火花の夜:4
「夜警の村人を襲ったのはヴォーダンではない。と」
「はい。私とミウはそう思ってます」
日が傾きかけている時間。剣子隊のキャンプ地ではヴァリウスとソーラ、ミウが合流し顔を見合わせていた。
ヴォーダンの巣を捜索途中だったヴァリウスに突然飛んできた魔術通信。本題は合流してから、ともったいぶられた形で聞かされたため、若干困ったような様子で戻ってみればこの突然な提言である。
どのような経緯でそのような話が浮上したのか。ヴァリウスはまず段階的な説明を求め、ソーラが代表として説明を始める。
「ヴァリウス副隊長は『リーズデビル』というモンスターをご存知ですか?」
「名前は知っている。けど、出会ったことはないな。飛行をするモンスターで、蝙蝠のそれに似た巨大な翼を持つ肉食モンスターだったはず、だよね?」
「はい。姿は翼以外を見るとヴォーダンに似た部分が多いですけど、ヴォーダンと違って、人並みの知能を持っているモンスターです。それこそ、わざと足跡を残して捜査を撹乱するぐらいには。リーズデビルの前足って、ヴォーダンの足とそっくりなんです」
後ろ足は馬の蹄に似てるんですけど、とソーラは付け加える。
「しかし似た足跡を残す、というだけでは証拠としては弱い」
ヴァリウスの発言に、ソーラは「それだけじゃないです、もちろん」と間髪入れずに返す。
「事件現場にいたリクちゃんが、リーズデビルの鳴き声を聞いてたんです」
「高周波で、大人の人の耳には聞こえない声。翼だけでなくて、高周波で仲間と会話をするところも蝙蝠と同じ特徴」
音の専門家であるミウも肉付けしていくように情報を付け加える。ソーラに話の主導権が戻ると、同時に話の軸が「足跡」へと戻っていく。
「足跡が途中で消えたのも、リーズデビルなら納得できるんです。前足だけ足跡を付けて、空に飛んで退散していったのかな、と」
「それについては……確かに。正直、ここまで虱潰しに森を探索して、ヴォーダンの痕跡というのがてんで見つからないのもおかしい、と隊の中でも疑問に上がってきた頃ではあるんだ」
討伐された方のヴォーダンの巣があった南の山の麓はともかく、とヴァリウスは続ける。調査をしたソーラにはもちろん、南の山の麓にはあの巣にいたヴォーダン以外の姿はなかった、と自信を持って断言できる。
だからこそ、ヴァリウスたちは東と西の森に捜索範囲を絞っていたのだが、それにしてもあまりにモンスターの痕跡が発見できずにいた。「本当にモンスターがいるのか」という声さえ浮上していたところであった。
それも、「空を飛ぶモンスターが相手であるのに、地面ばかりを探していたのではそうもなる」という話だ。
リーズデビルは山に潜伏する高地のモンスターであるので、なおさら見当違いな行動だったと言える。
「しかし、モンスターに詳しいんだね。君たち」
「実家がある村だと、弱いモンスターを村の人達で狩ってたんです。帝都からすごい遠い場所だから、冒険者さんを待つのも時間がかかってしまうので」
「リーズデビルの相手も、もちろんしたことがある。夜な夜な空で超音波を撒き散らすものだったから不眠症がひどかった……」
「いつ襲われるかもわからなかったから。村のみんなで退治したんだよね」
ソーラの発言の後にミウが小さな声で「みんなというよりねぇねが無双しただけだけど」とつぶやいていたのはヴァリウスの耳には届いていないようだった。
そしてヴァリウスはある程度納得した様子で頷いていた。モンスターの相手に慣れておらず、リーズデビルを見たこともない自分たちと違い、実際に相手をしたことがある経験者の経験則であるならば、ソーラたちの言葉を信じてみてもいいかもしれない、と思いつつあった。
しかし、仮にそれが事実であった場合が、ヴァリウスには頭痛の種だった。
「ではここはリーズデビルであったと仮定してみよう。しかし――その場合、僕達はとても困ったことになる」
「困る、ですか?」
ソーラの純粋な疑問に、ヴァリウスは若干の気まずさを醸し出しつつ。「情けない話ではあるが」とも続ける。
「僕達はヴォーダンを相手にするものだと思っていたからね。対空モンスター戦用の装備を用意していないんだ」
「そっか。『飛べる』人も、貴重だし」
「魔術による飛行技術を会得している人材もとても貴重だしね。あいにく、剣子隊にはそんな高度な魔術を使う騎士は……」
ミウは合点がいった。飛行できるモンスターには、銃器などがなければ攻撃すらできない。あるいは飛行出来る騎士がいれば直接叩き斬ることもできるが、魔術を嗜む人々の間でも魔術による飛行は超高等技術であり、ごくごく限られた者のみが扱えるものだった。
ミウは「魔術学院でも飛べる人は両手で数えられるぐらいだった」と思い出しつつ。それを頭に言ってから、ソーラでなければ気づかない程度の小さな表情でしたり顔をして。
「なら、飛べるのは私一人ってことになる」
「っ! 君、飛べるのか!?」
「これでも元魔術学院生。加えて、飛ぶことに関してはちょっと自信ある」
ヴァリウスは驚愕した。まさか、冒険者の中で飛行技術を持っている人が、こんなあっさりと見つかるなど思いもしなかった。それもこんな若い少女が。
ミウは自分から自慢することもないが、そもそもミウの年齢で魔術学院に入学していたというのも実は少数派な話なのだ。まさか魔術学院の出だったと思っていなかったヴァリウスは、ミウへ抱いていた「得体のしれなさ」がさらに増幅していくのを感じた。
そしてミウはソーラの腕に抱きついて、今度は明確なしたり顔でヴァリウスを見る。
「それに、リーズデビル程度(・・)の相手なら、ねぇねがいるしへーき」
「ミウ、プレッシャーかけないでよー……リーズデビルの『群れ』ぐらいだったら確かになんとかなると思うけど」
「なら私が誘き出して」
「私がミウのおびき出したリーズデビルを落とせばいいんだよね」
ヴァリウスは二人の会話にまた違和感を覚えた。
この二人はリーズデビルを「あの程度」と、まるで暴れ馬を相手にするかのような気持ちで相手をするのだろうか。
帝都に保存されている記録資料曰く、「2メートルの体格で、牛の骨を砕く怪力の持ち主。空の上では馬よりも速い速度で飛び回り、奇っ怪な鳴き声で人間を気絶させる」という、あの高危険度モンスターのことを。
一頭に対し、飛行できない人間であれば十人単位による飽和射撃、飛行できる人間であれば二人がかりで挟撃でもしなければまともに相手をするのも難しいと言われているそのモンスターの『群れ』を「なんとかなる」という言葉で片付けられるのかと。
果たしてそれは過言だったのか。過言なのは、危険度を誇張した記録資料の方か、それともソーラたちなのか
ヴァリウスはここではっとした。
「ま、待って欲しい二人共。まさかとは思うけど、君たちでリーズデビルを『倒してしまおう』っていうのかい?」
「だって、リーズデビルのことだから、ヴォーダンと同じで群れで動いてる。事件の時に鳴いたのも、銃声に驚いて危険を近くの仲間に知らせたんだと思う、早く片付けないと、村の人たちが危ない」
「そう、だよね。きっと事件の時だって、銃声を聞いて驚いたから退散しただけで。本来なら、もっとひどい被害を出してたかも……ミウの言うとおり、危ないね。今日の夜にも群れで村を襲うかも」
ミウ言葉を聞いて、ソーラは真剣な顔で考える。そしてヴァリウスはまた思い知らされたような気がした。超音波で仲間と会話をするのであれば、確かにそう考えるのが自然だろう。
この村の近くに、その恐ろしいリーズデビルの群れが潜伏している。だからこそ、「今すぐ帝都に連絡し、対処できる人材を派遣しなければならない」と考えを巡らせていたはずなのに。
ソーラたちは、そんなヴァリウスの思考をよそに、真剣ではあるが、まるで部屋の大掃除をするかのような軽さで作戦会議をしていたのだ。
「リーズデビルの『群れ』だよ! はぐれた一頭ならともかく、今の僕達に群れを相手にする準備も力もない!」
「あるよ」
ヴァリウスの心配に、ミウはあまりにそっけなく切り返す。ミウはソーラに抱きついた腕をさらに引き寄せ、当然のことを言い切るような雰囲気で言い放った。
「ねぇねがいれば、リーズデビルなんて殲滅できる。ねぇねは強いもん」
大事な宝石の指輪を自慢するかのような少し幼い口調で、ミウは言い切った。ソーラはと言うと、「強くはないんですけど」とへりくだった様子で、しかし「強い」という部分以外は決して否定しなかった。
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