてしまう程に。


 私は今、侍女と共に王都の仕立て屋へと赴いていた。明日のために注文しておいたドレスを試着し、仕上げる為だ。女性はその仕立て屋の主と言う事だった。


 女性はドレスを試着する私を観察しつつ、曲がったブローチをそっと直してくれる。そして素敵な笑顔を……


「とてもお似合いですよ。この度はご結婚……おめでとうございます」


「は、はい……ありがとうございます……」


 そのまま丁寧なお辞儀をし、去っていく女性。私と侍女も慌ててお辞儀をし女性を見送るが……。何処かその背中が……泣いているような気がしてならなかった。


 私はどうにも気になり、仕立て屋の店番の方へと尋ねる。


「あの……今のお方は、ここの……」


「はい、主にございます。どうかされましたか?」


「い、いえ……なんだか……気になって……」


「…………」


 ……? 店番の様子がおかしい。今にも泣きそうな顔をしている。先程までは笑顔で私のドレスの着付けをしてくれていたのに。


「主は……不器用と申しますか……なにとぞご容赦を……」


「……? 不器用……?」


 それっきり店番は黙ってしまう。私も侍女も首を傾げるが、それ以上の事は店番の方は教えてくれなかった。


 どうにも気になる……あの人は一体……。




 ※




 仕上げが終わり、そのまま馬車で帰宅する私と侍女。馬車の中で、私はあの女性の事が気になると侍女と話していた。それは侍女も同じのようで、屋敷に帰ったら調べてみると言ってくれる。

 私は侍女へとお礼を言いながら、馬車の窓から見える王都を眺めてみる。いつもと変わらない風景。商人や騎士が仕事を熟し、子供達が楽しそうに遊んでいる。


「シャリア様……なんだか変わりましたね」


「……? え、そう?」


「えぇ、大人の空気を纏っておられますよ」


「……うん……ごめんね、数日前までは……私怖かったよね……」


 自分の体を傷つけ、父に厭味ったらしい発言をし、その上……傷を治せと言う父に不気味な笑みを浮かべてみせた。


「そんな……シャリア様の事を想えば……私が同じ立場だったらどうなっていたか……」


「……私ね、大人っていうか……色々と気づけたと思う。その色々っていうのが……まだ良くわかってないんだろうけど、それでも……この結婚に前向きになれるような……今ならそう思えるの」


「……十分です、シャリア様。ベディヴィア家に嫁がれた後も……私はシャリア様の幸せを願っています」


「ありがとう。父の事……これからもよろしくお願いします」


 馬車の中でお互い頭を下げ合う。顔をあげ、目が合うと何だか可笑しいと笑ってしまった。


 ちょっと……照れる……




 ※




 屋敷へと帰宅し、父と明日の段取りについて話し合った。父は既にベディヴィア家の現当主と顔を合わせており、明日の事については滞りなく準備は進んでいるらしい。しかし一点……父は気になる事があると顔を顰める。


「実はな……向こうの殿方も……お前と同じ状況だったらしい」


「……? 同じ、とは……どういう事ですか?」


「心に決めた相手が……既に居たという事だ」


「え……?」


 何という事だ。向こうにも既に……そんな相手が居たなんて……。

 これは……神の悪戯なのだろうか。それにしても悪趣味すぎる……お互いに心に決めた相手が居るのに政略結婚だなんて……。


「……シャリア、お前にも本当に申し訳なかった……」


「お父様……その事はもういいのです。私も……彼も、お互いに幸せを願うと誓ったのですから。私は幸せ者です。彼と出会えて本当に……。お父様には心無い事をしてしまいましたが……」


「そうか……まあ、それでだな……」


 父は照れ臭そうに頭を掻きながら、ベディヴィア家長男の事について説明してくれる。彼には私と同じように婚約まで誓った相手が居て……もう挙式の日程まで決めていたそうだ。しかしそこに今回の話が舞い込んでしまったという。


「お前の夫となる彼は騎士だ。現在は王都直属の騎士隊……その一つを任されている。そしてその相手だが……」


 父の口から語られる話に、私は耳を疑った。

 ベディヴィア家の長男と将来を誓い合った相手……それは……つい先ほど私が出会った……あの仕立て屋の主人だった。




 ※




 父と話した後、侍女からも同じ事を聞いた。

 私はにわかには信じられなかった。あの女性が? あの人が……ドレスを着る私に、素敵な笑顔を向けてくれたあの人がそうだというの?


 彼女は当然、私がベディヴィア家に嫁ぐという事を知っているだろう。なのに何故あんな顔が出来るんだ。こんな小娘に自分が将来を誓った相手を奪われた、そう思ってもおかしくは無いのに。


「……シャリア様、どうされますか? 明日の着付けは別の方を……」


 明日……明日も今日と同じ仕立て屋の方に着付けをしてもらう事になっていた。今度はこの屋敷へと来てもらい、私はドレスを着てベディヴィア家へと赴く。


「……来るのは、あの店番の人よね……?」


「はい、そう伺っております」


「……今更、私が変な気を使っても……あの人はいい思いはしないだろうし……。大丈夫、明日の着付けはそのままお願いして」


「……わかりました」


 これも……神の悪戯なんだろうか。


 何故……こうも世間の狭さを実感させられる事になるのか。


 私はこの結婚に前向きになっていた。でも少しだけ……神様を恨んだ。


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