花の騎士 シャリア・ベディヴィア

Lika

第1話

 

 「シャリア、すまん……」


 「一体……何の冗談ですか……それは……」



 突然の父から話があると伺ってみれば、その口から出てきた言葉に呆然とする。

 今何と言った、何が、一体何が起きている。


「お前に意中の相手がいる事は前々から気づいていた。だが……すまない、その男とは……別れてくれ……」


「何故……ですか。彼が貴族では無いからですか?! 彼は誠実で……王都直属の騎士です! 父上も彼と一度会って頂ければ……!」


「そういう問題ではないのだ……シャリア」


 気が付けば息が激しく乱れていた。必死に父へと抗議する私の頬を涙が伝う。分かっている、私は本心では分かっている。父はまるで腸が煮えくり返ったような、それでいて悲しそうな表情で私と向き合っている。


 父の顔を見れば分かる。もう、この話が覆る事は無い。

 もう……決まってしまった事なんだと。


 

 

 ※




 父からの話によれば、私が嫁ぐ先はベディヴィア家……この国で四大貴族と呼ばれる家柄だ。長年王族に仕え、この国を支えてきたと言っても過言ではない誰もが知る貴族。

 何故私がそんな有名貴族に嫁がなければならないのか。ベディヴィア家は、この国が出来た当初から王族に仕え、何人もの優秀な騎士を輩出してきた。今代のベディヴィア家の長男……つまりは私と政略結婚する男性も、王都直属の騎士……それも騎士団長直下の隊長だという。


 話だけ聞いていれば輝かしい経歴を持つ貴族。でも当然ながら敵も多い。それは国内外問わず。

 私の家……アルベイン家とベディヴィア家にも因縁があり、今、その問題が取り沙汰されてしまった。

 切っ掛けは数日前に起きた海難事故。その事故でベディヴィア家は多大なる損失を被り、下手をすれば没落の危機だという。ベディヴィア家は『ローレンス』という商業の街を仕切っているが、その海難事故の損失を埋め合わせる為には、街の利権を他の貴族へ売り渡さねばならない。しかしそんな事をすれば貴族としての立場が危ぶまれる。

 街の利権を売らねば食べていけない。でも売ってしまえば貴族として存続できなくなる。普通に考えれば誰でも前者を選ぶだろう。でもベディヴィア家は四大貴族とも呼ばれる、国にとって重要な柱の一つ。もし没落するような事になれば国を揺るがす事態になりかねない。


 ならばどうすべきかと悩んだ末、ここでアルベイン家との因縁が持ち出されてしまった。それはアルベイン家の主な収入源である、特殊な鉱石が関係している。その鉱石の採掘権は現在、アルベイン家とその分家に割り振られているが、かつてはベディヴィア家がその採掘権を独占していた。


 因縁とはつまり、その採掘権が深く関わっている。過去にもベディヴィア家は没落の危機にされされた事があり、その時のアルベイン家の当主、つまりは私の御爺様はローレンスの守備隊長を務めていた。その守備隊にはベディヴィア家傘下の騎士も多く所属しており、もしベディヴィア家が没落するような事になれば彼らも只ではすまない。貴族という地位を剥奪されれば守備隊を外され、最悪騎士の称号を剥奪される。


 御爺様はそれを防ぐ為、ローレンス守備隊長の権利をベディヴィア家へと売った。その甲斐あってベディヴィア家はローレンスの利権を握り、没落の危機を脱したのだ。そして御爺様は守備隊長の権利を売る代わりに鉱石の採掘権を得たが、まだ当時その鉱石にそこまでの価値は無かった。だがアルベイン家とその分家が食べていくには十分だった為、全て丸く解決したと思われた。


 しかし十五年前に起きた大戦で、鉱石の価値は跳ね上がった。主に武具を精錬するのに必要だった為だ。大戦が終わった後も、危機感を刺激された人々はよりよい武具を求め、鉱石の価値も上がり続ける一方だった。そのおかげでアルベイン家は大きく繁栄を遂げたわけだが、ベディヴィア家にとってはそこまで面白い話ではない。表立った話では無いが、幾度となくベディヴィア家から採掘権の一部を譲渡するよう打診が来ていたらしい。だが御爺様はその要請に答える事は無かった。アルベイン家はもはや十三の分家を持つ大貴族へと発展してしまった。採掘権の一部を失えば、今度はこちらが食べていけなくなる。


 そして今再びベディヴィア家は没落の危機にあるわけだが、彼らが要求してきているのが、その採掘権の一部。しかしそれを渡してしまえばアルベイン家と分家は生きていけなくなる。だが渡さねばベディヴィア家は没落し、国の財政その物を揺るがす事態になる。そうなればアルベイン家もどうなるか分からない。

 

 渡せば食べていけない。渡さねば国を揺るがす。

 一体どうすればいいと悩みに悩んだ結果、出た結論が……政略結婚。


 私とベディヴィア家の長男が結ばれれば、アルベイン家はベディヴィア家傘下の貴族となる。正直アルベイン家にとっては、そこまで美味しい話ではない。採掘権さえあれば、国が揺れたとて何とか持ちこたえる事も出来るだろう。でもお父様は……正義感の強い性格。国が揺れれば多くの人が路頭に迷う。


 でも一方で、結婚を誓い合った相手がいる娘を政略結婚へと差し出す。

 父は……悩みに悩んだに違いない。


 私達と民。どちらかを選べと言われたら……


 選択の余地は……無い。


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