別れと再会

 今にも酒場から蹴飛ばされそうだった私をティスアちゃんとリョーさんが庇ってくれたので、パーティで借りている宿にもう一晩だけ寝ることができた。けれど『黄金竜』のメンバーとしてここで過ごすのも今日でおしまい。

 誰も起きていないであろうまだ薄暗い早朝。誰にも見られない内に宿を出ようと荷物を背負って扉を開けると――そんな私の行動を見透かしていたかのように、ティスアちゃんとリョーさんの二人が待っていた。



「ほんとに出るノカ?」

「うん。……私、“ランタン”だから。暗闇でもなければ、私はいらないよね」



 私なりに気丈に返したつもりだけど、リョーさんは私の内心も理解してくれているかのように優しく見つめている。イラさんも少しだけリョーさんを見習ってくれたら、もうちょっとだけ女の子からモテると思うんだけど。



「お願いだから戻ってよ。やっぱり、ソーラが解雇だなんておかしいでしょ。常識的に考えて。リーダーには私からいくらでも頼み込んで――」

「ダメだよ。パーティリーダーが認めてくれないとダメだっていう規約だもん。そんなことしたらティスアちゃんも解雇されちゃうよ」

「私は別にあいつのパーティだからいるわけじゃない! リーダーの奴、したり顔で『代わりの斥候を連れてくる』だなんて昨日言ってたけど、常識的に考えてソーラより優秀な斥候が用意できるだなんて、とてもな話だわ」

「リーダーも言ってたけど……私の出来ることなんて、光ること以外は誰でも出来ることだから」



 厳密に言うと、私の魔法は「光るだけ」でもない。しかし、冒険者のように他人との連携を最重要とする仕事においては、使いづらいのが実情だった。だから私も「ランタン」としての仕事以上をしないほうがいいんだ、と思っていた。

 ティスアちゃんも昨日の夜、酒場の出来事の後から部屋にも内緒で来てくれて。ずっと私の心配をしてくれていた。「解雇を撤回させよう」って何回も私を説得してくれて。ついには「薬を使って脅迫しよう」なんて口走った時は焦ったけど。ティスアちゃんに危ない橋をわたってほしくないという気持ちも少々あって結局はこうしてパーティ離脱という形になってしまった。

 それに――



「それに、ティスアちゃんもリョーさんも、強くて、優しくて。私と違って、誰かの役に立てる人たちだから。冒険者、辞めてほしくないかなって」



 一度入ったパーティを抜けると、冒険者の間での評判は個人差があれど多少悪くなるのが必然らしい。バツが付くと、色んな噂が流れて、他のパーティに入ろうとしてもすんなりと受け入れられにくい傾向だと案内所の人も言っていた。私にはきっと『光ることしかできない役立たず』という噂が流布されるのだろう。


「じゃあ…………行くね。ごめんなさい。どうかお元気で」



 この二人の気まずい顔を見たくない。私がこの二人の優しい気持ちを痛めてしまっているのだから。名残惜しくつい歩みの途中で二人に振り向いてしまうが、それを振りきって足早に立ち去る。



「――私はソーラを役立たずだなんて思ったことないから! 常識的に考えて!! ……辞めないでよ! 冒険者!!」



 ティスアちゃんのその言葉は、本音で言ってくれてたのかな。最後の慰めだったのかな。どちらにしても、私には『黄金竜』で過ごした中での優しい記憶として残ってくれた。




   □ ■ □




 朝市が稼働し始めて人の活気が出始めている商店街の喧騒の中で、行く宛もない私は途方に暮れていた。

 ティスアちゃんにも心配をかけてしまう訳だ。そもそも帝都に来てすぐに冒険者として『黄金竜』に所属することとなった経緯もあって、帝都に働く宛も住む宛もない状態なのだ。一応冒険者として働いた時の貯蓄があるので一ヶ月程度ならば生活に困らないだろうけど。、それでも所詮は一ヶ月。まずは働く宛を見つけないといけない。

 そう考えると、もしかしたら、イラさんがドンファ通りに働く宛を教えたのもある種の優しさだったのかもしれない。宛もない帝都外の女の子がそういうお店で働くのもよくある話だけど――それでも、私にはやっぱりできない。きっとそういう店には、イラさんみたいな「男の人」がいるだろうし。


 手先の器用さはイラさんにも認められてたし、どこかのお店で内職として雇ってもらえないかな――そう考えながら歩いていると。

 朝市の喧騒が、よく見ると広場の方により集中しているのが見えた。何かの催事でもやっているのかと思うほどに人が集まっている。喧騒の中からこんな話も聞こえてきた。



「ガルネリウス子爵が単独でジェヴォーダンを狩ったのか!?」

「さすが武闘派として名高いガルネリウス子爵様だ……!」

「不自由な女の子を救うためにジェヴォーダンに立ち向かったという。やはり“救国剣子”と称されるだけある」



 ジェヴォーダン、という単語に耳が反応する。ヴォーダンの群れならともかく、ジェヴォーダンが単独で駆逐されるというケースは珍しい。それこそ、巣や群れを失ったジェヴォーダンでもなければ――

 もしかしたら、という気持ちで脚が動いて、器用なだけの身のこなしで人混みの合間を縫っていくと。広場には、首だけがなく、剣の傷さえ見えないような、綺麗なままのジェヴォーダンの死体が台車で運ばれている様子が見えた。あのサイズ、間違いなくあの時逃がしたジェヴォーダンだった。

 これであの巣のヴォーダンは駆逐できた。それを確認できてホッと安堵したのも束の間。貴族鎧に身を包んだ若い男の人と話しているのが――



「ミウ!? なんで帝都に!?」



 帝都より少し離れた学都にある魔術学院に行ったはずのミウ――私と同じ村で育った幼馴染が、変わらず車椅子に乗った姿でそこにあったのだから、驚きも隠せない。

 そして誰よりも耳がいいミウにはこの喧騒の中でも私の声はもちろん筒抜けで。一瞬で私の方に向けて満面の笑顔で手を振っている。疑問がいくらでも浮かぶけど、私も手を振り返す。とはいえ、目の見えないミウには私の姿は見えていないけども。

 ミウのそばにいる貴族鎧の人、おそらくあれがガルネリウス子爵。子爵様が助けた女の子というのがミウなのだろう。救い出されたヒロインとそれを救ったヒーローの二人のツーショットに人の熱はしばらく収まることもなさそう。ミウもしばらく身動き取れなさそうだし、近くに行きたいけどどうしたものか、と思っていた矢先。



≪聞きたいことがあるっていう顔だけど、それこっちのセリフだよ? ソーラのねぇね≫



 耳元で囁かれたように聞こえたミウの声についびくっと身体が反応する。幻聴ではない。確かにミウの声が聞こえた。これも、ミウだからこと出来る超常的な技。ミウの声が周囲の音をすり抜けて私の耳元に直接届けられただけのこと。

 ミウもまた魔法の力――『音』の魔法の使い手なのだから。



≪向こうに『ゲッタウェイ』っていうお店があるから。一時間後にそこで待ち合わせ、でよろしく≫



 口調から察するに、私にとってこの再会は予想外のものであったけど、ミウにとっては望んでいた再会のようだった。

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