第4話

 

 「…………」


 「…………」



 王宮の一室で、私とリコは机を挟んで対面した。間にはサラスティア様。

 まさか王宮で彼と会う事になるとは思わなかった。ここに入ったのは幼いころ、父と一緒に訪れて以来。普段は聖女の許可なく立ち入れない場所のため、私は震えあがる程に緊張している。


 でも何より、目の前に彼がいる。私と結婚まで約束してくれた彼が。

 まさかまた会えるとは思わなかった。これだけで嬉しい。もう十分だ。サラスティア様には感謝しないと……


「シャリア……様」


 彼が私の名前を呼んだ。でも普段は“様”なんて付けられた事は無い。


「はい……」


 私は彼の顔を見る事が出来ない。うつむいたまま、彼の首の下あたりを見つめるように返事をする。


「今更……何の用ですか……。貴族である貴方が……。言っておきますが、私は全く気にしていません。貴方の事などもう忘れています。私は新しい素晴らしい女性と出会い……今幸せに……」


「そう……なのですか?」


 あぁ、よかった。彼は既に新しい女性を見つけ、幸せに向かっているのだ。

 私の冷血な女の演技も……中々捨てたものじゃない。本当によかっ……


「おい、リコ。今度下らん嘘吐くなら叩き切るぞ」


「……いっ?! いや、その……あの……なんでサラスティア姫君……いえ、サラスティア殿がここに……?」


 リコはサラスティア様に怯えている。何でもサラスティア様は騎士団長すら認める程の騎士らしい。現在は王族護衛団の団長で、私はてっきり王族の地位を利用して就いたと思っていたが、どうやら本当に実力でもぎとってしまったらしい。


「う、嘘ではありません……私は自分の幸福を模索するのに忙しいのです。なので……失礼します」


「待てコラ。そんなに私の剣の錆になりたいか」


 怯え続けるリコ。彼も優秀な騎士だが、どうやら本気でサラスティア様を恐れている。

 私はそんなリコへと、言葉を選びながら訪ねた。


「その女性は……どんな方ですか? 素敵な方なのですね」


「それはもう。平民ですが、とても美しい方です。勿論性格も良く、私は毎日彼女と会って愛を語らい……」


「それは……素晴らしい女性ですね……良かった……」


 本当に良かった。彼の前にそんな女性が現れてくれて……本当に……


「その女とは何処で出会ったんだ?」


 その時、サラスティア様がリコへと尋ねた。リコは一瞬間を置きつつ、王都の酒場で出会ったと答えた。その酒場で働く看板娘が、彼の新しい相手らしい。


「ほー。もしかして『紅い狸亭』か? あそこの娘は可愛いよなぁ」


「は、はい、そうなんです。彼女はとても可愛らしく……」


「あそこの看板娘は五十を超える人妻だがな。お前、不倫は感心しないな」


「……はっ!」


 何か気づいたように慌て始めるリコ。

 人妻……リコは年上好きだったんだ……私のような年下は最初から眼中になかったのだろうか……


「ち、チガイマス、間違えました。実は『青い子猫亭』のほうでした」


「あそこの看板娘は成人もしてないガキだぞ。ちょっと手が早すぎるんじゃないか?」


「いえいえ! また間違えました! 『白い黒豚亭』でした!」


「そこの看板娘は良い歳したオッサンだよ! いい加減、もっとまともな嘘をつけ!」


 机を叩きながら額に青筋を浮かべるサラスティア様。リコは観念したように、俯いてしまう。


「リコ……お前、既にベディヴィア家とアルベイン家の事について……調べてたんだな」


「……はい……。彼女の態度にどうしても疑問が残り……」


 俯きながらそう呟くリコ。そうか、彼は私と同じ事をしようとしたのだ。でも悉くサラスティア様に看破されてしまったが……。

 

 私は俯く彼の姿を見ながら、ゆっくり目線をあげていく。彼の口、鼻、目、髪……全て見えてきた所で、最近何度も見た夢を思い出した。

 夢の最後はいつも同じ。私は何処かに置き去りにされ、リコは軽蔑の眼差しを向けてくる。

 でも現実の……実際のリコからはそんな気配は一切ない。むしろ彼は私を突き放し、後腐れの無いように別れようとしてくれた。

 

 リコのやり方は優しい。私に比べれば……なんて優しいやり方なんだ。リコが幸せになってくれるなら、私は……


「一つ……確認したい事があります……」


 その時、リコが私とサラスティア様へとそう投げかけた。今にも泣きそうな顔だけど、目は真剣そのものだ。


「なんだ、言ってみろ」


「……政略結婚は……止めれないのですね……」


 静かに頷く私。政略結婚は止めれない。私達が結婚する事で救われる人が居る……というのは傲慢すぎるだろうか。でも結婚しなかった時の事を考えると、正直足が竦んでしまう。ベディヴィア家は没落、柱の一つを失った国は揺れ動き、その煽りで国民の中には明日が見えない生活を強いられる事になる。

 アルベイン家はなんとか持ちこたえる事は出来るだろう。でも私は……そんな状況で、きっとこう考えるに違いない。


あの時……結婚さえしていれば……



「シャリア……難しいかもしれないけど……いや、君なら出来る。僕の願いを聞いて欲しい」


 リコは真剣な眼差しで……私を見つめそう言い放ってくる。

 願い……? リコの願い……それは何?


 私はリコの目を見ながら、ゆっくり頷く。貴方の願いなら私は何でも叶えて見せる。そう言い放つように。


「幸せに……なってほしい。政略結婚だろうが何だろうが、君は幸せになってほしい」


「……リコ……」


 リコはこんな私の幸福を願ってくれる。なんて……なんてお人好し。もっと恨み言でも言ってくれた方が楽だったかもしれないのに。

 でも私は……醜い、醜い女だ。リコの気持ちが嬉しくてたまらない。


「これは君の人生だ。でも……君だけの人生じゃない。君が幸せになってくれないと、僕が救われない……。もし不幸になるような事があれば……僕は君を奪いに行く。貴族や国民がどうなろうが知ったこっちゃない」


「おう、その時は私に声かけろ。手伝うぞ」


 仮にも王族の姫君がそんな事を言っていいのか……とも思ったが、サラスティア様なら本当にやりそうで怖い。でもリコも真剣だ。私が不幸になるようなら、何を犠牲にしても私を奪いに来る。


 私は……幸せにならなければならない。

 ベディヴィア家の長男と結婚して、例えそれが政略結婚だとしても、幸せにならなければならない。


「……リコ、我々の女神に誓うわ。私は……絶対に幸せになる……なってみせる。だから……貴方にもそうなってほしい……」


 リコは安心したように微笑み、立ち上がり私へと手を差し伸べてきた。私はその手を取り、固く握手する。


「四大貴族の妻になるお方に……握手してもらえるなんて光栄だよ。貴方の幸せを……心から願っています」


「ありがとう、リコ……」


 私は……必ず幸せになる。なってみせる。

 

 私の人生は私だけの物じゃない……リコがくれたこの言葉を……胸に刻みつけよう。


 彼の……彼と私に関わる全ての人の幸せを願って……

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