第19話

 

 「実は綺麗な景色を見ようと旅を……」


 「そうなのか! じゃあ私が知ってそうな人を紹介しよう!」



 静かな風が吹く草原に、ポツンと馬車が一台停まっている。リュカ様がここまで乗ってきた馬車だ。今私達はその中で旅の目的をリュカ様へと伝えていた。尤も、目的と言ってもただ私が思いつきで言っただけなんだが。


「リュカ様は顔が広いのですね」


 ザリアはリュカ様を褒め称え、リュカ様はそんなザリアに照れ隠ししつつ笑みを零す。

 リュカ様はこれまで誰にでも尊大な態度を取ってきたが、ここにきてザリアに対しては謙虚になってしまった。私は大きな態度で元気のいいリュカ様が可愛くて好きだったのに。しかしリュカ様も何か学ぶ物があったのかもしれない。


「ところでリュカ様、どなたか紹介して下さると仰いましたが、その方はどのような……」


 私はリュカ様へと誰を紹介してくれるのかと尋ねる。リュカ様は私が問いを飛ばすと腕を組み、いつもの可愛いくて元気のいい態度で答えてくれる。


「うむ! その人はローレンスで暮らしているグランドレアの貴族の人なんだぞ! とても綺麗な人で……特に花には詳しいんだぞ」


 心なしか、リュカ様の顔が赤くなっている。その方は女性か。そしてリュカ様が赤面する程に美しい人なのだろう。どことなく嫉妬してしまう。私の事が好きだったんじゃないのか、リュカ様。


 そしてザリアはグランドレアと聞いて首を傾げる。何故グランドレアの貴族が、シスタリアの都市であるローレンスに住んでいるのかと疑問に思っているのだろう。


「リュカ様、一つよろしいでしょうか」


「うむぅ、なんですかザリア殿」


「その方はグランドレアの貴族と言う事ですが……何故ローレンスに居住しているのか理由を尋ねた事はありますか?」


「勿論ありますぞ。なんでも……グランドレアでやらかしちゃったから、住みにくくなっちゃったそうで」


 やらかしたって……何をだ。もしかして犯罪か何かを……。

 いや、しかしグランドレアとシスタリアは同盟を組んでいる。犯罪を犯した者が国外に逃亡したと思われたら、すぐさまその報せは来るはずだ。そしてローレンスには当然騎士隊も居るし、他国から逃げてきた犯罪者が王都から比較的近い都市に住まうなど愚の骨頂だ。


 ザリアの目付きが多少……変わる。騎士としてのスイッチが入った時の目だ。恐らくその貴族を見極める必要があると悟ったに違いない。


「成程。リュカ様、是非ともその方を紹介して頂けますか?」


「勿論なんだぞ! ザリア殿!」


 かくして私達はリュカ様の馬車でローレンスへと向かう。

 このシスタリアで最大の都市、商人の街であるローレンスへ。




 ※




 ローレンスはこの国で最大の都市。王都よりも人の往来は多い。その主な来訪者は商人と旅人、冒険者なんかも居るだろうか。商人の多くは恐らく渡りの人間が大半。将来はローレンスに拠点を置き、自分の店を持つ事を夢見ている者が多いだろう。そして旅人や冒険者は何かしらの目的の品を求めてローレンスを訪れる。ここに売っていない物など無いと言うほど、ローレンスには古今東西様々な品々が並べられているのだ。


 私も幼い頃からローレンスには何度か訪れた事はある。でもその多くは父の友人やら何やらに挨拶回りする為に連れてこられただけだ。いつも私はローレンスの店を自分の足で見て回りたいと願っていたから、今回ここに来れた事は素直に嬉しい。少しザリアにお願いして色々回ってみよう。


「ザリア、ローレンスについて一息ついたら……街を少し見て回っても構いませんか?」


「あぁ、それは構わないけど……そうだな、今日はここでゆっくりしようか」


 ザリアのお許しが出た。街を見て回りながら……ザリアとゆっくり過ごすのも悪くないかもしれない。私達はまだお互いの事を良く知らないし、夫婦として距離を縮める為にも……


 と、その時可愛い視線が私を見つめてきた。リュカ様だ。何か言いたそうに私の顔を見つめている。


「リュカ様……? どうかされましたか?」


「……いやっ、なんでもないんだぞ……」


 なんだろう。もしかして気を使っているのだろうか。私とザリアの間を邪魔しないように。

 いやいや、六歳の子供がそんな気を使える筈が……いやいや、リュカ様ならあり得る。


「リュカ様、一つお願いしたいのですが」


 その時、ザリアがリュカ様へと進言。


「私は少し騎士隊の詰め所に寄っていきますので、シャリアの護衛を頼めますか? また後から私は合流しますので」


 護衛て。六歳の子供に一体何を……


「わかりましたっ! ザリア殿! 言われずとも、私はシャリアの叔父! 姪っ子は責任もって私が守りますぞ!」


 なんという頼もしい六歳なんだろうか。こんな小さな子に姪っ子呼ばわりされるのも……悪くないかもしれない。可愛い。


「では頼みます。シャリアも叔父様に迷惑をかけないように」


「ザリア……無茶苦茶楽しんでますね……」




 ※




 ローレンスの正門で騎士の検問を受け、いよいよローレンスへと入場する。この街の塀は王都よりも高く頑丈な作りだ。何せ王都には国王を守る騎士隊……つまりは王都直属という騎士達が居るが、このローレンスの騎士隊は貴族傘下の者達のみ。王都に比べればどうしても見劣りしてしまう。ローレンスの頑強な作りの壁は、そんな不安を抱いた三大商家が築いた物……だと言われている。ローレンスの騎士達にしてみれば屈辱的かもしれない。自分達が頼りないから壁を高くしたと言われているような物だ。勿論三大商家は表立ってそんな事を言ってはいないが。


「じゃあシャリア、またあとで。ではお願いします、リュカ様」


「はいっ! 任せられましたぞ! ザリア殿!」


 元気いっぱいに返事しつつ、去っていくザリアの後ろ姿にいつまでも手を振っているリュカ様。なんて可愛い叔父様なんだ。もう後ろから抱っこして抱きしめたいという衝動を抑えつつ、私は可愛い叔父の手を取り握る。


「ではリュカ様、参りましょうか。まずは軽くお食事でも……」


「うむ! ルーカス、馬車は任せたぞ。私達は先に行ってるんだぞ」


「ははっ、畏まりました。ではシャリア様、リュカ様をお願いします。あまり人通りの少ない場所には行かれませんように……。馬車を預けて来ましたらハルオーネの商店で待たせて頂きますので。ごゆっくり街をお回りください」


 そのままルーカスさんは馬車を預けに。私とリュカ様は仲良く手を繋ぎながら、街を見て回る。この街はいつ来てもお祭り状態だ。そこら中から商人の客寄せが聞こえてくる。そして何やら芳ばしい香りも。


「リュカ様、あれはゼシ肉ですか? とてもいい香りが……」


「むむ、シャリアはゼシ肉が好きなのか? じゃあ私が買ってやろう!」


 ズボンのポケットから小さな財布を取り出すリュカ様。中から銀貨を二枚程出してくる。

 そういえば……私は金貨を出そうとしてステアに怒られたな。リュカ様は私なんかより余程世の中を知っているようだ。私はどれだけ世間知らずだったんだろう。


「リュカ様はしっかりしておいでですね……」


「何を言う。当然だ! 私はシャリアの叔父だからな!」


 なんと頼もしい叔父様。私はリュカ様から銀貨二枚を受け取ると、そのままゼシ肉を売っている露店の前へ。


「すみません、ゼシ肉を二つ……」


「はいよー」


 商人は銀貨二枚を受け取ると、そのまま代わりに焼きたてのゼシ肉を差し出してくる。私はそれを受け取り、その内一つをリュカ様へと。


「ローレンスのゼシ肉は食べやすそうな大きさなんですね。マーリの村のは……本当に肉の塊って感じでしたけど……」


「むむ、シャリア……マーリでも肉食ってたのか。あそこは海産物の方が有名なんじゃないのか?」


 そうなのか? 不味い、私は本当にリュカ様より物を知らない。マーリの村の名産など考えもしなかった。本格的に勉強せねば。

 リュカ様はそのまま美味しそうにゼシ肉を頬張り食べ始めた。私も真似して大きな口で頬張ってみる。香辛料が良く効いていて美味しい。鼻にツンと来るほどにハーブの香りも強い。


「リュカ様、大丈夫ですか? このお肉結構ハーブが……」


「…………」


 あぁ、リュカ様が凄い微妙な顔してる。そして泣きそう。なんてこった。やっぱりこのハーブは強すぎる。大人ならば酒のツマミに良いとか言いそうだが……リュカ様にはまだ早い。


「リュカ様、お肉は私が食べますからっ、何か甘い物でも……」


「こ、子供扱いするな、シャリア! 私はお前の叔父なんだぞっ」


 いや、しかし……とリュカ様の説得を試みる私。するとそこに一人の男性が近づいてきた。


「失礼、少し伺いたい事があるのですが」


 男性は革袋を担ぎ、中々いい体格をしている。ザリアよりも背は高そうだ。そして微かに顎髭を生やし、爽やかな笑顔を向けてくる。


「は、はい、なんでしょうか」


「ゼスラス家の商店を探しているのですが……どうにも迷ってしまいまして。ご存知ないかと」


 ゼスラス家……? ローレンスを取り仕切る三大商家の一つでは無いか。どこも何も、中央の一番大きな建物がゼスラス家の商店、及びこの街の役所代わりだ。


「それなら、この街で一番大きな建物がそうですよ。中央の……」


「あぁ、はい。知ってます」


 ……あ? なんなんだ、コイツは。爽やかな笑顔で「知ってます」なんて。じゃあ何で聞いてきたんだ。


「あの……一体なんなんですか?」


「いえいえ、実に簡単な話で……ん? 坊主、お前にはそれ早いだろ」


 するとその男はリュカ様から肉を取り上げ、ペロっと一口で食べてしまった。不味い、この男の行動は親切心なんだろうけど、リュカ様の性格からして……


「うぅぅぅぅ、舌がヒリヒリするぅ……」


 ぁ、良かった……。プライドの高いリュカ様の事だから……子供扱いするなっ! と男に絡むかと思ったが、その心配はなさそうだ。もうそんな事よりハーブで口の中がお祭り状態なんだろう。


「リュカ様、大丈夫ですか? 何処かでお水を……」


「ん? なんで君がこんな子供に様付けしてるの?」


 お前には関係ないわ、と言いたい所だが、それよりも何なんだ、この男は。一体何のようで……


「あの、貴方一体……」


「あはは、まだ分からないか。まあ……なんだ。俺と結婚しない?」


 ……はい?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る