ランタン

「クソッ!! クソがっ!! 酒がまずい!!」

「気分の問題でしょ。常識的に考えて」



 ティスアちゃんの冷たいツッコミにイラさんがまた怒りの琴線を刺激されたのか、持っていたお酒のグラスを壁に投げ飛ばし粉砕してしまう。イラさんが物を壊すレベルで荒れているのは初めて見た。いつもは酒場の店員さんに八つ当たりする程度だったけど。

 リョーさんが気を利かして酒場の個室を貸切にしたのは正解だったみたい。他のお客さんと喧嘩騒ぎになったりしたら、私じゃ止められないだろうし。



「おい“ランタン”!! それもこれもてめぇのせいだ!!」

「ひぅっ……」



 イラさんの怒りの矛先は私に向けられている。


 ――昼。ヴォーダンと戦っていた時のことを思い出す。

 リョーさんとティスアさんがヴォーダンを順調に倒していき、遅れて合流したイラさんも八つ当たり代わりに加勢してヴォーダン11頭が駆逐されていった。だが残りの1頭、おそらく群れのボスと思われる『ジ級』と分別されるより巨大なヴォーダン、通称ジェヴォーダンが配下たちが倒されたことを察すると一目散に逃げていったのだ。私は斥候としてジェヴォーダンを追いかけていったが、結局逃げられてしまったのだ。


 仕事の内容は『ヴォーダンの巣の調査・及び可能であれば駆除』。ジ級の駆除は別依頼を発布する案件になるので、仕事としては巣の調査さえできれば及第点。ジ級以外のヴォーダンの殲滅ができれば上等らしい。実際、ギルドの受付さんもとても満足気に対応してくれた。

 でも、イラさんの目的は最初からジ級の討伐だった。それは達成できなかったのは事実だった。



「貴様が逃しさえしなければ俺たち『黄金竜(ゴルドラド)』の名前がもっと売れたんだ!! ジ級さえ狩れればやっと雑魚犬(ヴォーダン)以外の討伐依頼も取れるはずだったのに! そもそも独断専行しなければ作戦も予定通りに行えた!! 作戦がうまく行ってればジェヴォーダンも逃さずに倒せたのが、き・さ・ま・がぁ~……!!」



 イラさんがテーブルに怒りをぶつけ、振り下ろした手が料理の空き皿を割ってしまう。イラさんの怒気と迫力で、私は言葉を押し殺されて無言を貫くしかない。一応、暴力が私の身に降りかからないようにリョーさんが無言でじっと見守ってくれているけど。イラさん曰く素手の勝負ならリョーさんに負けないと言っていたし。何よりこのイラさんの雰囲気が、私の苦手な「男の人」そのものだった。



「はいティスアから反論。作成途中だった煙幕をばら撒いちゃったせいでまともに追跡できる状態じゃなかったでしょ。あれ、リーダーの指示だよね」

「おかげで雑魚ヴォーダンも楽に倒せたじゃねぇか! それにジ級を逃がさないようにするための煙幕だろ!!」

「調合途中だった上に使用用途が予定と違うからうまく機能しなかったのよ、常識的に考えなさい」

「私が、もっとうまくジ級を誘導できてたら……」



 私が煙幕の届く範囲までもっと上手にジ級を惹きつけていれば。そうすれば感覚器官にダメージを受けたジ級を討伐できていたのだろう。実際、人命救助のためとはいえ独断専行をしたのは事実だから。イラさんを怒らせているのは、間違いなく私のせいだった。



「ああそうだ! そもそもテメェはなんで俺のパーティにいる! 俺は多額の金と家の人脈を使って、この帝都で注目株のルーキー冒険者をくれと要求した! ルーキーの中でも『一番賢い魔術使い』『一番強い武術使い』『一番使える戦術斥候』の3人だ! んでよこされたのがティスア、リョーならまだわかる! なんでぇ!! なんでただの田舎娘が俺のパーティにいる!!」



 イラさんがテーブルに脚を乗っけて地団駄を踏む。



「テメェのできることはなんだ! 言えェ!!」

「ひ、光ること、です……」

「ああそうだ! テメェは“ランタン”だ!! テメェは眼が良くて、人並みに手先が器用なぐらいで、洞窟だったら光らせて暗いのを照らすぐらいだ!! んなことそこら辺の雑魚斥候にランタン持たせたら代わりがいくらでもイんだよ!! まともに攻撃手段もねぇくせによ!!」



 「ヴォーダンの巣に単独侵入して帰ってこれるのソーラぐらいでしょ」とティスアが呟く程度に反論してくれたのが少しの救いだけど。イラさんの言うことも事実だった。


 この世界では、生まれてくる子供が何か一つの特殊な力を持って産まれてくるケースがまれにある。『魔法』と呼ばれるようになったこの力。私に授けられた魔法は『光』。身体を光らせたり、強い光を操ったり。それぐらいしかない。


 暗いところを照らすぐらいしか便利な使い道がない。だから私には“ランタン”という名前が与えられた。攻撃手段もないことはない、が、簡単に使えるものでもなく。さらに、イラさんが「斥候がでしゃばるな」という言葉と共に、許可をもらわずに魔法を使うのも禁止されていた。攻撃はイラさんとリョーさん。補助はティスアちゃん。そして私は調査や雑用、囮など。しっかりとした役職分けがパーティの方針だった。



「最初は貴重な『魔法使用者』だって聞いた時は多少期待はさせてくれたがよぉ……蓋を開けば『光るだけ』なのが魔法だぁ? 火の雨で森を焼くこともできなければ、モンスターを叩き潰すこともできやしねぇ!! トンだスペック詐欺だ!!」



 魔法を使える人は冒険者の中でも少ない。しかし帝都にいる冒険者の中でも有名な冒険者は魔法使用者が多い。故に比較された時のギャップでイラさんをより深く失望させてしまっていたのだろう。


 村に居た時の経験で手先は器用だし、脚の速さには自信があった。帝都に来たばかりの時、それを聞いてくれたギルドの人がイラさんに私を紹介してくれたのが三ヶ月前の話。その頃から特に華やかな経歴がない私にイラさんの視線は痛かった。ティスアちゃんは元魔術学院生の成績優秀者。リョーさんも冒険者になる前は用心棒として有名だった若い傭兵。そして田舎から帝都に上京してきたばかりの何もない私。他の二人が噂になるぐらいの大型ルーキーであったからなおさら比較された。


 今までも何回かいろんなことで怒られた。「仕事が遅い」「ご飯が不味い」「田舎臭い」「気が利かない」とか。けれど今日はついに溜まっていた不満が爆発してしまったみたいで、怒りが収まる様子がまったく見られない。



「テメェ、ほんとに申し訳ないって思ってんだろうな? ほんっとに俺の役に立ちたいって思ってんのかァ??」

「はい……! その、許してくれるなら――」

「なら選ばせてやるよ。役立たずの田舎娘にもデキる仕事ってやつをよ」



 イラさんが胸ポケットから何かが書かれた紙を投げ飛ばしてくる。キャッチして読んでみると、そこには何かの建物の場所を示す荒い書き記し。けど、この場所って――



「ドンファ通りに知り合いがやってる風俗店がある。そこの店長がテメェの面気に入ってるみてぇだから稼いでこいよ。それが嫌ならパーティから解雇(クビ)だ」

「ドンファ通りの風俗店ってアンタ――」



 ティスアがイラさん以上に激昂した様子で私の持つ紙を奪い取って散り散りに破り捨てる。ティスアさんは私より歳下だけど気が強い。イラさんに対抗してテーブルに脚を乗り上げてイラさんを睨みつけている。



「ドンファ通りの風俗店って『そういうとこ』じゃないの!! 身を売れっての!? 常識的に考えられない!!」

「風俗店で金稼ぐのは冒険者なら常套手段じゃねぇかァ。身体にキズもできづらい斥候に女が多いからよく斥候の女共が――」

「それをやるのは底辺のド底辺だけ!! 三ヶ月で酒屋の個室貸しきれるぐらい有名になれたのだってソーラあってのことでしょ! ヴォーダン狩りでどんだけ役に立ってたか――」

「っるせぇ!! ヴォーダンだけじゃねぇだろ俺たち冒険者が狩るのはよぉ!! もっとデカブツ狩ってのし上がるんだ! だが“ランタン”にはヴォーダン狩りがどうせ限界だろ!!」



 ヴォーダンは害獣としては非常に厄介だけど、冒険者にとっては雑魚に過ぎないらしい。だからイラさんにとってはヴォーダン狩りは「小童のやる仕事」という認識らしく。それでも「調査して即日で巣を駆除できる」のはルーキーとしては「よくできている方」って話だったけど。あくまでルーキーの範疇では、ということなんだろう。

 つまり、私という冒険者には「そこまで」が限界。それがイラさんの認識だった。



「身を売るのがイヤならとっとと田舎に帰りやがれ!! 他のパーティにすがりつくのは結構だが――このパーティでできねぇことを他でできると思ってんじゃねーぞ? 貴様はどこのパーティに行っても“ランタン”だ!! さぁどうする!! 初心な田舎娘の看板で身を売るか!! 役立たずがさっさと田舎に帰るか!!」



 ただでさえ男の人が苦手な私には、残された選択肢は一つのみだった。

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