火花の夜:3
ソーラとミウはリクに案内され、牧場の中にある一軒家を訪れていた。牧場主の家であり、身寄りのないリクとその弟は牧場のお手伝いとして居候させてもらっているらしい。牧場主の旦那様は猟師でもあり猟銃を教えてもらっていたことや、奥様は昔から喘息で寝たきりということも道中でリクは話していた。
旦那様の方は剣子隊の調査班と一緒に森でヴォーダンの巣を探しに。ヨモギを欲していたという奥様の方はリクの弟と仲睦まじくベッドで深く眠っていたようで、気兼ねなく三人が話せそうであった。
ミウからもらったヨモギをさっさと陰干ししたリクは、本題を切り出す。もちろん、モンスターの襲撃事件の話である。
「とはいっても、剣子隊の人たちが言ってたんのがほとんど全部で。ワシは猟銃でモンスターを追い払っただけなんじゃ――えと、だけです。夜だったせいでモンスターには当たらずじまいだったし……」
「でも、襲われてた人はそのおかげで命が助かったから、すごいことだと思うよ」
ソーラの含みもない純粋な賛辞とフォローにリクは苦笑いする。事件の後、いの一番に牧場主の旦那様から「なにかする前にまず大人を呼んでくれ」と怒られてしまったのだとか。弟からは「かっこいい」と言われ、他の村の大人たちからも賛辞を受けたので気恥ずかしさもあるが。
「それで、ねぇねは少し聞きたいことがあるんだよね」
今度はこちらの質疑の時間だと、ミウはさっぱりと話題を切り返す。ソーラは小さく頷く。
「うん。私、未だにその『襲っていたモンスター』が気になってて。そのモンスターって、ヴォーダンだったのかな?」
「だと、思うんですけど。ただ、姿ははっきり見えなかったんです。黒くて、赤い目で、もぞもぞしてる、大人よりおっきな何かがいたのはわかったんですけど」
「加えて足跡や家畜被害もあるなら、うん、まずはヴォーダンを疑う」
ミウは話を聞いた剣子隊や村の大人たちと同じような流れでヴォーダン説を肯定する。しかし、それでもソーラはやはり腑に落ちない点がある、と話を続ける。
「でも、ヴォーダンは『音』では逃げないんだよ」
「どういうことですか?」
「ヴォーダンは嗅覚、視覚がすごく発達してる。だけど、聴覚は普通の動物と同じぐらい、むしろ若干劣ってる程度には鈍いの」
だからこそ、ソーラはその特徴を把握し、嗅覚と視覚を誤魔化すことでヴォーダンの巣の侵入という荒業をやってのけていた。ヴォーダンと同じ臭いを纏えば、休眠中のヴォーダンに気づかれずに過ごせるのだと。
ソーラは何か事態の核心に近づいている気がして、リクにさらなる情報を求める。
「もっと、他に気づいたこととか、違和感とかなかった? 私、このモンスター被害はどうも、『ヴォーダンのよくある襲撃事件』で片付けられない気がするの。なんでもいいよ、臭いとか、音とか。そういう違和感が」
ソーラのまっすぐな視線を見合わせて、リクは困った顔で左上に目が向きながら必死に思い出している。そして数秒経った後、リクのひょっとした声。
「あ、音――とは、違うんですけど」
音、というワードを聞いてミウは「うん、続けて」と促す。
「モンスターが逃げていった時……こう、耳鳴りがして。きーんって、変な音が聞こえたんです。モンスターの鳴き声、だったんかな? 弟も家の中で聞こえたって言ってたばい」
「……甲高い感じ? 鳥の鳴き声に似てるような」
「似てるは似てるけど、どっちかというと虫が飛ぶ音のような」とミウの例えにリクは若干の否定を見せる。
「この話、事件のこと聞いとった大人の人にも話した。んけど、村の大人の人たちは、そんな鳴き声みたいなのは聞こえなかったって言ってたと。だから、剣子隊の人も『気のせいだったのだろう』って」
「――もしかしてだけど、聞こえた音って『こんな感じ』?」
ミウは口をすぼめて、口笛を吹く。しかしただの口笛ではない。
音が聞こえなかった。決してミウの口笛が下手なわけではない。ミウは『音』の魔法使い。口笛の音を「変換」することで、まったく別の音を空間に響かせることができるのだ。
そしてミウが今発していたのは通常ならば聞こえない音。しかし、この特殊な音をリクの耳ははっきりと知覚していた。
「こればい! 背筋がぞわわってするこれ! お姉さん、何したと!?」
「私は『音』の魔法使い。モスキート音――っていっても分からないか。大人の人にはとても聞こえづらい高周波音を作り出しただけ」
それは超音波とも表現されるものであった。一定以上に高い周波数を持つ、俗にいう「高い音」は、大人になるにつれ聞こえづらくなる。それがミウの言う「モスキート音」であった。
反応を見るに、リクが聞いた音というのはこれで間違いなかった。そして、ソーラとミウは一つの事件の核心に辿り着いた。
「モンスターは超音波を発していたってことは――ミウ。これ、襲ってきたのはヴォーダンじゃないね」
「うん。『リーズデビル』――足跡をわざと残して調査を撹乱してたんだ」
「早くヴァリウスさんたちに伝えないと! 探す場所が間違ってる! ミウ!」
「うん、連絡員さんに魔術通信で呼び戻してもらう」
一気に物々しくなったミウとソーラの様子を見て、リクは不安そうな顔をする。何か困らせてしまうようなことを言ったのだろうか、と勘違いしている様子だった。
「あ、と――ワシ、変なこと言いましたか?」
「ううん。とても有意義なことを聞けただけ」
「ありがとう! おかげで謎がすっきりしたよ!」
「お姉さんのお役に立てたなら、少しはあの時のお礼になったでしょうか。よかったです」
ソーラの嬉しさがひしひしと伝わってくる表情にリクは安堵した。大人からは一蹴されてしまった話で、自分の中では「気のせいだった」と片付いていた話が思わぬ形で役に立ったのなら。何より命の恩人の役に立ちたいという気持ちでいっぱいだったならなおさら。
ソーラとミウは急いで荷物をまとめ直す。忙しない様相で剣子隊のキャンプ地へととんぼ返りするようだ。二人がお礼を改めて伝えて家を離れようとする直前。
ミウが「そうだ」と、何かを伝え忘れたのを思い出し、リクに声をかける。
「そうだ。ねぇねの謎解き、手伝ってくれたお礼に忠告しとく」
「……さすがに、もう森には勝手に入らないですよ?」
「それはそうだけどそうじゃない。寝てた奥様、喘息なんだよね。あれ、実は喘息じゃないかも。医者の人にちゃんと診てもらうのをおすすめする」
「え……? で、でも、奥様はいつも通り寝てただけで――」
「言ったはず。私は『音』の魔法使い。部屋越しに寝てる人の呼吸音や心臓音、血の流れる音を聞くなんて簡単」
あまりに唐突な発言にリクは掴みかねる顔をするが、言っていることの何もかもが一般人にはおかしい話であるのでそうなるのも無理はない。
ミウは構わず話を続ける。
「その奥様って人の、呼吸音と、心臓の鼓動のリズムがおかしい。喘息なら、空気の通る音が細いだけ。けど、その人の『生きてる音』が、根本的におかしい。医者じゃないけど、そういう人は大体何か病気してる人のそれだって分かる」
「そ、そうなんですか……?」
「うん。音は、嘘をつかない。ごめん、話はそれだけ。私達、急ぐから」
それを言い残してミウはソーラと当然のように手を繋いでキャンプ地へと走って行く。
ただの牧場手伝いであるリクは、他の冒険者を知らない。しかし、ミウの持つその能力はとんでもないものだったとなんとなく理解できた。
そしてそれが確かな実感となったのは、後日、奥様が診察を受けた結果、喘息ではなく重大な心臓病であったと発覚した時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます