第31話

 

 「シャリア……私は今、とても疲れているから……放っておいて欲しいんだぞ」


 「リュカ様、実はお伝えせねばならない事があります」



 女三人のみで話し合った結果、リュカ様には真実を伝えた方がいいという事になった。細かい事情は抜きにして、とりあえず私の兄であるバイアル・アルベインが実の父だという事を。


 つまりリュカ様は私の叔父様では無く……私の甥なのだと。


 ザリアにも一応同席してもらい、私はリュカ様をザリアと共に挟むようにして椅子に座る。机の上にはリュカ様の手書きであろうローレンスの地図が。どこで何をしたか、詳細に書かれている。そこにはルーカスさんと一緒に御菓子を食べた、とも書かれていた。


「リュカ様、ルーカスさんの事は……」


「もういいんだぞっ、あんな奴……」


「リュカ様、ルーカスさんは決して私欲で奴隷の売買をしていたわけではありません、ただその……私のために……」


「シャリアのためを思うなら……アンキルエイトの買い占めなんて……させない筈なんだぞ……」


 ……相変わらず鋭い。

 でもそれは違うんだ。ルーカスさんは、私をただ貴族社会から解放させよう、そう想ってやっていたのだから。


「……リュカ様、アンキルエイトを買い占められてしまえば……アルベイン家は困ってしまいます。鍛冶師に鉱石が行き渡らず、最悪見限られてしまうからです」


「うん、だからルーカスは……シャリアに悪い事してたんだぞっ」


「違うのです、リュカ様。アルベイン家が没落すれば……多くの人が路頭に迷う事になります。それはとても悲しい事です。しかし……私は貴族の娘という枠組みから解放されることになります」


 ザリアが少し悲しそうな顔を。

 貴族社会からの解放。普通の女の子として過ごしたいという……叶わぬ夢。ザリアも幼い頃から貴族の息子として過ごしてきた。だからその気持ちは分かるはずだ。そこから解放してくれようとした人が居る。それはとても……嬉しい。嬉しいが、今回ルーカスさんの取った方法は……許される筈も無く……行き場のない感情がいつまでもぐるぐると回っている。


「リュカ様、ルーカスさんは罪を犯しました。しかし、決して私利私欲で行った事ではありません。だから許せとは言いませんが、リュカ様だけは……分かって欲しいのです」


 私はリュカ様の手を取り、両手で包み込むように。

 小さな手には豆が出来ていた。リュカ様は努力家だ。ザリアが見惚れる程の剣の腕を持つほどにまで、この小さな手で鍛錬を続けてきた。確かに……兄の血が流れている。兄もいつも家の庭で剣を振っていた。その姿を見て、私も遊びながら手ほどきを受けた。


「リュカ様、お伝えせねばならない事があります」


「……なにをだぞっ、シャリア」


「リュカ様の本当の父上は……私の兄、バイアル・アルベインなのです」


「……なっ?!」


 リュカ様よりザリアの方が驚いている。それはそうか。兄は良くも悪くも有名人だ。特に騎士の間では。


「……? バイアル? 誰なんだぞ、それ」


「ですから私の兄です、リュカ様。リュカ様は……私の叔父では無く、私の甥にあたるという事です」


「……つまり、シャリアはおばさんになるのか?」


 うっ、その響きはちょっと……この歳でおばさんと言われるとは思わなかった。やっぱり全て兄が悪い。


「そ、そうです。リュカ様……いえ、リュカは……私の甥っ子よ」


 その頬を包み込み、オデコをくっつける。可愛い可愛い甥と。


「……甥っ子……?」


 リュカ様はまるで肩の力が抜けたように……私の着ているローブを掴みながら寄りかかってきた。それを受け止め、私はそっとリュカ様を抱き上げ膝の上に。


「もういいんだよ、叔父として振舞わなくても……リュカは私の甥っ子なんだから。一杯甘えても……いいんだよ」


「い、いきなりそんな事言われても……困るんだぞっ……」


 でもリュカ様は私に抱き着いてくれる。

 あぁ、なんて可愛いリュカ様……いや、リュカ。


 でも私は、こんな小さな子をアルベイン家の当主に添えようとしている。

 本当にそれでいいのか? 間違っていないか? 決して貴族社会は煌びやかな世界じゃない。むしろ醜い利権争いが常に渦巻いているような世界。油断すれば即座に蹴落とされる。


 どちらがマシなのだろうか。この小さな子を自由な寒空の下に放り出すのと、貴族社会というガチガチに固められた不自由な檻に閉じ込めるのと。


 いや、決して辛い事だけじゃない。私もそうだったじゃないか。私も周りの人々が支えてくれて、勇気をくれて……前へ進ませてくれた。今度は私がそうなろう。リュカを支える人になろう。


 今一度、自分自身に問う。


 この選択は間違っていないかと。


 でもいつまでたっても、正解か不正解か答えは出ない。出る筈も無い。


 私に出来るのは……これが正解だったと、そう思えるような未来を作り上げる事。

 勿論リュカの小さな肩にも、これから様々な困難が重く圧し掛かるだろう。いつまでも私が守ってあげれるわけでもない。いつかはリュカは一人で思い荷物を抱えて歩かねばならない。


 でもせめて、その時までは……私に助けさせて欲しい。

 

 そう願いながら、私はリュカを抱きしめた。





 ※





 疲れがたまっていたのか、リュカはあのあとすぐに眠ってしまった。私はベッドへとリュカを寝かせつつ、客間へと。そこにはリャーナ様、ザリア、マグフィットさんも揃っている。


 マグフィットさんは戻った私へと相も変わらず優しい笑顔で


「リュカ様は……どんなご様子でしたか?」


「疲れがたまっていたのでしょう、今はぐっすり……」


「それは是非寝顔を拝見したい所ですね。ね? ザリア様」


「……っ! え、えぇ……」


 ザリアは相変わらずだ。

 さて、ここから本格的に私達は動きださねばならない。


「ザリア、明日……私達も王都へ戻りましょう。そしてお父様に詰問……いえ、相談しつつ、兄をベインクローバーから呼び戻す算段を」


「分かった。いよいよ……か」


 そう、いよいよ……本格的に婚礼に向けての準備をしなくては。

 これから忙しくなる。参列者の候補などはベディヴィア家の現当主様に任せた方がいいだろう。でも後々リュカにアルベイン家の当主を引き継がせるとなれば、それなりに名を知らしめておきたい。出来れば国の政に関わる人にも出席を頼みたい所だが……。


「婚礼の準備ですか、忙しくなりますね」


 マグフィットさんはそういうと、席から立ち私の元へと。ザリアの緊張感が無駄に伝わってくる。いい加減慣れよ、もうこの人は人間を取って食べたりはしない。


「それではまず会場を決めなくては。人生の晴れ舞台です。それはもう、とびっきりの会場を見繕いましょう」


 いや、正直そんな暇は……もう会場なんて王都のどこでも……


「何処か……いい場所に心当たりが?」


 その時、ザリアがマグフィットさんへと尋ねた。

 

「ええ、リュカ様に言いつけられているので。二人にとびっきり美しい風景を見せて欲しいと。ローレンスから南東の……少し開けた場所にとても綺麗な花を咲かせる場所があるのです」


「……あの、マグフィットさん、お心遣いは大変うれしいのですが……私はすぐにでも……」


「では明日、そこへ案内して頂けますか? シャリア、いいね」


「……えっ、あ、はい……」


 ザリア?

 なんでこんな時に……。私は今すぐにでも王都に戻って、リュカにアルベイン家を継がせるための準備を……。少しでも助力が出来るように色々したいのに。





 ※




 

 日が本格的に沈み、月明りが街を照らす頃……私とザリアは同室で共に過ごしていた。

 私はこれからどうすべきか、婚礼の場でリュカのために何が出来るのかをザリアへと相談していた。でもザリアは終始……何処か不機嫌だ。一体どうしたのだろうか。


「ザリア……どうしたのですか? 私の考えに不足があるなら言ってください」


「……不足か。そうだな、要は君の言いたい事は……リュカ様がどうすれば安定してアルベイン家の当主となれるのか……その為には、婚礼の場でアルベイン家の名を知らしめ、この先安定した稼ぎが出来るようにしたい、という事だろう」


 なんだ、分かっているじゃないか。

 その通りだ、私はリュカ様のためならなんだって……


「不足している。もう何もかも」


「……? 何もかも……?」


 なんだろう、ザリア……とっても怒っている。 

 何故だ、私は何か不味い事を言ったのか?


「シャリア、君は……いつからリュカ様の親になったんだ? それは僕らが考える事じゃない」


「何を……何を言うのですか、リュカは私の子でなくとも、アルベイン家を継がせるのです、そんなの当然の……」


「俺はまだ一度も、リュカ様を推薦するなんて言ってない。それはリュカ様自身が決める事だ」


 何を……言っているんだ。


「ザリア……? リュカはまだ六歳なんです、そんな子に当主になるかどうかを聞いても……」


「なら、そんな子に無理やり当主を継がせるのもどうかと思うけどね」


「……! だから! 私達が当主となったリュカを支えていこうって言ってるんです! ザリアには分かりませんか?! アルベイン家には次の当主候補は居ません! なら他の分家が継ぐ事になる、そうなったらまず弾圧されるのはハルオーネ家で……」


 溜息を吐きながらベッドへ腰かけ、首を振るザリア。

 何故だ、何故そんな顔を……するんだ。私は何か間違っているのか?


「シャリア、君のそれは……余計なお世話だ。リュカ様を侮辱する行為だ」


「い、一体何を……」


「リュカ様は賢い。あの歳にして、貴族とはどうあるべきか、既にそれを模索している。人々に職を斡旋し、導いていく。あの子は既にそれを理解し始めている。正直末恐ろしいよ。あの子がどんな風に成長を遂げるのか……俺にも想像がつかない」


「だから、私はそれを少しでも援助できたらと……」


「シャリア、君は見落としてる。リュカ様は君の幸せを願っているんじゃないのか? 今まで叔父として振舞い続け、君の前で情けない姿を見せまいと猛進してきた。彼は君の隣に立つことを夢見ているんだ。そんな相手にあれこれと世話を焼かれて……彼は一体どう思う?」


「どうって……ザリアは、一体リュカをどんな風に見ているのですか? リュカはまだ六歳の子供よ……まだ小さな……あんな小さな子供なのよ!?」


「違う! リュカ様は一人の男だ! 彼にはもう見えているんだ、自分の進むべき道が。俺達が何をどうしようが……結果は変わらない。彼が望むならアルベイン家の当主にだって……自分でなるさ」


「何を勝手な……! そんな事……」


「じゃあ聞くが……君はルーカスさんにされたことをどう思った? アルベイン家を没落させ、君を開放させようとした、あの男の行為をどう思った?」


「それは……」


 正直……大きなお世話だと……

 もう私は子供じゃない、私は自分で考えて行動できる。私はもう十七歳なんだから。


「でもそれは私が大人だからで……」


「君は奴隷の売買が王都で行われている事も知らなかった。あの時言った筈だ。これからは共に……一緒に学んでいこうと。一緒に世界を知っていこうと……そして……」


 ザリアはそれっきり……黙ってしまった。


 リュカの事を想う事は……余計なお世話……?


 私は自分に出来る事をしたいだけなのに……私は……



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