第27話

 

 「所で……あの草をむしってる方、本当に元王都直属騎士なのですか?」


 「……なんかすみません……」


 

 私はロランについての説明をリュネリア様へと。

 ロランが王都直属騎士だったのはザリアに確認済みだ。そして王族護衛団として認められる素質も理由も、一応は揃っている筈だ。


「彼はロラン・ゼスラス。ローレンスの三大商家の一つ、ゼスラス家の嫡男です。それに加えて、彼はザリア・ベディヴィア……この国を支える四代貴族の騎士に推薦された男です。王族護衛団として認められても不思議ではないはず……です」


 なんだか自分で言ってて、本当か? と思えてくる。

 ロランが王都直属だったことは間違いないのに、その態度や言葉の端々から感じられる印象は……ただの軽い男だ。ザリアとは天と地ほどの差があると私は思っている。


 しかしまずはロランを王都直属として認めてもらえなければ始まらない。

 出来るだけ高く、多少色を付けてもリュネリア様に売り込まねば……


「分かりました。彼を王族護衛団として認めましょう。今は私の一存ですが……護衛団の隊長にも打診しておきます」


「……え?」


 そんな……そんなアッサリ?

 いや、もっと考えて欲しい! あんな男を本当に護衛団なんかにしていいのか!


「……シャリア様、それでは私は一度王都へ戻ります。くれぐれも無茶はされないように……先程の私の言葉を忘れないでくださいね」


「は、はい……勿論です。私の人生は……もう私だけのものではありません」


 その言葉に満足してくれたのか、リュネリア様は最後に優しく……そして悲し気な笑顔を向けて去っていく。

 さて、ここからだ。まずは外で草むしりしている男を……


「ロラン! いつまで草むしってるんですか! こちらへ来てください!」


「ぁ、しゃ、シャリア様……」


 まるで怯えた子猫のような態度のロラン。

 本当にこんなのが護衛団でいいのだろうか。いいはずが無い。でももう賽は投げられた。


 ロランは窓から顔を覗かせつつ、レッジと私を交互に見る。

 そして一体どんな状況なんだ、と言いたげな表情を。


「ロラン、もっとシャキッとしてください。貴方はリュネリア様に認められた王族護衛団なのですよ」


「……は? いやいや、何言って……」


「冗談だと思いますか? 私の目を見て下さい」


 ロランは言われた通り私の目を見つめる。

 そしてだんだんと青ざめていく。


「ちょ、うそでしょ?! なんで?! ど、どういう事?!」


「今から説明します。実は……」


 私はロランへと事の経緯を説明する。レッジの店の主人が犯した罪、そしてレッジを救うため、ロランを護衛団にして店主を殺した、という事にする作戦まで。


「いやいやいやいやいや! 無理があるでしょ! 護衛団が奴隷商を斬るってどんな状況よ! 彼らいつも王宮に居るじゃん!」


「そんな事分かってますよ。多少強引でもいいんです。周りが納得できる材料さえ揃っていれば」


「いやいや、っていうか……なんでそこまで彼を助けようとするの? こう言っちゃなんだけど……彼の店主に至っては自業自得でしょ」


 そんな事は……分かっている。

 でも本当に何故だろう。私とザリアの婚礼が関わっているから?

 いや、それもあるが……私はステアと出会ってしまった。もう彼女のような惨劇は……見逃してはならない。


「ロラン、これは私の我儘です。笑って頂いても構いません。私は……奴隷と呼ばれる人を全て救いたい。勿論そんな事、夢物語ってわかってます。明らかに手に余る行為です。それでも……彼を救う事は、その第一歩になりえるんです。どうか協力してください」


「そりゃ……俺だって奴隷制なんて……許せないけども……」


 ザリアは言っていた。この国が奴隷制を嫌う、一番の理由は女神シェルスの物語が発端だと。

 かつてシスタリアはレインセルという国だった。その国の姫君だったシェルスは、約一年間……奴隷として過ごした。様々な理由から彼女を助ける事が出来なかったかつての騎士は、騎士を名乗る事すら、人間として過ごす事すらおこがましいと感じていたらしい。

 

 その物語の一端に、こんな騎士のセリフがある。


『私は惨めに死にたい。あの姫君が味わった屈辱と恐怖を、どうかこの身に。しかしそれを望む事すら我々には許されない。どうか、どうか、私達に神の鉄槌を』


 この国住む者なら、誰もが知る女神シェルスの神話。

 しかも最後は……シェルスは隣国、グランドレアで処刑される。まさに救いようのない物語。


 でもシェルスは希望を残してくれた。

 その希望が芽吹き、今現在……シスタリアという国が存在する。

 それが拍車をかけて騎士達を奮起させるのだろう。同じ過ちは繰り返してはならないと。


 ロランは私の思いを……少しはくみ取ってくれただろうか。

 もしここでロランがどうしても断るようなら……私も覚悟せねばならない。

 身勝手な嘘でリュネリア様に惑わせたのだ。最悪……この首は胴から離れる事も……。


「……俺さ、この教会から魔人が現れたって報せを受けた時……呑気に酒飲んでたんだ」


 それは後悔だろうか。

 ロランはまるで懺悔をするかのように……そう語り始めた。


「それで急いで馬を走らせたけど……俺の乗馬ってあれじゃん……到着した時には、聖女の一人は片腕を無くして……その教え子の中にはリュネリア様も居たんだ……」


「……! そ、そうだったのですか?」


「うん……。俺があの時……真面目に乗馬の練習して、酒なんか飲んでなかったら……野良の魔人程度一瞬だったのに……。リュネリア様は俺のせいで、人生を狂わせられたんだ」


 ロランは俯きながら、その後悔を口にする。

 私も後悔していた。彼は、ロランは決して……軽いだけの男じゃない。

 彼も背負っているのだ。その重みは私には分からないが。


「全部俺のせいなんだ。だからもう騎士を辞めて……酒もやめて……責任を取ってる気でいたんだ」


「……責任の取り方は人それぞれです。決してロランの選択は間違いではありません。申し訳ありません……貴方の事情も知らずに……勝手に護衛団などと……」


「いや……ありがとう……ございます、シャリア様」


「様なんてつけなくていいですよ。シャリアで……」


「うん……ありがとう……護衛団の件だけど、俺なんかでよかったら……手伝わせてくれ、シャリアの……奴隷を救いたいって言う願いを。偽善だとか夢物語だとか人は言うかもしれないけど、俺は……」


 全てを語らなくても、ロランの気持ちは痛いほどに伝わってくる。

 後悔なんて誰しもが味わう感情だ。そして後悔は何も生まない。さらに後悔が襲ってくるだけだ。

 肝心なのは……行動? なんだろう、良く分からない。でも私は進む事を選ぶ。


「……で、どうするの?」


 ロランは自分をさらけ出してくれた。今度は私の番……と言いたい所だが時間が無い。

 今度ゆっくりロランに、私も懺悔しよう。ちょっと自分に対する愚痴っぽくなってしまうかもしれないけれど。


「まずはレッジ……彼と一緒にローレンスへ戻ります。そして店主を抑えて……」


「いや、それもだけど……シャリア、肝心なこと忘れてない? シーラとの勝負……」


「あ……」


 しまった、完全に失念してた。しかし今はそれどころでは……


「シーラ……?」


 その時、レッジが我らがシーラたんの名を口にする。

 もしかして知っているのだろうか。まあ、知っていても不思議ではない。シーラたんは神童とまで言われる商家の娘だ。


「レッジ、ご存じなのですか? シーラたん……いえ、シーラお嬢様の事……」


「いや、その……」


 レッジの歯切りが悪い。元々顔色は悪かったが、何故かシーラ様の名前が出た事でさらに悪くなった。


「レッジ?」


「……俺、助かるのかな……あんたらの……言う通りにしてれば……」


「一体……どうしたんですか。何か……気がかりな事でも?」


 レッジは下唇を噛みながら、意を決した表情で私の顔を見てくる。

 その表情は初めて見る物だ。先程まで絶望感に苛まれていたレッジが初めて見せる、勇気と決意の表情。この顔は見た事がある。私を愛すると言ってくれた、ザリアも……


「闇市を取り仕切ってる奴と……うちの店主が話してるのを立ち聞きしたんだ。その会話の中に……シーラって子の名前が出てきた……」


 私とロランは顔を見合わせ、そのままレッジの話に耳を傾ける。


「どんな……内容だったのですか?」


「なんでも……シーラって子を奴隷にしたいって言ってる貴族が居るらしくて……近々攫うみたいな……」


「なんですって……」


 ロランも私も空いた口が塞がらない。

 シーラ様を奴隷にしたい? 誰だ、そんなフザけた事を言い出す貴族は。


「その貴族の名前は? 聞きましたか?」


「いや、そこまでは……でもウチの店主なら知ってるかも……闇市の主催者はいつも顔を隠してるけど、店主とは結構気さくに話してたっていうか……」


 シーラ様が奴隷として……売られる?

 いや、待て……そういえば……


「レッジの店主はアンキルエイトを闇市で仕入れたと言ってましたね。量的には……どの程度ですか?」


「えっと……このくらいの樽に一杯……」


 それだけの量のアンキルエイト……一体どこから?

 決まってる、闇市を取り仕切っているのは……アルベイン家の傘下の貴族。


 そうか、ローレンスでアルベイン家が影響力を持っているという話に、私はどうしても違和感を拭いきれなかった。アルベイン家が扱うのは武具の原料だ。それを加工し、売りさばくのはまた別の職人や商人。そしてローレンスで並ぶのは、精錬された武器や鎧、そして装飾の類。当然ながら、販売元はアルベイン家ではなく、それを扱う商人達だ。


 アンキルエイトの価値は確かに高騰している。でもその要因は決してアンキルエイトという鉱石によるものじゃない。それを加工し、武具を精錬する職人達の腕にかかっている。

 いくらローレンスでそれらが売れたとしても、アルベイン家があの街に影響力を及ぼす程に名は通らない。ローレンスで武具を購入するのは主に冒険者や傭兵。彼らは武具の原料を採掘する貴族の名など気にも留めないだろう。ローレンスに影響力を及ぼすというのは、よりよい商品を作り出す職人達、そしてそれらを売る商人。


 だが実際にアンキルエイトの買い占めという現象が起きている。普段それを扱う筈の無い魚市の主人まで。

 私とザリアの婚礼に一枚噛みたい、それは分かる。だがよくよく考えればおかしな話だ。アンキルエイトを普段扱わない者が買い占めても、それは逆に職人達にアンキルエイトが行き渡らないという結果を招きかねない。そんな事をしても迷惑なだけだ。私達は決まった量の鉱石しか提供出来ないのだから。


 ならば何故、そんな買い占めという現象が発生したのか。

 誰かが嘘の情報を吹聴し、ローレンスに浸透させたのだろう。大方、アンキルエイトの供給量が増えればアルベイン家は繁盛する。それを後押ししたという証明……つまりは大量のアンキルエイトがあれば、アルベイン家は感謝の意を示すとかなんとか……。


 だが実際、アルベイン家、そして分家の貴族も定期的に決まった量のアンキルエイトしか採掘しない。過度の供給は需要を下げるし、何より他の鉱石を採掘している貴族達と喧嘩になる。もしそれが切っ掛けで孤立でもしてしまえば……ローレンスをはじめとした売り場でアンキルエイト製の商品が出せなくなる。私達の世界では信頼を失えばおしまいだ。


 つまり、そんな大量のアンキルエイトを仕入れる事が出来、かつローレンスにありもしない噂話を浸透させる事の出来る人物。さらにはアルベイン家の信頼を落として得をする……分家と言えば……


「まさか……ハルオーネ家?」


「どうしたの? シャリア……なに考え込んで……」


 ハルオーネ家……確かに当主である女性とおじい様が酔った勢いで子供を作ってしまった事は事実。それを恨んでいる? 

 でもアルベイン家の分家としての地位と財を与えて、その遺恨は……


「なくなるわけない……いくらお金を積まれたからって……もし心に決めた人が既にいたら……」


「ん? シャリア?」


 そう、私とザリアのように……もしそんな人が居たら……その恨みは消える筈もない。

 まさか闇市を取り仕切っているのは、ハルオーネ家の当主? その当主がシーラ様を奴隷として売ろうとしている。もしその事が当主自身から語られれば……アルベイン家は終わる。分家が犯した罪に、無関係だと釈明しても……ただでさえルーネス家が奴隷を買っていたという事実があるんだ。関連を疑われても仕方のない状況。


 ここまで来ると、ルーネス家に奴隷を……ステアを売ったのもハルオーネ家だとしたら……全て計画的に事が進んでいる。ステアの家族達に意図的に情報を流し、奴隷の存在もおおやけにさせて……


 そして……シーラ様を奴隷として売る先、それがもしアルベイン家そのものだとしたら……その絶好のタイミングは……


「シーラ様が危ない……」


「え? シャリア、それって……」


「ロラン! 急いでローレンスに戻りますよ! 今シーラ様は私との勝負のために……ローレンスで一人、商人と掛け合っている筈です! 狙うには……絶好のタイミングです!」


「……シーラ!」


 ロランは再び窓から離れ馬の元へと走る。

 だがロランの乗馬の腕ではダメだ。


「レッジ、貴方、乗馬は?!」


「え、人並みには……」


「なら馬に乗って私に付いてきてください! ロラン! 貴方は私の馬に乗って!」


 シーラ様を奴隷としてアルベイン家が買った。

 それを告発する絶好のタイミング。


 アルベイン家とベディヴィア家の婚礼。

 つまりは私とザリアがローレンスを訪れる、まさにこのタイミング。


 ハルオーネ家の当主は……私にシーラ様を奴隷として売るつもりなんだ。





 

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