第33話 エルフ

「俺たち、何かした?」


 俺は耳の長い女性……エルフに一歩近づく。

 すると俺の足元に問答無用で矢を放つ女性。


「…………」

「動くなと言った」


 その女性は白髪のエルフで、神秘的な美しさを誇る美少女であった。

 宝石のように輝く碧眼に、魅力的な唇。

 胸はないようだが、確かな弓の腕はあるようだ。


 肩まで伸びている髪を揺らしながら、もう一度弓を引くエルフ。


「動いたらダメって……このまま死ねってことか?」

「あなたがそうしたいならそうすればいい」

「ちょっとふざけないでよね。ってかここ、人間の国なんだけど」

「人間の国……そう言うのなら、私たちの国を返して」

「はぁ?」

「モモちゃん」


 一気にヒートアップするモモちゃん。

 エルフの女性も冷静に見えるようで、その心中は穏やかではなさそうだ。

 瞳を怒りの炎で燃やし、モモちゃんを睨み付けている。


「人間の国とあんたらの国……何の関係もないでしょ!」

「ある」

「あったとしても、少なくとも私には関係ない! エルフなんて話で聞いたことがあるぐらいで、恨み買うようなことは一一回もやってないんだから!」


 俺に矢を放ったことに怒りを露わにするモモちゃん。

 義姉ちゃんも杖を手に取り相手を攻撃しようとしている。


「待てって、二人とも!」

「待てるか! おにぃを撃とうとしたのよ!」

「まだ撃たれてないから大丈夫だって!」


 モモちゃんは俺の言葉を聞くことなくエルフに飛び掛かる。

 予想以上の速度でかかってくるモモちゃんに狼狽え、咄嗟に弓で包丁を防ぐエルフ。

 真っ二つに弓が折れ、エルフはそれを手放して地面に着地する。

 あれって、頭かち割りに行ってるよな……俺は背筋を冷やしてモモちゃんを止めに入ろうとするが――さらに義姉ちゃんが彼女に追い討ちをかけようと、両手の杖を振り出すのを見て、義姉ちゃんの方に駆け出した。


「ちょ、義姉ちゃん! やめろって! 俺は死んでないし、あれぐらいが相手じゃ死なないから!」

「…………」


 俺が腕を掴むと義姉ちゃんは冷静になったようで、申し訳なさそうに俺を見上げる。

 次はモモちゃんだ。

 早く止めないと――


「モモ! いい加減にしなさい! お兄ちゃんがやめなさいって言ってるでしょ!」

「!!」


 義母さんの怒声のピタリと動きを止めるモモちゃん。

 そーっと義母さんの顔を見ると……どうやら本気で怒っているようだった。

 義母さんが本気で怒った時は俺たち三人、誰も彼女に逆らうことができない。

 

「喧嘩はダメだっていつも言ってるでしょ!」

「け、喧嘩じゃないし……」

「いいから止めなさい! そこの子もこっちに来なさい!」

「は……?」

「いいから!」


 ビクッと怯えるエルフは、義母さんに従ってこちらの方へと歩み寄って来る。

 そして小さな義母さんを見下ろしながら、戸惑っている様子だった。


「じゃあムウちゃん。お話して下さい」

「あ、ああ……俺はあんたと話がしたいんだよ。俺の義妹がごめんな。俺のことを心配してあんたを襲ったんだよ」

「こちらは話し合いなんてするつもりはない」

「ほら! こんなの無駄なんだって。蛮族と話し合いなんて……」

「モモ!」

「…………」


 義母さんの声にモモちゃんはバツが悪そうにそっぽを向く。

 俺は出来る限り友好的に、笑顔を向けて話をする。


「人間とエルフなんだ。気が合わないのも分かるし、話し合いをしたくないのも分かる。だけど、歩み寄らないと殺し合いしか手段はなくなるんだぜ? まずは話をしよう。なっ?」

「だから、話なんてない」


 矢を握りしめ、こちらにその先端を向けるエルフ。

 俺はやれやれとため息をつく。


「俺たちこう見えて、結構強いんだぜ。お前に勝ち目は無いよ」

「ベヒーモスを倒すのを見ていた。それぐらいは分かる」

「だったら、やるだけ無駄だろ? こっちは必要以上に殺しなんてしたくないし」

「こっちは殺したい……人間を……私たちの世界を奪い取った人間に復讐したい!」


 俺とモモちゃん、それに義姉ちゃんは呆れてエルフの顔を見ていた。

 この子は何を言ってるんだ?

 人間が世界を奪い取ったなんて、聞いたことないぞ。


「あのさ、何か勘違いしてるんじゃないか? お前たちの世界は、お前たち自身で荒地にしてしまったんだろ?」

「違う」

「違わないでしょ。自業自得で自分たちの世界を滅ぼしたって聞いてるわよ」

「だったらそれは間違い。私たちの世界を荒地にしたのは人間」

「……はぁ?」


 俺とモモちゃんはポカンとし、回らない頭でエルフの言葉の意味を理解しようとしていた。

 人間が世界を荒地にしたって……どういうことだ?

 義姉ちゃんと義母さんは怪訝そうな顔をして俺に視線を向けている。


「いや、俺を見られても俺だって意味分かってないし」

「人間がここから外の世界を滅ぼした」

「だから、それはお前たち自身で――」

「人間たちの頂点に立つ者――聖王と呼ばれる男が世界を滅ぼした」

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