第32話 ベヒーモス

「……とうとう壁際までやってきたね」

「ああ」

「ねえねえムウちゃん……あれがベヒーモス?」

「ああ。間違いないと思う」


 俺たちは一週間ほど北へ進み続け、ようやく人間たちの世界を守る壁までやって来ていた。

 そして目の前にいる、モンスターを見て義母さんは固まってしまう。


 それは四足歩行をする化け物で、二本の大きな角が生えており、頭部から背中まで黒々とした毛が生えている。

 あまりにもたくまし過ぎる肉体に巨大な体。

 離れた場所にいるというのに、その大きさに息を飲む皆。

 獰猛な瞳で獲物を探すその化け物こそが、俺たちが討伐依頼を受けた――


 ベヒーモスだ。


「ってかさ、想像以上に強そうなんだけど……聖王様、あんなの私らに倒せって言ってるの? ちょっと無理難題じゃない?」

「確かにちょっと無茶な気はするな……だけど、勝てそうな感じもしないか?」

「しなくもないけど……」


 ジッとベヒーモスの姿を見たモモちゃんは顔をしかめて続ける。


「やっぱ無理あるって、あれは」

「私も無理だと思う! うん。帰ろ。今すぐ帰りましょう。これはお母さん命令です!」

「義母さんの命令も大事だけど、聖王様の命令もあるからな……それに俺達、実力も高くなって武器も強くなってるんだぜ。やり合っても負けないと思うけど」


 ため息をつくモモちゃんに笑顔を向け、俺は短剣を抜いてベヒーモスの姿を見据える。


「とにかく聖王様の依頼なんだ。罪を見逃してもらったし、やるだけのことはやって来るよ」

「私もやらないとは言ってないから。おにぃのためにも頑張るし」


 義姉ちゃんはモモちゃんの言葉に頷き、二本の杖を手に取る。

 義母さんもうんうん頷いてはいるが……この人は何もできないだろうな。

 でもいてくれるだけで、力が湧き上がってくる。


 勝つ。

 どんな相手だろうと絶対に勝つ。

 それから皆とこれからも一緒に暮らしていく。


 俺はベヒーモスに向かって走り出した。

 相手は俺に気づき、大きな図体をこちらに向ける。

 しかし本当にバカでかいな……

 足だけでも俺より大きいぞ。


 そして大きな体からは想像できないほどの速い動き。

 ズシンズシンと音を立てながら、虎のような素早い動きでこちらに接近して来る。


 相手の『力の扉』を閉じようと試みるも、技能は発動しない。

 どうやら近づかないと相手の扉を閉じれなさそうだ。


 俺は緊張感を覚えつつも、ニヤリと笑う。

 これぐらいの相手なら、バトルマギの性能を試せそうだ。

 あれからさらに魔石を喰わせたことにより新たな性能に目覚めた俺の短剣。

 俺は走りながらその力を解放する。


「【疾風】」


 俺の走る足が加速する。

 まさに風のような速度でベヒーモスの背後まで回り込む。


「おにぃ! 速いね!」


 感嘆の声を上げるモモちゃん。

 俺は彼女の声を耳にしながらベヒーモスの後ろ足を斬り付ける。

 ダラッと血を流しはするが、問題なく動いてみせるベヒーモス。

 

 こちらに振り返るベヒーモスではあるが、俺は【疾風】により加速した速度で再度後ろ側に回る。


「これだけ近かったら『扉』は閉じられるんだぜ!」


 ベヒーモスの『力の扉』を閉じてやると、相手の動きが格段に遅くなる。

 モモちゃんはそのタイミングで飛び上がり、ベヒーモスの背中を包丁で切りつける。


「グオオォオオオオォオォォ!!」


 痛みに咆哮を上げるベヒーモス。

 さらに俺は後ろ足を斬り付けていく。

 先ほどと比べて、防御力も低下しているようで、今度は大きなダメージが通り、ベヒーモスは立っていることを維持できなくなり、その場に倒れてしまう。


「お姉ちゃん!」


 ベヒーモスから飛び退くモモちゃん。

 義姉ちゃんは杖で絵を描き、巨大な虎を生み出した。


 レベル1の魔術と比べて、圧倒的な魔力と力強さを感じる。

 大きさもベヒーモスに勝るとも劣らない物を生み出した。


 義姉ちゃんが杖でベヒーモスを指すと、炎で創られた虎は口から燃え盛る息を吐き出す。


「おっと」


 俺も巻き添えを喰らわないように、咄嗟にベヒーモスから離れる。

 燃え盛る息の直撃を喰らうベヒーモスの体は炎上し、熱さと痛みにジタバタとその場でもがき苦しんでいた。

 徐々にその動きは緩慢なものになっていき、そしてとうとうピクリとも動かなくなってしまう。


 モモちゃんは包丁をしまい、あっけなさに微妙な表情を浮かべる。


「想像以上に強そうだったけど、想像以上に弱かったね」

「それだけ俺たちが強くなったってことだろうな」

「凄い凄い! 私の子供たちは最強だぁ!」


 ピュンピョン飛び跳ね、全身で喜びを表現する義母さん。

 義姉ちゃんも嬉しそうに笑みをこぼす。


 俺も短剣を腰にしまい、皆に笑みを向けた。


「動くな」

「え?」


 俺たちは突然聞こえてきた声の方に視線を向ける。

 女の声だ。

 女の声が、木の上から聞こえて来る。


 近くにいくつか生えている木。

 そのうちの一本の上に、耳の長い女性が弓を引いてこちらを睨み付けている。


「誰?」

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