第38話 決戦は明日
「ちょっと……これ、嘘だよね……ねえ、おにぃ」
皆が心の中で見た、聖王の過去の映像。
モモちゃんは慌てて受け止められないといった表情をしている。
義姉ちゃんも不安そうにしているが、義母さんは意外と冷静な様子。
「これは『星の記憶』と言って、星が記憶している嘘偽りのない映像だ。嘘の映像を見せることもできないから、モモちゃんたちを騙すことなんてできない。だからこれは真実以外の何物でもない」
「…………」
想像を超えていた事実に固まってしまうモモちゃん。
ルールーや女王たちはさも当然の如く、その映像の事実を受け入れていた。
「やはり父たちが語っていたことは真実であった。聖王こそが諸悪の根源。あれを倒すことこそが、我らの使命。必ずや奴を倒しましょう」
女王の言葉にさらなる決意をするルールーたち。
モモちゃんと義姉ちゃんはどうすればいいのか迷っている。
だが義母さんは普段からでは考えられないほどの落ち着きを見せ、俺に訊ねてきた。
「それで、ムウちゃんどうするの?」
「どうするったって……どうするかな」
俺はルールーたちの表情を眺めながら、大きくため息をつく。
「『人には親切に、困ってる人には親身に』だよな」
「うん」
「目の前にいるルールーたちはこんな状況で困っている。いや、ルールーたちだけじゃない。この世界に住む全ての生き物、そして星が困っているんだ。聖王様……聖王を無視しておくことなんてできないな」
「うん。それでこそムウちゃん! 困っている人も星も、皆親身になって助けてあげよう!」
「じゃあ、ムウたちは力を貸してくれるの?」
ルールーが少し嬉しそうにそう聞いてくる。
モモちゃんはようやく腹が決まったのか、ため息をつき、ルールーに向かって口を開く。
「真実知って、放っておけるような問題じゃないもんね……よし。やってやる。私たち含めて人間を騙し続けていた聖王を倒してやる!」
義姉ちゃんもモモちゃんの言葉に頷いている。
どうやら考えは一緒のようだ。
するとモモちゃんはクルリと俺の方に振り向いて興奮したまま言う。
「おにぃ。早く家に帰ろう。包丁砥いで、戦いに備えたい!」
「ああ! やることが決まったんだ。早速行動に移すとするか!」
「あの……どうやって聖王の下まで行くつもりなの? 聞くところによると聖王のいる城には大軍が配備されており、その上四聖と呼ばれる最強の騎士たちが彼を守護しているらしいじゃない。とてもじゃないけれど、私たちとあなたたちだけで何とかなるような問題じゃないし、彼の下まで辿り着けやしない。もっともっと戦力を整えてから挑むべきよ」
女王が青い顔で俺にそう訴えかけてくる。
俺は彼女とは真逆に、笑みを向けて言った。
「俺は行ったことがある場所になら、瞬間移動することができるんだ」
「……は?」
「そして俺は謁見の間で聖王と対面している。となれば、今この瞬間からでも奴の目の前に強襲することができるということだ」
「そんな技能、見たことも聞いたことも――」
女王が言い終わる前に俺は、自宅へと空間の扉を開く。
モモちゃんはビューンと風の速度で穴を通り、包丁の研ぎを始める。
女王とルールーは、その光景を呆然と眺めていた。
「こういうことだ。これを聖王の城と繋げば――」
「一気に攻めることができる」
ルールーはキッと真剣な表情で空間の穴を見つめている。
急に訪れた勝機に、高揚しているようだった。
「で、いつ突入する?」
「……翌日の朝でどうだろうか?」
「ああ。いいぜ。じゃ、また明日の朝に迎えに来るよ」
それから女王は周囲にいる戦士たちにきびきびと命令を出し、できるだけ戦える者を用意しようとしていた。
俺たちは家へと戻り、明日のために休息しようとする。
「で、何でお前もこっちに来てるんだ?」
「人間の暮らしに興味あった」
なんとルールーが空間の穴が閉じる前にこちらに来ていたのだ。
俺の隣の席につくルール―。
義姉ちゃんと義母さんが隣に座ったことにムッとしている。
「暮らしって……ルールー、家から出たらダメだぞ。エルフがいるなんて大問題になるからな」
「うん。分かってる」
「だけどエルフに対してもだけど、他の種族に対しての考えも改めないといけないね。蛮族なんて揶揄してたのが恥ずかしいよ」
モモちゃんは包丁をキッチンで研ぎながらそう言った。
人は自分の耳に入る情報、当然のように広まっている情報をそのままに受け入れ習性がある。
物事を疑わないのだ。
今回の俺も言えたことではないが、常識というのは間違っていることがとても多い。
人間以外は蛮族で、人間の住む世界を狙っている。
こんなの、聖王が創り上げた嘘のエピソードでしかなかった。
これが当たり前だと、真実だと信じていた自分に反吐が出る。
だけどルールーと出逢えたおかげで、俺たちは真実に辿り着くことができた。
義母さんが言っていた。
正しい毎日を生きていると、必ず正しい道に導かれると。
今回のこれは、そういうことだったんだと思う。
聖王の命令でベヒーモスを倒しに行く。
これが本来の世界の姿を見せてくれるきっかけになった。
その時点ではただの仕事に依頼でしかなかったのだが、こうして真実に綱がるとは夢にも思わなかった。
コクリコクリと眠そうにしている義母さんを見つめて俺は心の中で礼を言う。
義母さんはいつでも正しいことを言ってくれていたんだ。
今回それがよく分かったよ。
本当にありがとう、義母さん。
そしてルールーも含めて俺たちはモモちゃんの出してくれた食事を食べ、決戦に向けて眠りにつくのであった。
モモちゃんは贖罪のためなのか、ルールーと一緒に寝ると言い出していたが……
また喧嘩しないだろうな。
少し心配をしながらも俺は、そのまますぐにプツンと意識が途絶えたのであった。
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