第34話 ルールーと枯れた世界

「聖王様が……何を言ってるんだ?」


 俺たちはエルフの言葉に首を傾げ、顔を合わせていた。

 聖王様は人間の世界を守ってくれている人だぞ。

 そんな聖王様が世界を滅ぼすなんて、何がどうなってこいつらに伝わってるんだよ。


「あのな。聖王様はお前たちが滅ぼした世界から人間を守るために、この壁を造ったんだぞ。逆だよ逆。世界を守ろうとしてるんだよ」

「違う。世界を滅ぼしたのは聖王。この壁の内側も少しずつ枯れていっているのが分からないの?」

「はぁ?」


 俺たちは周囲を見渡す。

 人間の世界の一番外側に位置するこの壁際の場所。

 確かに土が乾燥しきっているようではあるが……少しずつ枯れていると言われてもピンとはこない。

 ここが枯れているのは外側の影響なんじゃないのか?


「ちょっとさすがに話がメチャクチャじゃない? エルフの間ではそんな風に伝わってるのかも知れないけど、聖王様は3000年もの間世界を守るために人生を捧げているのよ。それを悪人みたいな扱いして……」

「あれは本当に悪人。それが真実なの」

「このっ」


 モモちゃんはエルフの言葉にカチンときたようで、彼女に掴みかかろうとした。


「モモちゃん、落ち着け。喧嘩は最終手段だ。まだ話は終わっていない」


 後ろからモモちゃんの腰に手を回し、落ち着かせるように静かに俺はそう言った。

 モモちゃんはプンプン怒りながらも、俺たちの後ろ側に回る。


「あんないい人のことを悪く言うと怒る人間は多いんだぞ。冗談でもそんなこと言うな」

「冗談じゃない。本当のこと」

「聖王様が悪人って……そんなことないよね、ムウちゃん?」


 エルフの言葉に戸惑いを見せる義母さん。

 俺は義母さんに頷き、エルフに言う。


「あの人が悪人だなんて誰も信じないし、ありえないと思っている。モモちゃんが言った通り、それはエルフ側に伝わっているだけの話だろ」

「……人間はあいつに騙されている」


 冷たい声でそう言うエルフ。

 俺は嘆息し、肩を竦める。


「話にならないな。あの人は誰も騙しちゃいないよ」

「それが騙されているということ。あいつは世界の命を吸っているの」

「……世界の命?」

「世界の命を吸い続け、そして生き延び続けている、悪魔のような男。世界が枯れてしまったのもそれが原因」

「…………」


 世界の命を吸うなんて……そんなバカな話があるか?

 俺とモモちゃんは呆れて苦笑いする。

 義姉ちゃんと義母さんは焦って俺の両腕を引っ張ってきた。


「そもそも世界の命なんてどうやって吸うんだよ? そんなことできるはずがないだろ?」

「それがあいつの技能だと聞いてる」

「ぎ、技能……世界の命を吸う技能? さすがにそんな技能……無いよな?」


 モモちゃんはバカにするな、といった顔でエルフを睨み続けながらうんうん頷く。

 だよな。そんなこと……ないよな。

 そんな風に考えながらも、どこか嘘ではないのかもと思いだしている自分もいて、俺は話の続きを聞くことにした。


「それはどこで聞いた話なんだ?」

「おにぃ。もしかしてこの女の話、信じてるの?」

「信じるまではいかないけど……なんかさ、嘘ついてるような感じもしないんだよな」

「嘘はついてないかも知れないけど、嘘を信じてるんだよ」

「嘘じゃない。これは私の母親が曽祖父から聞いた事実。3000年前に覚醒したあいつが世界の命を吸い始め、そして世界が枯れていった」

「証拠は?」

「証拠は……ない。だけど事実」

「ほら。話になんない。証拠もないのに言われたことを信じてるだけじゃん。人間を恨むように都合のいいエピソードを作り上げただけでしょ」


 確かにモモちゃんが言ってることは筋は通っているように思える。

 人間の世界を奪うため、子供たちに人間を襲うことへの迷いを断ち切るためにそう教えたのかも知れない。

 蛮族なんて揶揄されている連中だし、それが真実なのかも知れない。

 だけど、目の前にいるエルフの少女は真っ直ぐな瞳をこちらに向けているのだ。


 人間の世界を奪い取るためではなく、使命を帯びたような……そんな顔だ。


「自己紹介がまだだったな。俺はムウ。お前は?」

「ルールー」

「ルールー……それを事実だと証明する方法はないんだな?」

「ない」

「…………」

「おにぃ……こんなの絶対嘘だって」

「そうだろうけど、そうじゃないような気もする。ルールーの顔を見ているうちにこいつは信用できる奴だって思えてきたんだよ」

「はぁ……」


 大きくため息をつくモモちゃん。

 俺も聖王様がそんな人間じゃないとは信じたいところだが……

 もし、ルールーの言っていることが事実だとするなら。

 とてもじゃないが無視できるような問題じゃないぞ。


 本当に世界の命を吸い続けているというのなら……


「このままじゃ、人間の世界も滅びるのか?」

「そう聞いている。壁の外側もまだ少しだけ緑は広がっていたけど、今は枯れ果ててしまった」


 俺はもう一度周囲を見渡して見た。

 枯れ果てた土……これが聖王様の仕業だというのか?


 ずんとお腹の中が重たくなり、それを真実だと捉えることを否定する頭。

 だけど……心が真実を追えと語りかけているような気がした。


「だったら、事実かどうかを確認してみるか」

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