一章:黎明の光
火花の夜:1
その日、とある村は朝から緊張感と若干の騒々しさを取り巻いていた。村人が昨晩、ヴォーダンと思わしきモンスターに襲われたからだ。襲われた若い男は夜警をしていた猟師である。
冒険者によるヴォーダンの駆逐が報告され、村に安堵の雰囲気が訪れた直後に起きたモンスター被害である。それもヴォーダンのやり口と同じ、人間の頭部を執拗に狙われている。被害者が倒れていたそばの牛舎では頭部がもがれた牛の死体が二頭分。喉や脚を一切狙わず頭部を裂いたり、噛み砕くのは狼などの野生動物ではありえない。
先日までは家畜の被害が散発的に発生しており、それもあって冒険者によるヴォーダンの駆逐を依頼したものの、ついに人的被害が発生してしまったことに村人たちは当然動揺を隠せない。
「副隊長、報告します。被害者の男性、未だ意識が戻らず。軍医曰く、頭蓋骨の損傷や失血もあり、目を覚ますには相応の時間がかかると」
「命に別状がないだけマシかな。……とはいえ、襲われた時の証言が聞けないのは少し困るね。ヴォーダンの逃げた方向をせめて聞ければまだよかったけど」
「調査班の状況も芳しくありません。足跡を追跡できていないようです」
「となると東の方面は見当違いかな」
剣子隊副隊長のヴァリウスはトレードマークの困り眉を更に下がり気味にして頭を痛めていた。外が明るい内にヴォーダンの在り処を突き止めなければ、夜の襲撃をただ待つだけである。しかし夜目を持つヴォーダンを相手に、夜目がない討伐隊が真っ向から戦おうなど非常に危険だ。追跡すら難しい。ヴォーダンは群れ単位で活動する。一匹二匹相手ならともかく、夜闇の中で十匹を超える群れに襲われれば胴体すら残るかどうか。
そんなヴォーダンをうまく駆逐するには、休眠する昼の時間に地中の巣を発見し、その巣に爆竹などを投げ入れ巣から追い出し、そこを集団で一気に乱戦に持ち込むのが常套手段。しかし「巣を見つける」という前提が高い壁として立ちはだかる。
「前任の冒険者パーティはよく即日で巣を発見して討伐できたものだね。おかげで比較対象にされて村の人達の中には『仕事が遅い』だなんていう人もいるよ」
「副隊長の心中、お察しします」
「いいんだ。ここの現場のトップは僕だからね。どやされるのも仕事の内」
しかし、剣子隊が巣の発見に手間取ってしまっている結果、村人たちの不安を募らせているのも事実である。副隊長の内心は責任感を感じている。剣子隊の隊長であるガルネリウス子爵は別件で不在な以上、現在は隊長の代理としての面子も背負っているような状態であるからなおさらだ。
設営テントの中に少々の重い空気が漂う中、テントの中に連絡兵が急ぎ足で入り、間髪を入れず報告をしてきた。
「副隊長。帝都から冒険者がやってきました」
「ああ。通信で聞いていた人たちかな。所属は?」
「それが……『案内所の公職冒険者』とのこと。二名のみ、それもどちらも若い少女です」
「公職? 久しぶりに聞いたなその名前。しかし二名のみか……」
「内一名は、先日ヴォーダンの巣の調査・討伐に参加したパーティの一人だという話も聞いております」
「……なるほど、そういうことか。案内所といえば――『小夜啼鳥(サヨナキドリ)』か。さすが、仕事には一切容赦がないね。そのまま通してくれ」
『小夜啼鳥』は案内所所長のマダム・フローレンスの異名のようなものである。調査が滞ることを推測し、ヴォーダンの調査を得意とする人材をいち早く派遣するあたり、やはり抜け目ないとヴァリウスは舌を巻いた。
指示を出してから、十分も経たない内にテントに二人の少女が姿を見せる。一人は斥候服に身をまとったソーラ。一人は腰に珍妙な鞘の形をした剣を携えているミウだ。
「初めまして。案内所から派遣された、公職冒険者のソーラです。斥候をやっています」
「同じくミウです。一応剣士を」
「ご足労感謝する。剣子隊副隊長、今は現場指揮を任されている、ストラトヴァリウス・ヘルシンキだ。ヴァリウスと呼んでくれ」
お互いに形式的な挨拶を交わす。ヴァリウスは二人を見る。年齢は13か14ほどか。どちらも体格が細い。若い冒険者というのは確かにいるが、それでもかなり若い方にカウントされるだろう。加えて冒険者が持つ覇気というものも感じない。
良く言えば、雰囲気は柔らかくおとなしく。悪く言えば頼りがいを感じない。というのがヴァリウスの正直な第一印象だった。
「報告には聞いていたけど、本当に二人とも若いね。若い公職冒険者というのがあまり話に聞かなくて。――二人の実力を疑っているわけではないんだ。特にあのマダム・フローレンスの人選だからね。とはいえ、物珍しさを感じてしまった」
「案内所の人にも言われた。私とねぇねぐらいの年齢で公職冒険者をやるのは前例がないって」
「だろうね。ともかく、合流してくれて助かるよ。斥候ソーラ、それに剣士ミウ」
一瞬、ヴァリウスはミウの姿を見て違和感を覚える。そういえばよく似た容姿で、車椅子に乗った少女を、つい先日にガルネリウス子爵と一緒にいるのを見たような気がすると。しかしその少女は車椅子に乗っていた。体の不自由な少女だと聞いていたので、目の前のよく似た少女が普通に立って歩いているのに違和感を覚えてしまった。
ミウが後ろ髪を結っていたこともあり、ヴァリウスはそれを「他人の空似」と片付けツッコまないまま話を続ける。
「本題に移りたい。これも報告で聞いたけど、なんでも先日、この近くにあったヴォーダンの巣を調査した冒険者がいるというのは――」
「私です。ヴォーダンの巣を調査しました」
ソーラは少し語気を強めて発言した。自分には斥候として働くことでしか貢献できない、故に率先して役に立とうと勇んでいる様子だった。何より、ソーラは普通の人にはヴォーダンの巣を探すのも大変なことだと理解していた。ソーラが事前に「おそらく巣を探す段階で困っていそうだ」という推測はドンピシャである。
「いいタイミングだった。調査班が巣の調査に手詰まっていてね。有識者の手を借りたいところだったんだ。早速事件現場に来てほしい」
「畏まりました。いこ、ミウ」
「うん」
ソーラはミウと迷わず手を繋いでテントを出ようとする。その様子を見てヴァリウスは思わず緊張感が解れてしまうようだった。あまりに自然と手を繋いで、その様子はまるで仲の良い姉妹のようにすら見えてしまったのだから。冒険者の仲間意識と言うとほとんどがビジネスライクであるが故に、この動作一つだけで仲の良さがにじみ出るほどに仲睦まじい二人が冒険者であるというのが少し違和感を覚えてしまう。
「……仲がよろしいのだね。昔からの知り合い同士なのかい?」
「あっ――お気に障ったのなら申し訳ございません。はい、ミウと私は同じ村で育った幼馴染で」
「……ねぇねも私も気が緩んでいるわけではない」
「っと。僕の顔に出てたかな。失礼。あまりに仲が良さそうなもので、ついピクニックに行くような雰囲気に見えてしまっただけだよ」
もちろんヴァリウスは二人を派遣された冒険者として尊重しているつもりだが、その若さと覇気の無さについ二人を「少女」として見てしまっている。
マダム・フローレンスという後ろ盾があるものの、やはり冒険者としては信頼しきれていないのが現実であった。
二人も鈍感ではない。ヴァリウスだけではなく、周囲の剣子隊メンバーの視線はどこか客人を見るようなものであるとソーラとミウは感じている。まずは信用を証明してから信頼を得なければならない、と二人は口に出さずとも通じあっていた。
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