第27話 北へ
「それで、そのベヒーモスっての倒しに行けばいいんだ?」
「ああ。それで無罪放免。こちらとしても万々歳ってとこだな」
家に戻り、モモちゃんの美味しい食事にありついていた俺たち。
義母さんはミルクベースのスープとウインナーを美味しそうに頬張っており、そちらに夢中だ。
俺はパンを齧りながら、前の席に着いているモモちゃんと義姉ちゃんに話しかける。
「どうなるか分からないけど、とにかく一人で行って来るよ」
「ちょ……なんで一人で行くのよ」
声を張るモモちゃんに、頷く義姉ちゃん。
俺はため息をついて二人に言う。
「デーモンドのこともあったし、やっぱり皆と行動するのは危険だ。皆を危険な目に遭わせたくない」
「そんなの、私たちだって同じ気持ちだよ。おにぃだけ危険なところに行くのは嫌だからね」
義姉ちゃんが席を立ち、俺の背中を抱きしめて来る。
「義姉ちゃん……モモちゃん」
「危険なのは承知だけど、その間に私たちが強くなった方が安全だと思わない? これからのことも考えて私らが強い方がおにぃも安心でしょ?」
「そりゃ……まぁ」
義姉ちゃんたちがデーモンドよりも強かったら、今日のことだって問題なかったのは確かだな。
危険な場所に連れて行くのは嫌だけど、ある意味では皆が成長できる場所でもある、か。
俺は腕を組み、うんうん唸りながらどうすべきかを考えていた。
「ムウちゃんが私たちを守ってくれればいい話でしょ?」
「まぁ、そう、かな?」
「冒険中はムウちゃんの言う通りにするし、危なかったら空間を開いてここに帰ってくる。それでいいじゃない」
「…………」
話を聞いていないようで話を聞いている義母さん。
俺はその提案に妙に納得し、皆をベヒーモス討伐に連れて行くことを決意した。
なんだかんだ言って、やっぱこの人は俺たちの母親だ。
ここ一番、俺たちの迷いを吹き飛ばしてくれる。
「分かった。でもくれぐれも無茶だけはしないでくれよ」
「分かってる分かってる」
肩を竦めて返事するモモちゃん。
そんな風に言うモモちゃんが一番心配なんだけどな。
血の気が多いし。
◇◇◇◇◇◇◇
次の日。
天気のいい朝に目覚めた俺たちは、冒険の支度を済ませて家を出る。
すると外には数人の男性が待ち構えていた。
何の用事だ?
俺は彼らを警戒し、義母さんたちを守るように前に出る。
「朝っぱらから何だよ?」
一人の中年男性が一歩足を踏み出し、真剣な顔で俺たちに言う。
いや、俺たちじゃないようだ。
男は義母さんに向かって叫び出した。
「ミリーちゃん! お願いだから酒場に戻って来てよぉ!」
「……は?」
「お願いだ! ミリーちゃんがいなかったら楽しくないんだよ!」
「そうそう。ミリーちゃんがいてこそ、あの酒場に価値があるんだ。ミリーちゃんがいない酒場なんて、生で肉を出されるようなものだ! 味気ないなんてものじゃない! 頼むから帰ってきてくれ!」
どうやら以前まで義母さんが働いていた酒場の客のようで、義母さんが酒場に帰って来るのを熱望しているようだった。
涙を流しながらそう訴えかける男たち。
モモちゃんと義姉ちゃん。
そして俺はその勢いに引いて顔を引きつらせていた。
「皆……私、嬉しい。だけど、ムウちゃんたちと冒険したいもん!」
ブワッと涙を流す義母さん。
男たちは凄まじい泣き声に恍惚とした表情を浮かべていてる。
「これだよこれ……ミリーちゃんの泣き声、クセになるぜ」
「へへへ……最初はうるさいだけだったけど、無かったら無かったらで寂しいんだよなぁ」
「「「…………」」」
これはヤバい。
そう感じた俺たちは顔を合わせ、一斉に頷く。
そして義母さんを抱きかかえ、村の外まで全力で駆けて行く。
「あ、ちょっと待て!」
「ミリーちゃんを置いていけ!」
「ミリーちゃん! 行かないで!」
まるで捨てられた女性のように涙を流す男たち。
俺たちは顔を青くしたまま走り去る。
義母さんはそんな男たちの反応が嬉しかったのか、俺の胸の中でまた泣き叫んでいた。
意外とファンが多いんだな、義母さんは。
可愛いのは可愛いけど、まさかあんなに義母さんの復帰を熱望している人がいるとは。
仕事失敗ばかりだけど、給金を下げられなかったのはそういうことか。
村の外まで来た俺は、義母さんを地面に下ろす。
「私、私あんなに求められていたなんて~。嬉しいよぉ」
「分かったから、もう泣き止んでよママ。流石にそろそろうるさいわ」
モモちゃんは朝一番だというのに、すでに疲れ切った表情をしている。
義姉ちゃんも暗い表情をさらに暗くし、俺に甘えるように体を預けて来た。
「北の方角……壁のある場所まで行くことになるけど、本当にいいのか? 義母さんだって待ってくれている人たちがいるみたいだぞ?」
「ううん。皆には悪いけど、私はムウちゃんたちと冒険するの」
「そっか。分かった。じゃあ行くとするか」
「「うん!」」
元気に返事するモモちゃんと義母さん。
義姉ちゃんは返事の代わりに腰に回していた腕に力を込める。
そして俺たちは、北に向かって歩き出すのであった。
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