火花の夜:6
山の中腹、人目が届かない高度にリーズデビルたちは群れていた。リーズデビルは山地の山肌に人口で洞穴を作り、その中に潜伏する習性がある。三十三匹ものリーズデビルは、村に突然現れた鎧騎士たちに警戒しながらも、今か今かと爪を研ぎ、いつ村の人間を食い尽くそうかと舌なめずりをしていた。
少しの間観察をしていたが、鎧騎士たちは松明の周辺に集っているだけで、一部の希少種のように空を飛ぶ様子もない。飛行するリーズデビルたちには大した脅威でないだろう。夜がさらに更け、人間どもの気が緩んだ隙に電撃戦を仕掛け、今日中にでも村を襲うかとリーズデビルは高周波の鳴き声で意思疎通しながら人間たちの様子を眺めていた。
その上空には、リーズデビルの音波レーダーを無効化し、文字通り音を殺して接近していたミウがいることにも気づかないまま。
――月に細い雲がかかり、月明かりに陰りが差した時。リーズデビルたちの頭上の空に、轟音と、まばゆい光が襲いかかった。
ソーラが空中に『光の玉』を飛ばし、ミウがその玉にとっておきの大音量な爆発音を内包した。光と音の玉はいくつも山の上に放たれ、それらが時間差で爆ぜ、リーズデビルの周辺の夜闇が、異常な爆音と光に侵略されたのだ。
ミウはこの光と音の合わせ技を『花火玉』と称した。本来ならば火薬の燃焼を用いるそれを魔法によって再現したそれは、本来ならば夜空の見世物として開発されたものだが、音と光に敏感であるリーズデビルにはそれらは忌々しいものでしかない。
音と光に驚き、動揺し、恐怖したリーズデビルは残らず一斉に洞穴から一目散に飛び出した。
未知の敵襲だ。ヴォーダンと違い人並みの知力を持つリーズデビルは、群れにおける連携を何より大事にする。陣形を整え、敵襲に備えようと、リーズデビルたちは高周波の鳴き声を一心不乱に撒き散らす。
しかし、その声は他のリーズデビルに届かない。花火玉が生じさせた爆音はあまりにもひどいもので、音の波をかき乱し、とても会話が敵う状況ではなかった。ただ爆音が響いているだけではない。その音は、一定の範囲内で反響し続け、リーズデビルの聴覚を破壊していたのだ。
加えて光も絶え間なく爆ぜ続け、リーズデビルの視覚さえも撹乱していく。夜であるはずなのに昼と勘違いしてしまうほどに強烈なそれらは、まさに魔の所業とも言えるものだった。
そして魔はついに直接その手を伸ばした。
視覚と聴覚を潰され、しどろもどろになっていたリーズデビルの一匹が、絶命した。それは音もなく、そして見えなかった。何かが、捕捉不可能な速度で風を斬った。斬ったのは風だけではない。リーズデビルの巨体があまりにまっすぐ両断された。リーズデビルの胸から上の身体が地面にあっさりと落ちる。それをわずかに視認できた周辺のリーズデビルたちは動揺した。襲撃を受けている、それを理解した一部のリーズデビルは空を飛んで退避しようとした。
そして翼を広げた直後、自分が斬られたことすら気づかないまままた一匹、一匹と両断されていった。最早悲鳴をあげる時間すら与えられなかった。
わずか十秒ほどで五匹のリーズデビルが絶命したところで、ミウがついに姿を現した。両手で持つのは剣。反った刀身に片刃の剣。剣子隊の騎士たちが使うような「打撃をする」ための剣ではなく、「斬る」ためだけに造られた剣が、花火玉の光を反射する。
「耐えられるはずがないか。この特注の『サムライブレード』と、私の『振動』が合わさった『超振動刀(ヴィヴロ・ブレード)』は砦も斬れる優れものだから」
ミウの持つそれは刀だった。その刀は、肉眼では認識できないほどの微小、かつ超高速の振動を繰り返している。『音』による超振動を利用し、切断力をさらに倍加させた超振動剣と呼ぶそれは、ミウが魔術学院で会得した専用剣術であった。
さらにミウの闘いはそれだけに収まらない。
リーズデビルの一匹が暴走し、考えなしに前足の巨大な爪を振りかざし、ミウに飛びかかる。厳密には、飛びかかろうと跳躍した。
そして、その跳躍した姿勢のまま、空中で胴体が両断され、そのまま絶命した。ミウは居たはずのその場所から姿を消していて、いつの間にか数メートル離れた場所で、刀に付着したリーズデビルの血を振動で振り払った。
ミウは姿を消せるわけではない。ミウは音速で連続移動しただけだ。
先ほどの秒単位で行われた連続の殺陣も、音速でリーズデビルを叩き斬っただけである。
これがミウの魔法の最終奥義。自分の身体を『音』と同じ次元にシフトし、並び立つことで、彼女は音速の移動を可能としたのだ。
厳密には亜音速と言われる範囲で、マッハ1にはギリギリ届かない程度の速度ではあるが、もちろん人間の肉眼では姿を見ることさえ出来ない速さだ。ちなみにソーラは例外でなぜか音速で移動するミウの姿を視ることが出来るらしい。
姿を捉えられないのはリーズデビルも同じだ。ただでさえ視覚と、自分たちの生命線である聴覚を破壊されてしまったのだ。リーズデビルたちには、音の速さで命を屠っていく悪魔を相手に、ただ散り散りに逃げ去ることしか考えられなかった。
花火玉の光と音が散る空を、リーズデビルたちは掻い潜ろうと飛行した。一刻も早くこの光と音の地獄から逃げ出さなければならないと。襲撃してきた悪魔は幸いにも一人だけ。360度別々の方向へと散り散りに飛んでゆけば、いずれかの幸運なリーズデビルが逃げられるだろうと。リーズデビルたちが、人間を相手に初めて感じた恐怖心の中に、わずか残された理性で連携を取った。
そして、飛行した残りのリーズデビルたちが、一斉に光に喰われた。
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