第25話


 「もし、失礼します、少し訪ねたい事があるのですが……」


 「はい。どうされましたか?」



 アイゼン平原に寂しく佇む教会。

 そこで布団を干している聖女と思わしき女性の姿が。というかこの方は……片腕が無い。しかしその眼光は鋭く、私は何故か子供の頃の家庭教師を思い出してしまった。


「実は、とある商人を探していまして……顔は我々も分からないのですが、ひどく気落ちした……商人はこちらに立ち寄られてませんか?」


「商人……ですか。おや? そちらの方は……ロラン殿では?」


 聖女は私の後ろに立つロランへと声をかける。知り合いか? しかしロランは何処か……そう、怯えている。


「ど、どうも……カリス様、お久しぶりです……」


「あらあら、その度はどうもお世話になりました」


 やはり知り合いか。しかし何故ロランはそんなに……拾ってきた猫のような態度なのだ。

 

「ロラン、お知り合いだったのですか?」


「あぁ、うん……何年か前に、ここが魔人に襲われて……その時に……」


「ロランが魔人を討伐したと?」


「いや、間に合わなくて……凄い叱られた……」


 間に合わなかった?

 それで叱られるって……いや、叱られる程度で終えれる問題じゃ無いだろう。


「あの時は私も冷静では無くて……少し言い過ぎました。申し訳ありませんでした」


「と、とんでもないっス……」


 まさかとは思うが、ロランが騎士を辞めた理由は……


「ロラン、まさか貴方……この方に叱られたから騎士を辞めたんじゃ……」


「そ、ソンナワケ……ナイッスヨ」


 マジか、この男。もっと深い理由があるのかと思いきや、そんな事で……。

 いや、しかし魔人が出て叱られる程度で終わったというのも引っかかるが……。


「所で……貴方様は? どこぞの貴族の方とお見受けしますが」


「い、いえ、私はただの……その、村娘です……」


「なら……そういう事にしておきましょう」


 ぁ、なんか察された。

 まずい、この人には嘘が通じそうにない。

 こちらが嘘をついているというのに……とてもではないが、正確な情報が得られるとは思えない。


 なにより相手は聖女だ。この国の神話の女神……シェルスを信仰する者として、彼女達の前で嘘をつくなど……あってはならない。


「申し訳ありません。私は……シャリア・アルベインと申します」


「……え?!」


 一番驚いているのはロラン。

 

「アルベイン家の……成程、この度はご結婚……おめでとうございます。私はカリスと申します。どうぞお見知りおきを……」


「あ、ありがとうございます……カリス様……」


「ちょ、ちょちょちょっと待って! なんでシェリスが……シャリア・アルベイン?! ま、マジデ?!」


 ギロっとカリスさんがロランをにらみつけた。

 その途端にロランは委縮してしまう。


「何かわけありのご様子……どうぞこちらへ。大したおもてなしは出来ませんが」


「いえ、お構いなく」


 混乱するロランを無視し、私とカリスさんは教会の隣に建つ宿舎のような所へ。

 中に入ると、どこか懐かしい木の香りが。ロランは外でなぜか草をむしっている。


「あの、奴はどうしましょうか……」


「彼は放っておきましょう。彼がああなってしまったのは……私のせいでもあるのですが」


 いいながら宿舎内を進む。すると一室で勉強する子供たちの姿が見て取れた。

 教鞭を取っているのは、赤い髪の女性。とても綺麗な人だ。どこか魔術師風の雰囲気も感じるが。


「どうぞこちらへ」


 案内された一室へと入ると、そこは書斎のような場所。

 窓は開いていて、そこからは静かに風が入り込んでくる。思わず眠ってしまいそうなくらい……落ち着く場所だ。


「聖女という職をしていますと……貴族様方の話も自然と耳に入ってくるもので。先程は祝福の言葉を贈らせて頂きましたが、貴方にとっては……どうなのでしょうか」


 この人は私の事情も知っているのか。

 私が……政略結婚するという事を。

 しかし今の私は……もう前を向いている。たくさんの人たちのおかげで、私は歩いて行けるんだ。


 私はカリスさんへと、今まであった事を素直に話した。

 時間が迫っているという事も忘れて、これまでの事を懺悔するかのように。


 リコを傷つけた事、父に八つ当たりをした事、自分の身を……傷つけた事。

 サラスティア様のおかげでリコと向き合い、正式に別れを告げた。そしてファリス様との出会い。

 私を恨んでいるかと思いきや、ファリス様は私の事を想ってくれていた。

 

 そして旅に出て、ステアと出会った。その仲間、盗賊達とも。

 彼らの話を素直にすべて話してしまってもいいのか、とも思ったが、カリス様なら……騎士団に通報などしないだろう。これはただの希望に過ぎないが。


「成程、貴方は様々な経験をこの短期間に……。そして自分なりの答えを見つけ、歩み出したのですね」


「はい……」


 なんか……こんな事を話している場合ではない……というのは分かる。

 でも、話さざるを得ない。なんとなくそう思ってしまう。


「して……先程、商人を探しておられるとおっしゃっていましたが……」


「ぁ、はい……実は……」


 私はカリス様へと、三日前から行方不明になっている商人について説明する。

 その商人はマリスフォルスとの仲介市場に向かっていると思っていたが、途中の村でこちらの方に向かったと聞いたと。


「……シャリア様。アルベイン家は確か……商家でしたよね」


「はい、主にアンキルエイトを加工し、武具の精錬などを……」


「貴方の探しておられる商人に……心当たりがあります。しかし、条件を一つ……飲んで頂きたいのです。彼をアルベイン家付きの商人として認めていただきたいのです」


 ……なんだって?


 そんな事を言い出すとは思っていなかった。

 アルベイン家は腐っても貴族……十二の分家を持つ、一応大貴族だ。

 そのアルベイン家に準ずる商人として認める。それは誰もが喉から手が出るほど欲しい称号だろう。それだけあれば、ある程度の稼ぎが保証される。もう野垂れ死ぬ心配はしなくて済む。


「……一つ、よろしいでしょうか。その商人は……今この教会内に?」


「はい。あまりに憔悴しきっていた為……こちらで保護しました。話を聞いてみると、どうやら彼はそうとう追い詰められているようで……」


「だからアルベイン家の専属商人として認めろと。しかし……私は彼がどういった人間なのか知りませんし、何より信頼関係が第一です。認めろと言われて……すんなり受け入れるわけにも……」


「それは重々承知しております。何も今すぐに認めろと言っているわけではありません。とりあえず、彼の事情を少し聞いてあげて欲しいのです。商家貴族の娘であられる貴方様なら……」


 商家と言っても私は所詮箱入り娘だ。しかしその商人が問題の人物なのか……それだけでも確認しなければならないだろう。

 私はカリス様の要請を承諾し、とりあえず商人と会う事になった。

 彼がアルベイン家付きの商人になるかどうかは置いておいて、何故そこまで憔悴しきっているのか……もし彼が問題の商人ならば、この三日間の間に何があったのか、問わなくては。




 ※




 薄暗い寝室。そこに問題の商人が居た。部屋の隅で縮こまり、肩を震わせている。


「……あんた……誰?」


「……こんにちは。貴方のお店の店主から頼まれてきました。貴方はローレンスの……魚市場の商人ですね?」


 私を確認すると、顔を上げおびえた表情をあらわにする男。

 本当に一体何があったんだ。何故ここまでおびえている。


「一体、どうされたのですか? この三日間……何があったのですか」


 男は答えない。

 私は男の身なりを観察。特に怪我をしている様子もない。魔人に襲われたというわけでも無さそうだ。


 ここは……もう私自身をエサにするしかないか。


「私は……アルベイン家の長女、シャリア・アルベインです。諸事情がありまして、貴方にローレンスに戻ってきてほしいのです」


「……アルベイン……?」


 ようやく男の目に光が宿り始める。

 男は私の姿を確認するように一瞥すると、今一度確認を取ってくる。


「……本当にアルベイン? なら……分家のハルオーネ家の長男の名前は……」


「リュカ・ハルオーネ様です」


「……な、なら……アルベイン家の長男の名前は……」


「バイアル・アルベインです。現在はベインクローバーの守備隊長を務めています」


 正直、こんな質問で身分確認など意味は無いだろう。

 今の問答の内容は調べれば誰にでもわかる事。しかし彼も私しか知らない答えの質問など出来るはずも無いし、流れるような回答で信用してもらうしかない。


 そして彼は半信半疑ながらも、私の話を聞いてくれるくらいまでには納得してくれたようだ。

 私はここまで来た経緯を男へと説明する。ローレンスの魚市場の主人に頼まれ、貴方を探しに来たと。


「そう……なんだ」


「一体、何があったのですか? 何故そんなに怯えているのですか」


「……あんたが本当にアルベイン家なら……何とかしてくれるかもしれない。でももしそうじゃないなら、聞かない方がいい……」


 ええい、まだ信じてないのか、この男。

 仕方ない。もう強引にでも……


「その方は間違いなくアルベイン家のお嬢様ですよ。私は以前、お屋敷に出向きお会いしたことがありますから」


 その時、聞き覚えのある声が。

 振り向くと、そこには王都に居るはずの聖女が。


「リュネリア様……! 何故ここに……」


「お久しぶりです。この教会は私が育った場所でもあるので……たまに暇を見つけては訪れているんです。それで……大方の事情は外にいらっしゃった方に聞きました。私にも何か出来る事があればお手伝いさせてください」

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