火花の夜:5

 その村に、夜がやってくる。


 陽はすっかり姿を隠し、もうすぐ辺りが暗くなる。村人が夜への支度も終わる頃合い、ヴァリウス率いる剣子隊は松明で明かりを確保し、緊張感を維持した雰囲気で周辺を警戒していた。


 ソーラとミウの報告を聞いた頃には、すでに夕方から夜に移りつつあった。仮にリーズデビルに対抗できる人材を呼ぼうにも、帝都に戻るには遅すぎる時間であった。周囲が深い森に囲まれているのでなおさらである。

 ヴァリウスたちに出来ることは、夜に襲撃してくるであろうモンスターに備えて、夜警をすることぐらいであった。大量の松明を配置すれば無闇やたらにモンスターも顔を出すことはない。モンスターが顔を出さなければ討伐もできないが、治安を維持する剣子隊の仕事は「被害の抑制」だ。

 そして「被害の解決」をするのは冒険者の仕事である。


 ヴァリウスの視線の先は、月明かりがほのかに森や山を照らす夜空。その夜空の月明かりでわずかに見えるのは、空中を飛び回っている小さな人影。革鎧を装備し、腰に剣を携えたミウが、魔術で夜空を飛び回っていた。

 夜の時間帯になればリーズデビルの活動時間になる。そうすれば仲間と超音波で会話をしているだろうから、リーズデビルの有無を確認できるとのこと。ミウは哨戒をしているのだ。



「ほんとにあの歳で飛べるとは……。いや、それにしても綺麗に飛びやがる。他の騎士団でもあそこまで華麗に飛べる奴は中々いねぇだろ。鳥みてぇだ」

「俺、知り合いの魔術使いに聞いたことがあるんだが、『飛ぶ』にしたって、実は一番難しいのは空中で『止まる』――まぁつまり滞空することらしい。あの子、しれっとさっき空に止まってたぞ」



 ついつい、ヴァリウスの部下たち二人が警戒中であることを忘れかけ、空を飛ぶミウの姿に若干見惚れてしまっている。まるで見世物かのように曲線を描き、空の中を滞空し、時には一気に高所へと上昇し、そして下降する。

 ミウは何の苦もせずにそれらをやってのけているが、この光景は魔術に知識があればあるほど異常だと感じるものであった。



「鳥どころじゃない……鳥よりも自由に飛び回ってる」



 それは、かつて魔術学院を卒業したことのあるヴァリウスを戦慄させるには十分であった。慣性を制御し曲線の軌道に飛行すること。飛行制御を失い墜落しかねない滞空。意識を失いかねない急な上昇・下降の繰り返し。それらは飛べる魔術使いの中でも「卓越した技術」と分類されるものだ。ミウはそれらをすべて並行して行っていたのだ。


 さらには音を集め、聞き分けることで、リーズデビルがいる場所や、数さえも調べているというのだからますます異常な能力だとヴァリウスは感嘆していた。実際、物見櫓の屋根の上でソーラが「ますます飛ぶのうまくなったね!」と叫ぶと、到底聞こえないはずの距離から「ありがと」と、ヴァリウスたちの耳に「なぜか」聞こえたのだから。どういった原理で声を聞き、声を届けているのだろうか。

 さらにソーラが「あ、ウィンクしてる。かわいい」とも漏らしていたが、そもそもこの距離ではミウの姿は点にしか見えないはずだが。

 

 魔法の力はこれほどまでか、と一般人代表のヴァリウスは内心で呟いた。

 

 そんなヴァリウスをよそに、特に疲れた様子もなくミウはゆっくりと着陸した。一旦ヴァリウスたちへと合流する。ソーラはリーズデビルが動き出さないか引き続き山の方を魔法の目で警戒し続けている。

 「お疲れ様」と人並みな心配を述べるが、ミウは「疲れてない」とスルーして調査結果を報告し始める。



「確認できた。リーズデビルの鳴き声。群れ単位、今活動してるのは三十三匹。間違いなくあそこの山に潜伏してる」

「聞こえたのかい? 本当に?」

「間違いないです。私は『音』の魔法使いなので」



 ミウは淡々と静かに、だが確かに断言した。そのセリフからは『音』の魔法使いとしてのプライドを感じる。

 ソーラとミウが両名とも魔法使いだと聞いた時の剣子隊メンバーのざわめきはそれなりのものであった。ただでさえ少ない魔法使いである。それだけで冒険者としては一目置かれる存在なのだ。ミウが実は盲目である、という事実も衝撃のものであったが。魔法によってそれをカバーして、それを一切感じさせなかったこともさらにヴァリウスたちの興味を集めた。

 とはいえ、いくら魔法使いといえど、やはり自分たちの聞こえない音が聞こえている、ということに対しては半信半疑な姿勢もあったが。



「……やっぱり、僕には鳴き声も聞こえないし、モンスターの姿も見えすらしない。見えるのは月明かりで照らされている森と山肌と、星ぐらいだろうか」

「それはそう。一日経ったら村に見慣れない人間がたくさん増えてる、となれば警戒する。簡単に姿は見せてくれない」



 なら最低限僕達の仕事は出来ているね、とヴァリウスはジョークっぽく返す。あるいはこの程度しかできない、というヴァリウスの自虐かもしれないが。ミウはそれをスルーして本題を話し始める。



「なら、仕事のお話の続き。さっきも確認したけど――私がリーズデビルの鳴き声でリーズデビルを誘き出して、私とねぇねで一気に叩く。剣子隊の人たちは万が一の防衛策。村の方にリーズデビルが飛んでいった場合のセーフティということで。一応、そっちに飛ばないようにうまくやるけど」

「ああ。――正直、危険な作戦だけどね。いや、作戦とも呼べないかな」



 詰まるところ、リーズデビルの討伐をすべてソーラとミウの二人に一任するという方針なのだから、作戦と言えるのかどうか。しかし、こうするしかない事情というのもあった。



「さっき連絡員に帝都へ報告したところ――あと数日は、対空戦が出来る人材を派遣できなさそうだと言われてしまったからね。まさか他の場所でも飛行型モンスターが確認されるとは」

「それもこの村より帝都の近くとなれば、優先順位はそっちに回る。仕方ない」



 ミウの冷静な言葉にヴァリウスは「面目ない」と返すしかなかった。

 

 数少ない飛行できる魔術使いの冒険者や騎士、そして銃を扱える部隊がそちらにほとんど回ってしまっているのだ。剣子隊隊長であるガルネリウス子爵も別働隊と共にそちらの件に対処しているので、向こうの現場にいる剣子隊の伝手からいち早く事情を把握できたのは幸いだっただろうか。

 その別現場の飛行型モンスターの討伐が終わったとしても、動いているのが人間な以上、連日で稼働させるわけにはいかない。数日で終わったとしても、さらにインターバルを介した後にこちらの現場に合流することになるだろう。

 おおよそ一週間以上かかる、というのがヴァリウスの推測だ。これでは遅すぎる。


 すでに実害が生じている以上、一週間以上もこの小さな村をリーズデビルの脅威に晒し続けるわけにはいかない。

 一刻も早く事件を終息させるための危険な賭けに乗り出す他なかった。


 ヴァリウスにとって幸いだったのは、最も負担が大きい作戦の要であるソーラとミウはその作戦に最初から乗り気であったこと。作戦の際に発生するリスクなどを、連絡を受けたガルネリウス子爵が「責任はこちらの名前で受ける」と言ってくれたことだろう。


 しかし、ビジネスライクな面での責任はともかく、ヴァリウスは人格的な面でソーラとミウを心配しているのも事実だった。



「とはいえ、君たちが作戦を中止する、と宣言すればすぐにでも中止できるよ。――というか、スルーしかけるところだったけど、リーズデビルが『三十三匹』と言っていたかい?」

「うん。――あ、鳴き声はもちろん個体差があるから、私の耳ならちゃんと聞き分けができる。数え間違いはないから」

「違う、違うんだ。僕はソースの信ぴょう性を疑っているんじゃなく、数の多さが問題なんだ。三十三匹の群れは群れでも大型に分類されるものだ! 本来なら複数の軍隊から特別編成をして大規模討伐部隊が発足されるレベルだよ!」

「うん。――だから、あっちがその気になったら、三十三匹に囲まれることになるけど」



 ミウがしれっと放った発言に、ヴァリウスたち一行は言葉には出さずにいたものの、生唾を飲み込み、顔に隠し切れない恐怖心を滲ませた。十匹ほどでも、対飛行モンスターの装備を持たない今の剣子隊では壊滅してしまうだろう。その三倍ともなれば、村もろとも殲滅されてしまう。

 今は見慣れない人間であるヴァリウスたちを警戒してすぐには襲ってこないだろうが、リーズデビルが「あいつらは脅威ではない」と勘付いてしまった時、果たしてヴァリウスたちはどのような運命を辿ってしまうのだろうか。

 ヴァリウスたちは気づいてしまった。今、静かに命の危険が肩を叩き始めていることを。


 物見櫓の屋根の上では、ソーラが山の方をじっと見つめ、来る作戦決行の時に向けて静かに心の準備を整えていた。

 ソーラとミウの二人だけは、冷や汗を流しているヴァリウスたちと違い、ほのかな緊張感と心の余裕を両立させていた。現場の主導権は、この二人が既に握っているも同然であった。



「――私達は、ヴァリウス副隊長たちのお手伝いのためにここに雇われた。だから、副隊長の指示で動く。どうする? やる? やらない?」

「――やろう。もう一度確認するよ。君たちなら、リーズデビルを倒せるんだね?」

「私とねぇねなら、倒せる」



 たった二人による大規模殲滅戦が開始されようとしていた。

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