第15話 傷だらけのギミー

 ギルドへ向かうと聖王の騒ぎのせいだろうか、施設内にはあまり人がいなかった。

 順番を待つことなくハンナとのやり取りができ、俺は早速ワイルドゴブリンの魔石を二つ、彼女に手渡す。


「……え?」

「え? どうしたんだ?」

「何で二つもあるわけ?」

「二匹倒したからに決まってんじゃん」


 横からモモちゃんが口を挟む。

 ハンナは一瞬言っている意味が分からなかったようで、モモちゃんの顔をポカンと見つめていた。


「ええっ!? 二匹もいたの!?」

「二匹いたし、二匹倒したの。だから報酬二倍頂戴」


 笑顔で手のひらをハンナに向けるモモちゃん。

 ハンナは驚いたまま、報酬の用意を始める。


「ち、ちょっと凄すぎじゃない? だってFランクだよね、君たち?」

「俺はEランクだぜ!」

 

俺は自分を親指でビシッと差し、そう宣言する。


「それはあんまり決まってないような気がする! おにぃ、カッコつけてるけど、Eランクだよ、Eランク」

「うーん。Aランクぐらいじゃないと決まらないか……残念だな」

「で、でもムウちゃんはAランク以上の活躍してるよ。お母さんは知ってるからね」

「おお、ありがとな、義母さん!」


 義姉ちゃんは俺の背中から腰に手を回してくる。

 これは彼女なりの励ましなのだろうと思う。

 俺はおしつけられた大きな胸を感じながら、ハンナから報酬を受け取る。


「じゃ、モモちゃん頼むな」

「頼まれました」


 受け取ったお金をそのままモモちゃんに手渡す。

 するとハンナはそれが意外だったようで、驚いた様子で口を挟んだ。


「妹さんがお金管理してるんだ」

「ああ。モモちゃんはマードリック家の中で一番しっかりしてるからな」

「しっかりせざるを得なかったと言う方が正しいような気もするけど。お姉ちゃんは頼りないし、ママはドジだし。おにぃは……計算が苦手だからね」

「はー……じ、じゃあさ、頼りになるお嫁さんなんていたら、助かるんじゃない?」


 カウンター越しに前のめりになり、赤くなった顔でハンナはそう言った。

 確かに頼りになる人がお嫁さんになったら助かるな。

 だけど、何でハンナはそれを嬉しそうに言っているんだ?


「頼りになる人は間に合ってますぅ」


 そう言ってモモちゃんは俺の右腕に手を回してくる。


「お、お嫁さんは必要だよね」

「お嫁さんも予約で一杯ですぅ」


 次に義姉ちゃんが左腕に手を回し、義母さんがギュッと右足に腕を回して来る。


「よ、予約ってことはまだ未定ってことでしょ?」

「…………」


 ハンナの言葉に詰まるモモちゃん。

 それに義姉ちゃんも義母さんも微妙に身体を固くしたような気がする。


「じ、じゃあまだ勝負はついてないってことよね!」

「勝負になんないと思うんだけどなぁ」


 ニヤリと意味深に笑うモモちゃん。

 俺の予想だが、その意味深な笑みに意味などないのだと思う。


「二人はいつも楽しそうに話しするよな!」

「「これが楽しそうに見えてた!?」」


 俺がモモちゃんとハンナのやりとりを見てそう言うと、モモちゃんが仰天したように固まってしまう。

 ハンナは少々呆れたような表情をし、ため息をつく。


「楽しいのもいいけどさ、今日はもう疲れただろ? そろそろ家に帰ろうぜ」

「そうね。帰ったら美味しいご飯を作ってね、モモちゃん」

「はいはい。ママは自分じゃ作れないもんね」

「お、お母さんだって作れるもん」


 ぐすっと涙を流し始める義母さん。

 俺は慌てて、義母さんの頭を撫でる。


「義母さんには義母さんのいいところがあるだろ? 得意不得意があって当然って、義母さんが言ってたじゃないか」

「うん……でも、お母さんだって料理できるもん」

「分かった分かった」


 義母さんをなだめていると、ギルドへと一人の女性が入って来て、俺の方へとやって来る。


「ムウ……」

「ギミー」


 それは顔を倍ぐらいに腫らせたギミーだった。

 彼女は治療もされていない腫れた顔を暗くし、おずおずと近づいて来る。


「どうしたんだよ、その顔?」

「ちょっと、ね」


 ギミーは申し訳なさそうに俯き加減で俺の前に立つ。

 モモちゃんは痛々しいその顔を見て表情を歪めながら俺に聞く。


「で、誰この人?」

「ギミーだ。あー、前のパーティーメンバーだな」

「前のパーティーメンバーって……おにぃを追い出した!?」


 ボッとモモちゃんの瞳の奥に炎が宿る。

 義姉ちゃんは黒いオーラを発し出し、義母さんはボケっとしていた。


「ひっ……何、この二人!?」

「俺の義姉ちゃんと義妹ちゃんだ」

「そ、そうなの……」

 

 ダンッと床を力いっぱい踏み、モモちゃんはギミーを睨み付ける。

 ギミーはモモちゃんの迫力に顔を真っ青にした。


「で、おにぃを追い出した人が、おにぃに何の用?」

「あ、あの時のことはごめんなさい……私たちどうかしてたのよ」

「そんな言い訳はどうでもいいから、何の話なのよ!」

「モモちゃん。この人困っているみたいよ。一度話を聞いてあげましょ」

「っ……」


 義母さんの言葉にギミーから顔を逸らすモモちゃん。

 『人には親切に、困ってる人には親身に』。

 それがマードリック家の鉄則だ。

 俺を追い出した人物に怒りを露わにするモモちゃんと義姉ちゃん。

 だがその鉄則のことを思い出し、とりあえずは話を聞いてあげる気持ちになったようだ。


 そして俺たちは、震えるギミーの話に耳を傾けるのであった。

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