第28話

 

 「ロラン! 貴方はシーラ様の実家へ!」


 「分かった!」


 

 急ぎローレンスへと戻った時、既に日は傾き始めていた。

 私とレッジは魚市へと駆け込み、店主を見つけると店の奥へと引きずり込む。


「ぁ、レッジ! お前やっと戻って……」


「答えて! 闇市を取り仕切っている貴族は?!」


 私は店主を壁へと押し付けながら尋問する。

 女の私でも、遊びのような物とは言えあの兄から剣の指南を多少受けていたのだ。如何にもひ弱そうな店主の首を押さえつける事は簡単だった。


「な、なにを……一体……」


「早く! 答えないと騎士団に通報するわよ! そうなれば貴方は終わりよ!」


 店主は物腰の柔らかい表情から一変し、まるで悪魔の形相でレッジを睨みつける。


「レッジ……お前……これがどういう事か、わかっているのか?!」


「……分かってるから……全部話した。あんたは命の恩人だ! だから……頼む! 全部正直に話してくれ! アンキルエイトを買い占めても、アルベイン家に貢献なんて出来ないんだよ!」


 私は馬で移動しながら、レッジへと事の詳細を話した。アルベイン家が供給できる量などの情報は普段は絶対に口外しないが、状況が状況だけに仕方ない。

 

 だがレッジは全てを信じ、理解してくれた。アンキルエイトの供給量は、普段扱わない者が買い占めても増やしたりはしないと。


「まだ信じられませんか? 私がシャリア・アルベインだと言っても?」


「なっ……貴方が?! そんな馬鹿な……」


「どちらにせよ……私は実家の商業が妨害されてるも同然の状況なんです、このままでは貴方を告発する以外に手はありません!」


 そこまで言って店主の体から力が抜けていく。

 そのまま観念したかのように、その貴族の名を口にした。


「ハルオーネ家……」


 やっぱり……。


「闇市の主催者は……女ですか? 男ですか?」


「男だ、背の高い男……普段は仮面を被ってて顔は分からない……」


 背の高い男……まさかリュカ様と一緒にいた執事……ルーカスさん?

 いや、それだけで決めつけるのは早計だ。

 

「シーラという女の子を知ってますね、彼女を攫う計画は?! 何か知ってますか?!」


「し、知らない、ただ攫うだけとしか……」


 私はそこまで聞いて、店主から離れる。

 店主は力なく壁にすり寄りながら崩れた。


「……闇市で……アンキルエイトと一緒に奴隷を買いましたね。その奴隷は? 何処ですか」


「……数日前に奴隷商へ引き渡した。どこかは……もう分からない」


 やっぱり……もう遅かった。

 奴隷商に引き渡されてはもう……


「……だが奴隷商は……まだこの街に居る筈だ。シーラという子を引き取るために……」


「……! その奴隷商とは誰ですか?! 風貌は?!」


 店主は懐へと手を入れ、思わず私は身構える。

 だが店主が出したのは一枚のコイン。


「それはウェルセンツの貨幣だ。それを……露店通りの路地裏にある宿屋の主人に渡せば……奴隷商が現れる」


 宿屋の主人? まさか、その主人も仲間なのか。

 奴隷の売買に関わっている者がどんどん浮き彫りに……


「もう、おしまいだ……もういっそ殺してくれ……」


「ええ、貴方には死んでもらいます。ただし世間的に、です。貴方を助けるという条件でレッジとは取引をしました。彼に感謝こそすれ……恨むのはお門違いですよ。奴隷の売買に手を染めた事が露見すれば……この国では極刑なんですから」


「世間的に……? 行方をくらますだけでは追手が……」


「そのあたりは心配ありません。こちらで全て手配ずみです。でもその前に……貴方に頼みたい事があります。このコインで……奴隷商を呼び出してください」


 私は店主へと伝える。どうやって世間的に抹消し、死んだ事にするのかを。

 そしてレッジには、騎士隊の詰め所へと赴くよう頼んだ。


 


 ※




 私はロランと合流し、シーラ様の安否を確かめる。

 ロランによると家には帰っておらず、護衛だけが戻ってきてシーラ様が行方不明だという。


 遅かった。嫌な予感ばかりが的中してしまう。


「シャリア、頼む……シーラは何処にいる? 何か心当たりは無いのか?!」


 ロランに詰め寄られ、私は必死に頭を回した。

 だがローレンスの事情に私は明るくない。むしろロランの方が詳しそうなものだが……


「むむ、シャリア! いままでどこに行ってたんだ。私は少し寂しかったんだぞっ」


 その時、リュカ様が私の元へと駆け寄ってきた。一緒にルーカスさんも居る。

 

 ……もしルーカスさんが闇市を取り仕切っているなら……

 いや、待て、早計だ、早計であってほしい。でも実際にハルオーネ家は関わっているんだ。


「……リュカ様をお願い、ロラン。私はルーカスさんに聞きたい事があります」


「……わかった」


 ロランへと小声で言いつつ、私はルーカスさんへと近づく。

 普段とは違う私の雰囲気に、リュカ様は首を傾げた。


「シャリア? どうした、何かあったのか? 叔父様に相談するといいんだぞ」


「坊主! 肉食わせてやるから来い! 行くぞ!」


 ロランは半ば……いや、かなり強引にリュカ様を担いで走り去った。

 当然ルーカスさんは突然の出来事に慌て、ロランの後を追おうとするが……


 私は半分、違っていてほしい、そう願いながら……その一言を発した。


「闇市で……奴隷を売りましたね」


 どこに耳があるか分からない。

 だから私は出来るだけ暗い声で……ルーカスさんの背中へと投げかけた。


「……はて、今なんと?」


 そう惚けるルーカスさん。

 しかしその表情は笑ってはいない。


「……何故ですか。ハルオーネ家は……リュカ様が居るじゃないですか。何故……」


 私はルーカスさんへと、思わず泣き声をあげる子供のように……そう言い放った。

 確かに私の御爺様は許されない事をした。だが今回の事が露見してしまえば、アルベイン家はもとより、ハルオーネ家も終わる。


「……何か勘違いしておられる。シャリア様」


「何をですか。お願いします、真実を……語ってください。ハルオーネ家は……その当主は、アルベインを恨んでいるのでしょう? だから奴隷の売買に手を染めて……」


「当主は誰も恨んでなどいません。恨んでいるのは……その人生に同情した哀れな老人、ただ一人です」


 ……まさか……


「ルーカスさんが……一人で?」


「えぇ。闇市を主催し、アルベインを陥れようとしているのは……ハルオーネ家ではなく、この私です」


 そんなの……どちらでも同じじゃないか。


「シャリア様、貴方の人生にも同情します。ですから全て私にお任せを。今回の婚礼は……必ずや破談にさせてやりますとも」


「……一体、何を……」


 そこまで聞いて私は、一瞬ザリアの顔が脳裏に浮かぶ。


「シーラ様を買うのは……ベディヴィア家?」


「流石シャリア様……すでにそこまで掴んでおられましたか。心配せずとも、彼女は無傷でお帰り頂きます。奴隷としてベディヴィア家へと赴いた後にですが」


 何故……? アルベインを陥れるなら分かる。何故そこでベディヴィア家が出てくる。

 

「どうして……」


「ベディヴィアが奴隷を買ったとなれば……貴方様は開放されるでしょう。今回、海難事故を起こし、政略結婚の話を持ち出したのは彼らだ。あまりに身勝手が過ぎる」


「待ってください……ベディヴィア家が没落すれば、この国は……!」


「多少、揺れるでしょう。しかしそれが何だというのです。不当な婚約に晒される女性を救う事が出来る。安い代償ではありませんか」


 安い?

 私とザリアは、それを防ぐ為に……。


「あ、貴方は……私達の決意が分からないのですか?!」


「決意……ですか。一体どんな決意をされたのですか?」


「ですから! この国が揺れれば多くの人が路頭に迷います! それを防ぐために……」


「くだらない! 全くもってくだらない!」


 その恫喝に、私は思わず背筋を震わせ膝から力が抜けそうになる。

 そこにはリュカ様を暖かく見守っていた執事の面影はない。


「貴方様は……そんな理由で人生を共にする伴侶を選ぶと? なら問いましょう、それはいささか傲慢がすぎるとは思いませんか」


 傲慢……?


「綺麗ごとで己を納得させようとしている。大衆のためと、くだらない正義感で。貴方様は国王にでもなったおつもりか? 貴方様もザリア殿も、この国の民に他なりませぬ。その民が民を救うと? それは国民を見下していると同義ですぞ」


 見下している……?

 違う、それは違う……私は……


「貴方方が政略結婚する事で、確かに救われる者は居ましょう。ですがその者らの心中を考えた事はありますか? たった十七の小娘の人生を理不尽に狂わせてでも、救われたいと思う者がどれほどいるのか。さぞ彼らは屈辱的でしょう。自分達は小娘の人生の上で生かされていると」


 小娘……確かにそうだ。

 私は……所詮箱入り娘だ。何も知らない……小娘だ。

 

「……シャリア様、貴方は好きな相手と駆け落ちなさるといい。ベディヴィアも、アルベインも……もうじき終わる。全て計画通りに進んでいます。貴方は貴方の幸せを考えるべきなのです」


 私の幸せ。

 駆け落ちすれば……私は幸せになるのか?

 違う、それは……違う。


「シャリア様、どうか……この老いぼれに全てお任せください。では……最後の仕上げをしてまいります」


「……待ってください、私は……ザリアと結婚します……」


 ルーカスさんが去ろうとした時、私はそう言い放った。

 不満そうな顔で……聞き分けのない子供を見るような目で私を見てくる。


「シャリア様。分かって頂けませんか。今は分かって頂けなくとも構いません。しかしいつか……」


「駄目……なんです。確かにルーカスさんの言っている事は……的を得ているかもしれません。でもそれだと……私は駄目なんです……」


「……駄目、とは?」


 私は素直な気持ちを口にする。

 弱音を全て吐き出すように……


「私は……好きな男性と駆け落ちしても、きっと……ザリアと結婚しなかったことを後悔します……。あの時結婚していれば……と思うでしょう。私は弱い人間です。ルーカスさんの言う通りです、私は……綺麗ごとで自分を納得させているだけなのかもしれません……」


 ルーカスさんは何も答えない。

 ただ、私の言葉に耳を傾けている。


 痛い、胸が痛い。

 心臓が張り裂けそうだ。


「この数日間……本当に色々な出会いがありました。その中で様々な事を……思いました。自分の無知を呪ったり、無力さを思い知ったり……その中で気づきました。私の人生は……決して私だけのものではないと……」


「……それは単なる逃げではありませんか? 他人に責任を擦り付け、そのせいで現状があると……逃避しているようにも聞こえます」


「いいえ。私は今まで様々な人と出会い、様々な体験をしてきました。その中で思ったんです。確かに都合のいい言葉に聞こえるかもしれません。言い訳に聞こえるかもしれません。でも……私は出会いました。私の幸せを切に願ってくれる方々を。私が幸せになる事で、救われると言ってくれた方々を……」


 ルーカスさんは、さぞかし私の事を能天気な娘だと思っているだろう。

 なんて馬鹿な世間知らずな箱入り娘だと思っているだろう。


「もはや……シャリア様に私の言葉は届かないようです。ならば私は私のやり方で、貴方を開放しその目を覚まさせてご覧にいれましょう」


 その時、ローレンスに日没を知らせる鐘が鳴り響いた。

 シーラ様との勝負、その約束の時間。


「ルーカスさん……もう今頃、奴隷商は騎士に捕縛されています。魚市の主人は全てを認め……騎士の手で処刑されました」


「…………」


 ルーカスさんは何も言わない。

 もはやここまでだ。逃げる事も、言い逃れする事も出来ない。


 途端に私の目からは涙が溢れてくる。

 ルーカスさんが捕まってしまえば……極刑は確実だろう。そうなればリュカ様はどうなる? 身近な人間が大罪を犯し、処刑されると知れば……


「シャリア様」


 ルーカスさんは残念だ、と零しながら懐から小瓶を取り出した。

 中身は赤黒い液体……まさか……。


「せめて……貴方の幸せを……」


「駄目……!」


 その液体を飲み干そうとするルーカスさん。

 私は咄嗟に小瓶を奪い取ろうとするが、なにせ身長差が激しい。私の手は……届かない。


「ルーカス!」


 リュカ様の声。ルーカスさんは動きが止まる。

 その時、私はルーカスさんから小瓶を奪い取り、そのまま地面へとたたきつけた。小瓶は割れ、地面へと毒物だと思われる液体が散る。


「何をシャリアの前で一人だけ飲食しておるのだ! ちゃんとシャリアにも分けてあげないと!」


 そんなリュカ様の両手には、串にこれでもかと刺さった大盛の肉。

 

「おい、ルーカス。黙ってないでちゃんと答え……」


 ルーカスさんへと近づくリュカ様。その瞬間、ルーカスさんの膝から力が抜ける。

 その表情は泣いているのか……笑っているのか分からない。


「……リュカ様、申し訳ありません……。ルーカスは本日でハルオーネ家へ御仕えする事は出来なくなりました」


「……あ? 何言って……」


「シャリア様……どうかリュカ様の事を……」


「……分かっています」


 事態を把握していないリュカ様は首を傾げるばかり。

 それからしばらくして、ザリアと騎士達が駆けつけてくる。

 既に奴隷商は捕らえられ、その証言も取れたそうだ。黒幕はハルオーネ家の執事だと。


 騎士の一人がルーカスさんの手へ枷をはめようとした時、ザリアはそれを制止した。リュカ様の目の前で……それは残酷だ。


「シャリア、リュカ様を……」


「はい……」


 リュカ様は賢い。目の前で枷などしなくても、騎士が来た時点でルーカスさんが何かしらの罪を犯した事は分かってしまった筈だ。私はそっとリュカ様の肩を抱き、その場を離れた。


 リュカ様は震える肩で……何も言わず私の手を握り締めた。


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