第5話 マードリック一家

「おにぃ。あーん」


 昼食を用意してくれたモモちゃんが、スープをすくって俺の口へと運んでくれる。

 俺は抵抗することなく、それをパクリといただく。


「うん。美味い」

「当たり前じゃん。おにぃのために作ったんだし」


 ニカッと歯を見せて笑うモモちゃん。

 とてつもない可愛さだ。


 モモちゃんはなぜか俺のことを甘やかそうとしてくる。

 今も俺に全てを食べさせようとしてくれるし。

 昔っからだから俺も慣れ過ぎて、さも当然のように受け入れてしまっている。


 食事の量はちょうどいいぐらいだ。

 俺の適量を把握しているモモちゃんは、いつも満腹手前ぐらいの量を出してくれる。

 もう何もかも掌握されている気分だよ。


「ごちそうさん。美味かったよ」

「でしょでしょ。じゃあ皿洗ってくるからちょっと待っててよ」


 サッと無駄の無い動きで皿を回収し、洗い場へと運ぶモモちゃん。


 家の中は狭く、物も必要以外の物は大して置いていない。

 窓ガラスにはヒビが入っているが……これは買い替えるお金がないとかそういうことではなく、とある理由があってヒビが入ったまま置いている。

 木製の白いテーブルに席が4つ。

 奥の扉の先には、寝室があるのみだ。

 本当に小さい家。

 だけど、大きな愛が詰まった大切な家だ。


「ほら、おにぃ」

「ん? ああ」


 食器の洗い物を済ませたモモちゃんは俺の隣の席につき、自分の太腿をポンポンと叩くながらそう言った。

 俺は横になり、モモちゃんに膝枕をしてもらう。

 柔らかくていい匂いがする。

 さらにモモちゃんは耳掃除をやり始めてくれた。

 とにかくモモちゃんは、俺に甘えさそうとするのだ。

 

「冒険者ってどうなの?」

「んん……まぁ普通かな。あんまり鍵開ける機会も無かったし」

「相変わらず鍵好きだねぇ」

「ああ」

「私も相変わらずおにぃのこと大好きだけど」

「俺もモモちゃんのこと大好きだぞ」

「嬉しい。ありがと」


 嬉しそうに歯を見せて笑うモモちゃん。

 耳掃除を終え、仕上げにふーっと息を吹きかけられ、ゾワッとなんともいえない快感に背筋が震える。

 さらにモモちゃんは俺のくせっ気の髪を撫でながら話を続けた。


「今日はお休みなの?」

「いや。クビになった」

「はぁ!?」


 耳元で怒声を上げる彼女。

 あまりの声の大きさに耳を抑える。


「なんでクビになったの!?」

「鍵しか開けらないからいらないんだってさ」

「……そいつらアホだね、アホ。おにぃのこと、何にも分かってない」

「俺のことを分かってくれてるのはモモちゃんたちだけだよ」

「そんなの当たり前だけどさ……ま、もういいんじゃない? 後で泣き見るのはそいつらだろうしさ。おにぃはもっとおにぃのこと分かってくれてる人と仕事するべきだよ」

「そんなの家族以外いないだろ?」

「……だったらさ」


 モモちゃんは俺の耳に口を近づけ、優しい声で言う。


「私らと仕事する?」


 またゾクッと背筋が震える。

 俺はモモちゃんの言葉に少し悩んでいた。


「うーん……だけど、皆を危険な目に合わせたくないしなぁ」

「おにぃがいたら大丈夫じゃない?」

「うーん」

「私たち、最初っからそうしようって言ってたのに、おにぃが嫌がるから」

「だからさ。俺の一番大事な家族を危険な場所に連れていきたくないんだよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ」


 ギュッと俺の頭を抱きしめてくれるモモちゃん。

 やっぱり俺の義妹ちゃんは良い匂いがするなぁ。


 その時、ガチャッと玄関の扉が開き、一人の女性が家へと入って来る。

 入ってくるというか、帰宅してきた。


「義姉ちゃん。おかえり」

「!!」


 俺の義姉、メルト。

 闇のように真っ暗な髪はお尻の辺りまで伸びており、烏のように黒い服を着ている。

 胸はそこそこあるようでゆったりした服の上からでもその膨らみがハッキリとしている。

 腰には小ぶりの杖を二つ装着しており、魔術師然としている義姉ちゃん。

 しかし町の皆には呪術師なんて揶揄していることを聞いたことある。

 表情も暗く、皆は怖がっているようだが、俺は美人な彼女が大好きだ。

 次、義姉ちゃんのことを悪く言うところを見たら、絶対にぶっ飛ばしてやろうと考えている。


 義姉ちゃんはあまり言葉を喋らない。

 頬をほんのりと紅くして、そそくさと俺の下へと走ってくる。

 俺はモモちゃんの素晴らしい太腿から離れ起き上がり、彼女を迎えた。


 義姉ちゃんはモモちゃんとは逆に、とにかく俺に甘えたがる。

 俺の膝の上に座る義姉ちゃん。

 彼女の頭が目の前にあり、優しく頭を撫でてあげる。

 彼女はモモちゃんと違って、フェロモンを含んだクラクラする大人の匂いがした。


「…………」

「ん?」


 顔を振り向かせ義姉ちゃんは何かを喋ったようだが聞き取れなかった。

 耳を近づけると、ポッと紅くなった顔でボソッと囁く。


「――――」

「ただいま!」


 義姉ちゃんは消え入りそうな声で「おかえり」と言ってくれた。

 そのまま嬉しそうに柔らかい体を左右に揺する義姉ちゃん。


「びええええええん!!」


 窓ガラスにまたビシビシッとヒビが入り出す。

 モモちゃんがため息をついて手で顔を抑える。


「また泣いてるよ、あの人」

「みたいだな」


 俺は苦笑いしながら、帰宅するであろう彼女のことを玄関で出迎える。

 

「うえええええええええん!」


 扉を開いて、家へと足を踏み入れる子供のような小さな女性。

 だが彼女はれっきとした大人だ。

 桃色の髪を三つ編みにして、質素ながら可愛らしい服を着ており、猫耳がついたフードをその頭から被っている。

 背は小さいが胸は凶悪なほど大きく、そしてこの通り泣き虫だ。

 今まで大勢の男性から言い寄られるほど、ものすごく可愛らしい容姿の持ち主。

 見た目は俺たちと同年代でも十分通るぐらい若い。

 そんな可愛らしい彼女は俺の義母――ミリーだ。


「どうしたんだよ、義母さん」

「ムウちゃ~ん。またお仕事失敗しちゃったぁ」


 そう言うなり彼女は俺に抱きついてきた。

 俺は義母さんの体を抱きかかえ、頭を撫で続ける。


 俺の義母のはずなのに、これじゃどっちが親か分からないよ。

 いつも泣いてばかりいる彼女をなだめるのは、昔から俺の仕事だ。


 モモちゃんらの方に向いて、俺はもう一度苦笑いする。


 モモちゃんに義姉ちゃんに義母さん。

 これが俺の一番大事な物,、マードリック一家――俺の家族だ。

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