私と一緒に

 お食事屋『ゲッタウェイ』の窓際で無口な店長に見守られながらぼーっとしていると、扉の開く音と共に車椅子の動く音が聞こえてきた。



「ソーラねぇね!」

「ミウ!!」



 お互いに姿が見えたなら一目散。店長の目も憚らずお店の中でお互いに抱きしめて再会を喜ぶ。「一日の挨拶は必ずハグから」というミウとの約束も忘れていない。



「なんでミウが帝都に!? 学都にいたんじゃないの!?」

「それこっちのセリフ。いきなり『冒険者になる』って言って村を出たって聞いた時は気絶しかけたんだから。いや、訂正、実際した。一日寝込んだ」

「ご、ごめん……こっちでの生活が安定したらお手紙で報告しようって思ってたんだけど……」

「謝っても許さない。今日からまた一緒に寝ないと許さない」

「うん。……え? じゃあミウももしかして帝都に――」

「当たり前。じゃないと魔術学院も中途退学しない」

「退学したの!? あと1年もしないうちに卒業だったじゃない!?」

「帝都というこの世の辺獄(リンボ)にねぇねを置いてのうのうとお勉強できるはずないから。無理。寂しさで死ぬ」



 矢継ぎ早にお互い話が弾んでいくが、ここはお店の中。まだ他にお客様が居ないとはいえ、無口な店長の視線による訴えを感じ取った私達はいそいそと席に着く。息を整えて喜びと驚きに満ちた気持ちを一旦整理する。



「まぁともかく。帝都に行ったねぇねを追いかけるために学院を飛び出してきたの。ねぇね、冒険者やってるんでしょ? 私も冒険者になるから」



 当然の論の帰結かのようにミウはとんでもないことを言い放つ。



「そんな! 確かにミウは強いし、魔術学院に行くぐらいだけど……冒険者ってとっても危ない仕事だよ? 今朝だってジェヴォーダンに襲われたみたいだし――」

「近くに丁度よく“強そうな子爵(カピターノ)”が居てくれたから色々助かった。それに元々、学院を卒業したら冒険者になるって言ってたのは私の方」

「そうだけど……」

「宿、というか下宿先も用意したし。ゴリ押しで学院退学してきたからもう学院にも戻れない」

「下宿先?」

「『ここ』。学院の時の伝手でここのお部屋を借りることにした。友達のパパがやってるお店」



 店の奥では、無口な店長が棒みたいなものを持ってテンポよく生肉を叩いている。仕込みの最中だろうか。そういえばこのお食事屋『ゲッタウェイ』って予約制で中々席が取れない有名なお店だったようなことを思い出す。



「というわけで私は予定が少し早まっただけ。問題はねぇねの方。前触れもなく冒険者になるだなんて……てっきり村で一番の猟師さんにでもなると思ってたんだけど」

「まぁ色々あって……でも、それも過去形というか、ね」

「歯切れが悪い。さては何かあった?」

「……ごめん。私、今日から冒険者じゃなくなっちゃった」



 ある意味サイアクのタイミングで再会してしまった、なんて思ってしまいながら、私は今日に至るまでなにがあったかをゆっくり語り始める。




   □ ■ □




「なるほど。つまりねぇねは節穴のど阿呆から解放されたということ」

「ど阿呆ってそんな……」

「阿呆だよ。『使える斥候』がどれだけ貴重か分かってない。魔術学院は冒険者志望も多いから自然とそういう話が耳に入るけど。他の役職と比べて生存率が低い・離職率が高い・だから誰もやりたがらない。斥候ってそういう仕事なのに」



 私を解雇したイラさんを「阿呆」だなんて恐れ多いのはさておいて。


 ミウの言う事情も身を持ってわかっていた。誰よりも先に危険地帯に足を踏み入れ、後方の仲間たちの安全を確保するのが斥候の仕事。イラさんが「キズが少ないのが斥候」っていう表現も、そもそも傷を負う前に逃げ去って、確実にパーティに貢献するのが斥候の仕事であって、深い傷を負うような事態になるならばその斥候はおおよそ「帰ってくることはない」からだ。


 パーティが崩壊するならばおそらく一番最初に被害を受けるのが斥候であり、生き残るためならきつい思いも率先して受け入れる。そのくせ生き残れるかは運も絡む。故に誰もやりたがらず、途中で辞めちゃう人も多い。だから経歴もない田舎娘の私がイラさんに紹介されたのだろう。冒険者としての経歴はなけれど、現場の経験はあった私が、その時に丁度「使える斥候」であったのだと今は思う。けど、イラさんが欲しがったのは「使える上に強い斥候」だった。



「私がもっと強かったらよかったんだけど……」

「何言ってるの? ねぇねは強いよ。私より。そもそも、『まともに攻撃手段もない』ってその男やっぱり節穴? ねぇねには『光の糸』があるし」



 ミウの言う通り、私には「いざという時」にしか使わない攻撃手段が存在する。私はそれを『光の糸』と名づけている。

 私も最初にイラさんにはもちろんパーティのみんなに『光の糸』について説明した。だけど――



『田舎娘はジョークのセンスもドン臭せぇ』



 ――と、信じてもらうことができなかった経緯がある。ティスアちゃんやリョーさんも小馬鹿にはしなかったけど「聞いたことがない」と概ねイラさんと同じような反応だった。加えて、イラさんの「斥候は目立つな」という方針から、私は探索や囮役、テント設営などの拠点準備といった裏方作業が主な仕事を任されていた。

 その経緯を説明すると、ミウは気が抜けたようにテーブルに項垂れてしまう。



「あぁ、そっか。ここの人たちは『アレ』の概念を存じあげないか……大丈夫だった? 使わないと危ない場面だってあったはず」

「そこは工夫次第というか……。とにかく、みんなの前で『光の糸』を使う機会はほとんどなかったかな。ほかの人に怪我させちゃうかもしれないし。緊急時以外はリーダーの指示がないと『光』を使うのはダメだって言われてたし」

「それを真に受ちゃったのか……。それ抜きにしても、夜目が利いて知識があって、手先が器用でキャンピングもできて、さらに斥候のために生まれてきたような魔法持ちの斥候を手放すとかやっぱりそのイライラ男はど阿呆」

「私達の村ならそこまで特別でもないと思うけど……」

「違う。私達が特別。普通の村の猟師はヴォーダンを一方的に狩れない」

「ふふ。ヴォーダン狩りの時もミウちゃんは頼りになったよね」

「ねぇね程じゃない」



 ヴォーダンを狩りに、隣の村の山まで出向いてキャンプした時の思い出をついつい思い出してしまう。やっぱり、三ヶ月だけでも帝都にいたせいで、若干ホームシックになっていたのかな。村に居た時は、こんなにネガティブな気持ちで心がチクチク痛むなんてことなかったのに。

 思い出話で話の流れが一旦途切れ、一分も経たない沈黙が私達の間で流れていく。なんとなしに話す口も止まってしまった私に、ミウは改めて真剣な顔で見つめてくる。



「――それで、ねぇねはこれからどうするの?」

「どうするって……」

「冒険者。続けるの? それとも村に出戻りするの? ねぇねはまだ冒険者として働けるのはわかってるよね」



 あくまで私は「パーティを追い出された」のであって、冒険者の資格を剥奪されたわけではない。パーティの人事権はリーダーにあるけど、冒険者の資格の剥奪は冒険者の経済的活動を管理する冒険者ギルドのみが行える。活動をする以上はパーティへの所属が必須条件とはなるけど、パーティにさえ参加できれば私はまだ冒険者ができる。それは自分でも理解できていた。



「言っておくけど、ねぇねは冒険者に向いていないわけじゃない。むしろ適性はあるし、実際前のパーティでは役に立ってたはず。ねぇねの気持ち次第では冒険者は続けられる。そもそも、ねぇねは冒険者を続けたいの?」



 その問いを聞いた時、ふと、今朝のティスアちゃんの言葉が脳裏に過る。



『辞めないでよ! 冒険者!!』



 その言葉が頭から離れないということは、私はそもそも「冒険者を辞めたくない」ということ。



「――冒険者は、続けたい。誰かの役に立てるし、誰かを助けられるかもしれないし。それに、『目標』だってまだ終わってない」

「なら、やろ。冒険者。もちろん、私と一緒に」

「だけど、脱退――それもパーティ追放経験のある冒険者は他のパーティに再就職しづらいって聞いてて」



 また冒険者をやる、という選択肢が私の中にはなかった。それがこの裏事情、と言うよりかは冒険者業界の暗黙の了解みたいなものの存在故。

 その当人によるトラブル、あるいは前に所属していたパーティと発生する摩擦などを避けるために、俗にいう『バツ持ち』の冒険者が他のパーティに転職するというのは珍しい話となっているそうだ。

 冒険者ギルドの規約により、冒険者として活動するには必ずどこかへのパーティへの所属をしなければならない。



「ミウは魔術学院にもいたし、パーティに入るのには困らないと思うよ。ミウは強いし。だけど私と一緒ってなると、二人同時に参加するのは――」

「それについては考えたことがある。――ねぇね、新しいパーティを作る気はない?」

「――へ?」



 ミウの発案は、考えたこともなかったけど、私よりアグレッシブなミウらしい発想だと思った。

 それが実現可能か疑わしい無謀なアイデアであるということはさておいて。

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