火花の夜:2

 事件の現場となったのは村で一番大きな牧場。杭とロープによって規制線が張られている。ヴァリウスたちがモンスターの痕跡を保存するためのものだ。そしていつモンスターが姿を現すかわからない以上、武器を持つ剣子隊の騎士が頻繁に巡回し物々しい雰囲気になるのは必然だろう。

 ソーラたちは見張りをしている騎士に帝都式の敬礼をしながら現場へと足を踏み入れる。



「道中で説明した通り、ここで夜警をしていた若い男がモンスターに襲われた。以前からヴォーダンによる家畜被害が散発し、頭部がヴォーダンのものと酷似した爪による裂傷を確認したことから僕達はヴォーダンによる事件だと断定。現在はこの足跡を頼りにヴォーダンの巣の捜索を行っている」



 ヴァリウスの説明を聞きながらソーラは保存されている足跡を確認する。それは確かに村に住んでいた頃にもよく見ていたヴォーダンの足跡のそれだった。足跡は大股気味に刻まれていき、森の方向へと進んでいる。



「だが森に入った途端に足跡がぱったり消えてしまってね……。今はローラー作戦で森のなかを虱潰しに探しているところなんだ。今は東の方面の捜索をやっと切り上げたところだよ」

「この広さを虱潰しに……今日中に見つけるのは厳しそうですねそのペースだと」

「まったくその通りだ。今日明日どころか運が悪ければ三日はかかるか。人力(マンパワー)はある。だからあと足りないのは知識(ノウレッジ)だけなんだ」



 ソーラの言葉にヴァリウスは少し情けなさそうな顔をしつつ肯定する。帝都の軍隊は人的治安維持を目的としており、モンスターの討伐は厳密に言ってしまうと仕事の内ではない。通常ならば先日の『黄金竜』がそうであったように、冒険者への依頼でモンスターを対処させる。今回のケースのように、軍隊が真っ先にモンスター被害の現地へ赴くのは「なくはないが珍しい」という話だった。

 端的に言ってしまうと、最もポピュラーであるヴォーダンの相手でさえも、軍隊は慣れていないのだ。帝都外への遠征が比較的多い剣子隊は他の隊と比べたらマシであるが、他と比べればの話に過ぎない。

 ヴァリウスの言葉の通り、人手はあるが知識がない。



「木は調べましたか? 個体によっては木に登って木と木の間を跳んで移動するヴォーダンもいます。爪痕とかの痕跡があったら追いかけられると思いますけど……」

「ああ。そのようなケースもあると資料は読んでいたからね。だがあいにく周辺の樹木には野生動物の物しか確認できなかったよ」



 それを聞いてソーラは考えこむ。自分の住んでいた村ではヴォーダンを初めとした多くのモンスターを相手にしてきた。その経験による勘がどうにもこの「ヴォーダンと思われる足跡」に違和感を覚えてしまっているからだ。

 森に進んだ途端に足跡が途切れたというのも気になるが、違和感はこの足跡の歩幅だ。四足歩行で移動するヴォーダンにしては大きな歩幅。まるで跳んでスキップしたかのような刻み方だ。


 そしてずっと話を聴き込んでいたミウはミウで、ソーラとは違う点を気にしていたようで、少し話が途切れたところでミウが口を開く。



「道中で説明してたけど、襲われた男の人は生きてるって。……正直に言うと、頭部を攻撃されて気を失っていたその人が生きてるのが不思議。普通ならとっくに食べられてると思う」



 実際、最初に襲われたのであろう牛舎の牛は変わり果てた姿で発見されたのだから、この疑問も当然と言える。若者は猟銃を持ってはいたらしいが、それが役に立つことはなかった。現場にモンスターの血痕が確認されていないところからそれが伺える。

 自衛に失敗した若者に、わずかばかりの幸運があったことを察せられるだろう。



「ああ。実はこの牧場に住んでいる子供がモンスターを追い払ったんだ。その子は牛の悲鳴を聞いて外に飛び出したようで、その時にモンスターに襲われている被害者を確認した。その子は猟銃の使い方も知っていてね。地面に落ちていた猟銃を咄嗟に発砲。猟銃の弾丸はモンスターに命中しなかったものの威嚇射撃が効果的だったのか、モンスターは被害者を殺す直前に森へと退散したらしい」


 猟銃はおそらくモンスターによって発砲前に叩き落とされてしまったのだろうね、とヴァリウスは付け加える。しかしソーラにはその点は重要ではない。



「目撃証言じゃないですか!」



 本来、現場の剣子隊が一番欲しいであろう情報がそこにあることをついソーラが声を少々大きくして指摘する。しかしその指摘にヴァリウスをまた困り眉を下げて返事をする。



「あいにく、夜の暗がりのせいでモンスターの逃げた先はもちろん、姿さえもよく見えなかったらしい。加えて証言が少し掴みかねるものだったので、有効な目撃証言にならないと判断したんだ」

「それでも、私、話聞いてみたいです」



 違和感を解消できる手がかりがあるかもしれない。そう思ったソーラは前のめりに主張する。

 どうしたものかと決めあぐねているヴァリウスであったが。ヴァリウスは森の中から捜索を切り上げてきた剣子隊の騎士を見て不思議そうな顔をする。その騎士が、ツナギを来た子供を連れていたからだ。



「どうした? というか君は――」

「この子が森に侵入していたんですよ、副隊長殿。禁足令が出されているってのに。事件の件といい、度胸は大人顔負けです」



 子供を連れた騎士は呆れた様子で肩をすくめる。話の流れを聞くに、村の子供が禁足令を破って、ヴォーダンがいるかもしれない危険な森に侵入してしまっていたのを発見したらしい。

 そしてその子供を見たソーラがはっと驚いた顔をする。



「あれ? あなたって――」

「っ! あの時のお姉さんじゃわ!」



 ツナギを着た子供――少女は、ソーラが「あの時」にヴォーダンから助けだした少女だったのだ。驚いたのは向こうも同じだったようで、ツナギの少女はソーラを見て驚きと安堵を交えている様子だ。

 さらに、とヴァリウスが話を続ける。



「丁度よかった。この子が事件の際にモンスターを追い払ってくれた子だよ」

「あ、えっと。ワシ、リクって言うけん。ここの牧場で居候させてもらってて」

「リクちゃんって言うんだね。改めて、私はソーラ。こっちはミウ。冒険者としてこの人達の仕事のお手伝いに来たんだ」

「そうだったんじゃなー……あっ。ごめんなさいっ、驚いて訛りが出ちゃって」



 リクは恥ずかしさを隠しきれない様子で頭を掻いて誤魔化す。ミウが訛りを聞いて少し笑っていた様子を見たせいかもしれない。なおミウは特に嘲笑しているわけではなく「女の子がこの訛りなのってかわいい」と思っていただけである。ソーラとミウよりリクが少し歳下なのもあって、ソーラも訛りに対しては「そっか」と言いながら微笑ましく年長者として見守っていた。

 思わぬ再会に場が盛り上がりつつあったのを、ヴァリウスはわざとらしく咳払いをして一旦和気あいあいとした雰囲気をあえて遮る。



「しかしだねリクちゃん。ダメだよ、禁足令を破って森に入っちゃ。その度胸は是非使いどころを違えてほしくないんだけどね、大人としては」



 ヴァリウスの口調は穏やかだが、確かにリクを諌めている言い方であった。リクはそれに申し訳なさそうな顔をするが、「でも」と切り出す。



「奥様が使う咳止めの薬草が切れそうだったじゃき――あ、ううん。なくなってしまって。あれ、森の中でしか生えてないから。取ってこないとと思って」

「咳止め――あ、ヨモギだね。よく飲まされた、嫌でも匂いを覚えてる」



 ミウが合点がいった様子で頷いた。それはソーラも同じで、リクがなぜ森でヴォーダンに襲われていたのかが背景を理解できた。あの時もきっと弟と思われる小さな男の子と一緒にヨモギを獲りに行っていたのだと。しかしヴォーダンに襲われてその予定も頓挫したのだろうと。

 それを聞いたヴァリウスが優しげに困り眉を緩めてリクを諭す。



「ヨモギぐらい、剣子隊の騎士に言えば獲りに行きますよ。正しい理由のあるおつかいを頼まれるのを手間とは感じれど迷惑とは思わないです。むしろ森に入られて怪我をされてしまう方が迷惑と思ってしまうね」

「……ごめんたい」



 リクがしっかりと謝って一礼したのを確認して、ヴァリウスは「よし」と頷く。



「それじゃあ禁足令を破った君に副隊長として命令するとしよう。この二人が事件の時のことを聞きたいらしいんだ。君はその聴取に協力すること。それでこの件は目を瞑る」

「じゃあ、そういうことで。お願いできるかな? リクちゃん」

「もちろん! お姉さんは命の恩人と! 出来ることなんでも手伝うばい!」



 ソーラは「気にしなくてもいいのに」と言いつつも、リクの聞き分けが良く協力的なのがとてもありがたい話だ。

 不意に風が吹き抜ける。リクが「でしたら」とソーラに話を続けようとした時、リクの肩が叩かれた。

 肩をたたいたのはミウであった。



「なら『これ』あげるから。届けるついでに、家の中でお話聞ける?」

「あっ! ヨモギ!」



 ミウの言う『これ』とは、他でもないヨモギであった。独特な匂いを香らせるそれを見てリクは歳相応に喜んでいる様子だ。

 ヴァリウスは示し合わせたような準備の良さに関心した。



「部下に採りに行かせようと思っていたから助かるよ。普段から薬草は持ち歩いているのかい?」



 ヴァリウスの小さな賛辞に、ミウは「ああこれは」と言葉を被せる。



「いえ、『さっき』採ってきました。見えなくても、香りで分かる物だったので、なら採ってきた方が早いです」

「ああそっか。――ん? 採ってきたのかい? いつ?」

「『ついさっき』です」

「丁度『あっち』にあったもんね。採ってきてくれてありがとね、ミウ」




 ヴァリウスは内心で、小さい波紋が広がっていくかのように疑問の念を感じた。


 『ついさっき』とはいつだ。

 ヨモギについての話をしていたのはつい一分前の話で。ミウ自身だって「よく飲まされた」と思い出話を語っていたところだったではないか。そしてミウがその一分後に、まだ青臭い「採れたばかりのヨモギ」を持ってリクに話かけていたのである。


 まさか、ミウの言っている『ついさっき』とは、この空白の一分間を指しているのか。

 そういえば、この一分間、ミウは会話に参加していなかったし、そもそもミウの姿がその間に実は見えなくなっていたのではないかと意識外の光景をなんとか思い出し、気づく。


 そう。いなかったのだ。一分間の間、ミウという少女は。


 さらに付け加えるなら、ミウの言う「見えなくても」という表現に歯車が外れたような違和感を覚えるし。ソーラの言う『あっち』とはどっちのことを指しているのか。森の中に自生しているヨモギのある場所のことだろうが、そもそも自分たちは森の中にすら入っていないのだから見えないはずなのに。


 当たり前のように展開されていく会話であったはずだ。ヴァリウスは、その中に紛れる、点のように小さくて、水に沈むような重い違和感を見つけてしまった感覚だった。



「すいません。そういうことなので、私とミウはリクちゃんのお家でお話聞いてきますね。夕方、あの山に夕日が差し掛かる頃合いに先ほどのキャンプ地で合流でよろしいですか?」

「え? ああ。あー、うん。そうだね。そうしよう」



 ソーラの提案につい素っ気なく返してしまうヴァリウス。ソーラたちはそのままの流れで一礼し別れ、三人は牧場の方へと歩き出していく。


 この時から、ヴァリウスはソーラとミウに、見ためには不相応な得体のしれなさを覚え始めていた。

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