計画の頓挫

「すいません。条件要項を達していないので、今すぐに認定をするわけには……」

「予想外だった……まさか『中退』と『卒業』でこんなに格差があるなんて」



 行動派なミウにあれよあれよと連れてこられたのは冒険者の案内所。冒険者の資格認定やパーティの認定は冒険者ギルドと業務が分化されており、案内所に行く必要がある。それはもちろん『パーティの脱退者』についても同じで――



「けれど驚きましたよ。つい二時間前ぐらいに『黄金竜』のリーダーさんが急にソーラさんの脱退届を叩きつけてきたんですから。紹介した時にはこれ以上に丁度いい人はいないと思って自信アリの優良人事だと思ったのですけど脱退理由には『職務怠慢』『実力不足』と心当たりのない記述がありましたし。案内所だって紹介した以降もちゃんとギルドの記録を遡ってそれ以降の動向を確認するんですけどギルドはもちろんヘルプで一時的に合流した他冒険者の方からの評判も良好で。理由不合理で一時的に脱退届の受け取りを拒否しようとしたんですけどあの人ひどいんですよ! 急に小銭を握らせたと思ったら『役人さんの考えることはわかってるんだよなぁ』ってやらしー顔で脱退届の受取拒否を受取拒否してきたんです! 男爵様の次男坊様ということもあってギルド上層部にもコネがあるせいか所長は素直に脱退届を受け取るし! 何より私が賄賂を要求するがめつい性格だと誤解されたこと! 私は財布も寒いし胸も小さいし背もちっちゃいけど! 器だけはおっきい様に生きてきたつもりです! むしろクレームの種であるあの人こそ更迭対象にするべきな気がするんですけど! 賄賂ですか! 賄賂を渡せば人事部も動いてくれるんですか!!」



「スピカさん! ……説明の続き、お願いします」

「――失礼いたしました。話が長いのが私の悪い癖」



 案内所の名物看板娘であるスピカさんの、既に長い長くなりそうな話を程々に抑えつつ説明の続きを促す。先ほどミウが言っていた格差というのも――



「改めて説明します。まず、パーティの作成には、冒険者免許とは別に『リーダー免許』が必要になります。ですがリーダー免許の取得には、冒険者としての勤続一年以上と、ギルド長からの推薦状が必要になるんです。それが一般的なルートなんですけど」

「それは把握していた。そして、『魔術学院を経ていれば即時に冒険者免許とリーダー免許を取得できる』と認識していた」

「厳密には『魔術学院の入学証で冒険者免許が、卒業証でリーダー免許も即時で受け取れる』ということになります」

「つまり中途退学した私は――」

「本日から冒険者として活動は可能ですが、リーダー免許に関しては別となります」



 ミウがテーブルに突っ伏す。ゲッタウェイであれだけ自信満々に予定していた計画があっけなく潰されてしまったのだから、項垂れたくもなるだろうけど。

 もちろん、スピカさんの説明の通り、まだ冒険者として三ヶ月しか活動していない私も例外ではない。



「それで案内嬢としては他パーティへの斡旋を試みたいところですけど……。おふたりとも一筋縄ではいかなさそうなんですよねー」

「私はともかく、ミウも?」


「まずミウさんのパターンですけど、盲目――つまり重度の身体的障害を持つ人は魔術学院の出なれどやはり避けられてしまう可能性が高いです。一応、学院が出した資料には『冒険者活動に支障なし』とわざわざ特記されているぐらいですし、本当に問題ないとは思うんですけど」

「うん。『音』の魔法のおかげで。人より見えていないけど、人より優雅に歩けるよ」

「ですが、実情とデータではどうしても信ぴょう性に差が生じてしまいます。現場を重視する冒険者であるならなおさらですね。パーティ内で重傷者・死亡者が発生するとリーダーに重大な罰則が課せられるので、やはり生存率に関わりかねない健康状態は……」

「むぅ……やっぱり学院の教師と同じことを言うか」

「例外の例外ですよ。盲目の学院生徒にこんな特記をすること自体。だからこそ判断に困ってしまいます」



 私の時もそうだったけど、ミウについても言いづらいようなことをはっきりと言ってくれるので、スピカさんには信頼を置ける。

 スピカさんの長くてさらに長くなりそうな大事なお話はまだ続く。どうやら話題は私の方に移るみたい。



「次にソーラさんですが――先ほどまで冒険者ギルドと『魔術通信(テレパシー)』でやり取りをしていたのですけど、どうにもギルド内でソーラさんに関して変な噂が流れているみたいです」

「それって多分『私が役に立たない』とかそういうの、ですよね……」

「概ねそのような内容です。加えて尾ひれが付きまわってる形で。『協調が取れず独断専行ばかり』『用意する道中食が不味い』『魔法のせいで視力が落ちた』とか。発生源はどうせ脱退届を出したあのリーダーさんでしょう。信ぴょう性の有無はともかく、そういった噂が出回ってしまっている以上、今すぐに新しい就職先を見つけられるかは……」



 その事実を聞いてしまって、心にずっしりとした重い感情がのしかかる。

 協調が取れずに独断専行は、最後の仕事のことを言っているのだろう。だけどあの時、誰よりも早くに走り出していなかったら助けられなかった命があるから、反省はしているけど後悔はしていない。

 道中食が不味いというのは、どうなのだろう。村のみんなには好評だったし、ティスアちゃんやリョーさんも美味しいと言ってくれていたけど、単純にイラさんの味覚に合わなかったのかもしれない。田舎臭くてレパートリーが少ない、というのは事実ではあるし、反省点かもしれない。

 魔法のせいで視力が落ちた、という話は、事実であってほしくない。ちゃんとそういうことがないように気をつけていたはずだけど、もし事実であったなら、私は耐えられないかもしれない。



「その野郎の眼球を破裂させてマジで見えなくしてやろうかしら……」

「ミウ! 冗談でもそんなこと言っちゃダメ!」

「言ってダメな冗談を先に言ったのはあっちの方」



 ミウの本気で怒りを感じた気配に後ろ向きな思考も吹き飛んでしまう。ミウは昔から、私に関してのことで私以上に怒ってしまうから。それもきっと、ミウは他の人の痛みとか悲しみに敏感なせいだろう。

 

 ともかく、結論としては、今すぐ冒険者として本格的に活動するのは、私達二人共に難しそうであるというシビアな事情であった。



「御存知の通り、定期的なボランティアへの参加を条件に、活動をしていない・または出来ない冒険者へ案内所から生活物資と少額のお金をお渡しする生活保護制度があります。これらの問題は時間が解決してくれる可能性もありますし、こちらでも受け入れを申し出てくれるパーティを引き続きお探ししますので。今日はとりあえず生活保護で必要な書類を――」



 スピカさんが申し訳無さそうな顔で記入書類を探そうとしていた。その時のことだった。案内所の事務室の奥からおばあさまの声が聞こえてきたのは。



「なら雇われってのはどうだい? あぶれたノービス共」


「マダム・フローレンス!」

「ああどうも。ドブネズミの味を知ったような顔で戻ってきたわね。田舎者ソーラ」



 マダム・フローレンスと呼ばれるおばあさまは、冒険者案内所の所長をしているお方だ。少し毒のある言葉遣いが特徴で、そのせいで普通の人はあまり近寄りたがらないみたいだけど、私は上京したての時に色々お世話になったこともあって、お世話になった後も時折お話をしている仲だ。



「……このいかにもな偏屈さが滲み出ている語り口調。一発で噂のあの人だって分かった。貴方様が所長のマダム・フローレンスですね」

「学院で過ごしてたなら、あっちで散々私の悪口を聞かされているだろう」

「おかげさまで。元魔術学院の校長であるあなたの話はイヤというほど。――ミウといいます。学院を中途退学したこの愚か者、どうかお見知り置きを」

「媚びを売る相手を判断できているのは評価してやろうかね」

「それでマダム・フローレンス。……先ほどの『雇われ』というのは、私とミウに関係のあるお話ですか?」



 マダムはまだまっすぐに伸びた姿勢でゆったりと椅子に座りながら私達を数秒見つめる。宝石の価値を見定めるような真摯な眼差しのまま、静かに頷いた。



「そうだとも。ことごとく間が悪いあんたらに『公職冒険者)』という札(カード)を与えてやろうじゃないかい。あんたらを雇ってやろうって言うんだよ」



 発言に驚いた顔をするスピカさんをよそに、私とは心得ない顔でマダムを見つめた。そしてミウとお互い、知らないワードに心当たりがないことを確認し合った。

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