第19話 モモたちとデーモンド
「……誰、あいつ?」
「デーモンド」
モモにそう簡潔に答えるギミー。
その表情は絶望の青に染まっていた。
モモは席から立ち上がり、包丁を右手に持ちデーモンドと対峙する。
「おにぃがあんたを探しに行ったんだけど」
「知ってるよ。だけど俺はお前らに用があるんだ」
「はぁ?」
ミリーとメルトは席を立ち、カウンターギリギリのところまで下がり、モモの心配をしつつ互いの体を抱き合う。
「モ、モモちゃん。そんな怖い人とお話しちゃいけません!」
「私は子供か!? 心配しなくても私だってそこそこ強いんだから大丈夫だって」
モモは現在『力の扉』が開いており、並みの戦士以上の戦闘力を有している。
デーモンドがどれほどの実力なのかは分からないが、そう簡単にやられることはないであろう。
そう考える彼女は、奴を警戒しつつも会話をすることにした。
「で、何の用? くだんない話だったら短冊切りにしちゃうから」
「そ、それって結構大変なんじゃ……」
「ママはちょっと静かにしてて」
ミリーの反応にため息をつくモモ。
気を取り直して、デーモンドを睨み付ける。
「くだらない話じゃないさ……お前たちを俺の女にする。な、大事な話だろ?」
「くだらないを通り越して呆れるわ。なんであんたみたいな初対面の男の女にならなきゃらないのよ」
「お前らが美人だからだ」
「…………」
暗い表情、値踏みするよう目でモモたちを見るデーモンド。
ミリーとメルトは恐怖に震え、モモは気味の悪い生物を見たかのように背筋を冷やす。
「なんかさ、気持ち悪いよね、あんた。残念だけど私には心に決めた男性がいるから。諦めてどっか行ってくんない?」
「諦めるのはお前らだ。いいから黙って俺の女になれ。ギミーのように」
「は?」
「…………」
ギミーは青い顔でデーモンドの元に移動する。
デーモンドは彼女を抱き寄せ、その顔を長い舌で舐めまわす。
「……どういうこと? ギミー」
「…………」
「どういうことかって聞いてんのよ!」
「私は! この人の女なのよ!」
ガタガタと体を震わせながらギミーは大声で続ける。
「この人に命令されるままにムウとあんたたちを切り離させた! あいつは人が良いから、苦労しなくて助かったわ! そしてあんたたちも私みたいに、この人の女としてこれから生きていくのよ!」
「……最低」
モモは手にした包丁をギミーに向け、怒りのまま、感情のままに叫ぶ。
「人の好意を利用して、人を騙して! そんなことするような人は人間じゃない! あんたみたいな女のことは、クソっていうのよ! なんであんたが気持ち悪かったか今分かったわ。おにぃを追い出した話を聞いたからじゃない! あんたがクソだってことを肌で感じていた私の直感があんたを拒絶してたんだ!」
「ク、クソですって……私だって、好きでこんなことやってるわけないでしょ!」
モモの言葉に涙を流すギミー。
ギミーは憤怒に染まった瞳でモモを睨む。
「仕方なかったのよ! 私はもうこの人に従うしかなかったの! この人に目を付けられなかったら……」
「違うわ。なるべくしてなったのよ。人は同じ程度の人を引き寄せる! あんたがその人と一緒にいるのは、あんたとそいつが同格の人間だからよ! 何もかも他人の所為にしてんじゃないわよ! そいつに逆らえないかどうか知らないけど、おにぃを騙すって決めたのはあんた自身でしょ! 自分の弱さから目を逸らしてんじゃないわよ!」
「じゃあ俺とお前らも同格ってことか。こうして俺を引き寄せたのもお前ってことだ」
そう口を挟むデーモンド。
モモは怒りを爆発させ、包丁を投げつける。
包丁はデーモンドの頬を掠め、入り口の扉に突き刺さった。
「んなわけないでしょ! あんたはおにぃにぶっ飛ばされるためにここに現れたのよ!」
「で、そのお兄ちゃんはどこにいるんだ?」
ゲスめいた笑みを浮かべるデーモンドに心底不快感を覚えるモモ。
包丁をまた手に取り、奴に向かって走り出す。
「おにぃがいないんだったら、私がぶっ飛ばしてあげるわよ!」
「モモちゃん! 無茶しちゃダメよ!」
モモを心配するミリーは、今にも泣き出しそうな表情で叫ぶ。
デーモンドは頬を流れる血を舐め取り、聖剣に手を添えた。
◇◇◇◇◇◇◇
男たちに連れられてやって来たのはボロボロの肉屋の裏庭であった。
この周辺はとんでもない臭いがしているが……ここはより一層臭いがキツイ。
俺は鼻をつまみながら男たちに聞く。
「それで、デーモンドはどこだ?」
「どこだと思う?」
「それを聞いてるんだろ。早く教えてくれ」
「へへへ……今からあの世にいくお前は知らなくていいことだよ」
「……なるほど。お前らあれだな。悪モンだな」
俺を取り囲むベルセルク・デッドの男たち。
殺気を放ちながら武器を抜き取り、その刃を俺に向ける。
「デーモンドさんの命令だ。悪いが、ここで死んでもらうぜ」
「悪いけど、死ぬわけにはいかないな。俺には守らなきゃいけない家族がいるからな」
舌打ちをして男たちは一斉にこちらに飛び掛かって来る。
俺は鼻から手を離し、吐き気を覚えながら男たちを迎え撃つのであった。
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