公職冒険者

 特定の個人や団体に専属で雇われている専業冒険者というのは珍しいがない話ではない。爵位持ちの貴族様の中には、領内のモンスター駆除を一任するために、功績ある冒険者パーティを抱えて、領内の自衛の一助としているとか。


 しかし、マダム・フローレンスの提案というのは、ただの雇われと片付けられるほど単純なものではなかった。



「ここ数年は形骸化している制度になったが、臆病者の貴族様が雇うのと同じように、役所(オフィシャル)も冒険者を雇用することがある。都度に適任の野良――ギルド所属のパーティを募ることが多い。だが、都合により現役を引退した元冒険者や、パーティを解体した歴戦冒険者を役所側が専属として雇い入れることがある。私らは『公職冒険者』と呼んでいるがね」



 マダムはメモ帳に数字を書き入れつつ、視線を下に向けたまま話を続ける。



「冒険者とは名ばかりの、役人の飼い犬さね。だが、扱いは通常の冒険者ではなく、役人とほぼ同等の扱いを受ける。高等教育を受けなくても役所勤めが出来るので志望する無知な若者が時たまいるが、ほとんどが仕事のキツさに音を上げて辞めていく。そんなのが続いたんで公職冒険者を募ることもほとんどなくなったのさ」



 メモ帳への書き入れが終わったのか、マダムは静かにペンを置いて再び私達の方に視線を向ける。



「仕事を選ぶ権利もない。役所――つまりは案内所(ココ)から仕事を押し付けられるだけだ。おおよそが誰もやりたがらない貧乏クジ。バカ共が集った初心者パーティの救助だったり。僻地の害獣(モンスター)駆除だったり。下水道の修理工事を頼んだこともあったかね。まぁ、『何でも屋』さ、つまりは。その分、基本給に歩合を上乗せする形で給料だけは馬鹿高い。危険手当を含んで一ヶ月に10件を請け負った場合の概算はこんなもんだ」



 メモ帳に書かれた数字――一ヶ月の推定給料を見て、私は呆気にとられた顔。ミウにも耳打ちで数字を伝えると、ミウは叩きつけられたカエルのような顔をする始末。はっきり言って、望外だった。望外が過ぎるほどに。



「『黄金竜』の半年分の稼ぎを一ヶ月で……」

「学院の高い学費が二ヶ月で賄える……」



 私達の様子を見ながら、鼻を少し鳴らしてマダムはメモ帳を折り畳む。



「それだけさ。公職冒険者のいいところと言えばね。まぁあんたらの場合は、加えて『冒険者として活動できる』っていうのがメリットだろうね。そもそもパーティの作成には最低四人の人員が必要になるし、スピカの言うとおり、リーダー免許も必要になるさね。だが、公職冒険者にはそんなハードルなんてない。役人の私兵みたいなもんだからそらそうだ」

「私とミウの二人だけでも、冒険者として活動できる……」

「悪評が風に流れているアンタと、目の見えないアンタの二人に釣られてくる人間もいないだろう。リーダー免許を取得できたとしてもパーティが組めるとは到底思えないね、私は。だから選ばせてやるっていうんだよ」



 私達がマダムの言葉に何かを返そうとするが、マダムはそれを跳ね除けるようにテーブルから離れて奥の部屋に戻ろうと背を向けていた。



「明日にでも返事を聞かせてもらうとするよ。あいにく暇じゃないんでね。精々悩むといいさ。若いもんを悩ませるのは老人の仕事みたいなもんだ」



 考える時間をくれたみたい。だけど――私は、これだけは確認しないと、悩もうにも悩めない。そしてミウの顔を見るに、その気持ちは同じらしい。



「マダム! 最後に――なぜ……なんで、私とミウに、そんなお話を?」

「話を聞くに、この制度は私達のようなノービスに無縁な話のはず。なぜ、マダムはねぇねと私を雇い入れようと?」



 マダムはこちらに背を向けたまま、また少し鼻を鳴らして。当然のことを言い切るように呟いた。



「使えるペンにインクを差さないのは、文字を書くのも忘れた無学の動物がやることだ。忘れてないつもりさね、私は。ペンの選び方も、文字の書き方も」



 私には、はっきりと心得られなかった暗喩表現(ポエム)だったけど。伝えたかった意味はそれとなく伝わった気がする。



「返答になってない……」



 申し訳ないけど、ミウの言う事も最もだと思った。




   □ ■ □




「私はねぇねの選んだ方を選ぶ」



 案内所からミウが下宿をするというゲッタウェイへと車椅子を押して帰路についていた中、ミウが当然のことを言い切るように突然。ミウはこう言うと思った。ミウは私が迷っていたりしていると、いつもこうやって暗に背中を押してくれる。



「ねぇねは受けるつもりだよね。今回の話」

「……うん。まだ、少し迷ってるけど」

「ねぇねは決断力があるのかないのか、たまによくわからなくなる」



 それはきっと、私が有無を言わさず突っ走る時はきっと私が必死になってるだけで、本当の私は迷ってばっかりだからかな。そんな私だから、ミウはいつも私を肯定してくれる。

 だから迷っている。私は、ミウにまた甘えてしまうのか。



「私だけなら、きっとすぐに返事が出来た。だけどミウは、ほんとに強いから。スピカさんはああ言ってたけど、きっとすぐにパーティも見つかるはず、だと思う。なのに、私に付きあわせちゃってほんとにいいのかなって」

「それはねぇねも同じ。ねぇねが頑張れば、悪い噂なんてすぐ吹き飛ぶに決まってる」

「でも私、光ることしかできないし……」

「何言ってるの。ねぇねは私より強いから」



 やっぱり、ミウは私に甘い。とても難しい魔術学院の入試に、成績優秀者の奨学生として合格したミウより強いなんてことあるはずないのに。ミウは、私を勘違いさせることに関しても天才的だ。



「あと、私がここに来た理由も忘れてる。私はねぇねを追いかけてここに来た。ねぇねと一緒に同じことをやる――それ以外にはまったく興味がない」

「いいんだよ? 私に合わせてくれなくても」

「違う。学院生として、ねぇねから離れて生活して分かった。やっぱり、私にはねぇねと一緒じゃない生活なんてありえない。こうやって、ねぇねに車椅子押してもらってることが、私の代わりない幸せ」



 実を言うと、ミウは車椅子に乗ってはいるものの、魔術学院で魔術を勉強した今ではミウは普通に歩きまわって生活が出来る。魔術学院には魔術による『身体強化(エンハンス)』を学びに行ったのが目的の半分だったりするらしい。

 だけど私が居る時は、昔のように車椅子に乗って生活したいのだという。この車椅子は、ミウにとっての特等席なのだとか。


『世界が暗くて歩くのが怖いなら、私がずっと近くにいるから』


 昔の昔、泣きながら私はそんなこと言ってミウを車椅子に乗せたよね。

 車椅子をプレゼントした本人にとっては嬉しいけど、邪魔になったら降りてもいいんだからね。



「だから。ねぇねが公職冒険者になるなら、私もなる。時間をかけてでもパーティを探すなら一緒に探す。もし、村に帰るなら私も帰る。私からは以上」

「そっか」



 そこまで言われたなら、ミウの考えは動かせない。ミウは私と違って、とても意志が強い。私が決めること、それがミウにとっての絶対で、ミウにとっての幸せに繋がるなら――



「私、まだ迷ってる。マダムは、とても厳しいお仕事だって。そんなお仕事に、私がついていけるのかって。不安だけど――」

「だけど、やってみたいんだね」

「うん。お金が稼げるなら、私の『目標』にも近づくし。誰かの役に立てるならなおさら。それに……ミウが一緒なら、出来るかもしれないって思っちゃう。やっぱり、ミウは私を勘違いさせちゃう天才だね」

「いいよ、それで。ねぇねはきっと多少勘違いするぐらいがちょうどいいから」

「じゃあ、勘違いしてみようかな、もうちょっとだけ。マダムのお仕事で、その勘違いがどこまで続けられるか」



 意外とひどいことを言われている気がするけど。ミウにとっては褒め言葉なんだと思う。


 「勘違いしてみる」だなんて、『黄金竜』で働いていた時は絶対にそんな発想が浮かばなかった。こんな風にミウとお話をしているせいなのかな。そんな風に思うと、なんだかよくわからない笑いが漏れてしまい、変な笑いを浮かべてしまう。



「ねぇね、変な笑い方」

「んふふぇ……! ううん、違う、違うのっ。なんだか、ミウとこうやって一緒に歩きながらお話してたら、やっと『普通の私』に戻れたのがちょっとおかしくて……!」



 『黄金竜』に居る時も、歳も近くて同じ女の子のティスアちゃんとお話することはあった。だけどやっぱり、役立たずと罵られている私と違ってティスアちゃんはとっても強くて。そんな相手に「普通」で接することも気が引けた。自分ではそのつもりはなかった。だけど心の知らないどこかで私は「普通」を押し込めていたんだ。

 リーダーに怒られるのが怖くて。怒られないように、迷惑をかけないようにと。そう考えながら働いているうちに、私は「普通の私」を忘れてしまっていたのだ。と、ミウと再会してから気づいて。笑い飛ばすしかないのかなって思って。



「ねぇね……疲れてるね。さっさと帰って寝よ?」

「疲れてないよー。疲れたのはずっと馬車に乗ってたミウの方」

「うん、疲れた。だから一緒に寝る」

「そっか。一緒に寝ないと、許してくれないんだったもんね」

「そうだよ。今日だけじゃない。ずっと、ずっとだから」

「……あ、でもミウって下宿してるから。どうしよう、私、ゲッタウェイの店長さんに許可もらってない」

「さっき店を出る前にとっくに許可もらってるから」

「え、いつの間に」

「営業後のお片づけと、朝の準備のお手伝いが条件だけど。そういう契約。あと、一緒の部屋でよかったよね。『借りてる部屋は一つだからその中なら好きにしろ』って言ってもらった。ちなみに借りてる部屋はお店の二階。店長のお家は別の所にあるから、多少うるさくしても大丈夫だって」



 ミウはともかく、あの無口な店長さんにもそんな素振り一切なかったのに。そういえばミウが「魔術学院に入学する」って言い出した時も、言い出された時にはもう魔術学院の教師からの推薦状を受け取った後だったことを思い出した。ミウはいつだって先手を打って準備をしている。そんなところもミウは強(したた)かだった。



「ねぇねを逃がさないためにはなんだってする」

「だって、じゃないとミウが拗ねちゃうもんねー」

「拗ねない。寂しくて死ぬだけ」



 そう、ミウは人より強かだけど、誰よりも私に子供っぽいところを見せてくれる。


 ほんの少しだけ、車椅子を押す足を早足にしてゲッタウェイへと帰っていこう。ゆっくりする必要なんてない。帰り道が終わっても、ミウと私は一緒なんだから。

 明日からきっと忙しくなるのだから、今日の内にゆっくり休まないと。

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