初仕事

「これで奴隷契約は成立さ。歓迎するよ、田舎娘二人共」



 明朝。案内所で私達は公職冒険者としての契約を終えたところだ。案内所に顔を出した時にはすでにマダムは書類一式を用意して、後は私達が記入するだけとなっていた。私達がこのお話を受けるということも予想済みだったのかな。

 冒険者ギルドの方へと提出するために書類一式を改めて受け取ったスピカさんは昨日からずっと不安そうな顔で私達を見ている。



「異例中の異例です。公式の実績もない冒険者さんを公職として雇うなんてこと。一応、ルーキーの中では有名だった『黄金竜』で活動していたソーラさんに、魔術学院で勉強をしていたミウさんの実力を疑っているわけではないんですけど……」

「心配なのは私とねぇねも一緒」

「だけど、実際やってみないと分からないことも多いから。だからまずは受けてみようって」



 それが、朝支度をしながら話し合った私とミウの結論。私も冒険者を実際やってみて、初めて自分が「どれだけ役立たずか」を初めて知ってしまった。そしてミウもそれは同じで、魔術学院で確かに成長はしたけれど、「成長の限界」を感じ始めていたらしい。でも、それを知ることが出来たのはきっと確かな成長だと思う。実際に行動しなければ、知ることさえ出来なかったのだから。きっと、公職冒険者として活動していく内に、「辛い」と感じてしまうこともある。だけど、それを「知ってみたい」と思うことが大事だと。


 それに、私には前と違って、そばにミウがいる。なぜかそれだけで得体のしれない勇気が湧いてくる。これがきっと「勘違い」なのかもしれない。だけど、この「勘違い」が良い「勘違い」だと信じよう。



「しかしスピカの言う事も一理ある。出処さえ分からない原石、削りもしなければそれが宝石かどうかさえ分からない。そんなもんに値段は付けられないのも事実だ」



 スピカさんの心配に同調したのは、他でもないマダムだった。しかし、マダムの心配とはスピカさんが向ける「個人への心配」ではなく、業務上における課題だった。



「名が売れているわけじゃないからね。あんたらに仕事を押し付けていいものかと思うもんだ。特に必要性や緊急性が高い仕事が不思議と舞い込んでくる公職ならなおさらね」

「普通の冒険者は主に志望制で依頼を受けますからね。指名されるのは、それこそ有名なパーティでもないと。『黄金竜』も最近になってやっと指名受けられるようになりましたし」



 私が『黄金竜』で最後にやっていたヴォーダンの巣の調査の仕事も指名によって受けたものだ。ヴォーダンは普段、人里から離れた森の中で生活し、野生動物を食料として生活しているモンスター。だけど不定期に人里の近くに「地中の巣」を作り、そこに潜伏して、夜になると人や家畜を襲う。ヴォーダンの地中の巣はいわばキャンプ地のようなもので、ヴォーダン自体は地中で生活するモンスターではないのだ。

 なので探索に長けた冒険者や、帝都が派遣する調査隊が、ヴォーダン被害が発生した地域に巣がないかを調査している。駆逐するのは戦闘を得意とする別パーティや帝都に所属する討伐隊の仕事である。



「丁度話題になってましたよ。ルーキーの中でも『調査して巣を見つけて即日で討伐できるのは黄金竜ぐらいだ』って」



 噂話が好きなスピカさんも『黄金竜』の噂は耳に入れてくれていたらしい。なぜかそれを聞いてミウが少し自慢気に頷いていたけど。私はあくまで調査だけだからね。別に自慢できるものでもないから。



「なので、あんたたちにはその得意分野で宣伝(マーケティング)をしてもらおうじゃないか。無論、仕事という形でね」



 マダムはあらかじめ用意していた書類束の中から、新し目の地図を取り出した。地図はとある村の周辺地域を描いている。それに、私は見覚えがあった。



「これ、私たちがヴォーダンの巣を見つけた辺りの……?」

「昨晩、この村からヴォーダンらしきモンスター被害が報告された。巣が一つだけじゃなかったと推測されている」



 それを聞いた後、私は強張った顔をしてしまった。マダムが今まで見たことのないほどに冷たく真剣な眼差しで私を見たからだ。



「発見した方の巣の生き残りはジ級以外にいなかった。これに虚偽はないね? ソーラ」

「……はい。間違いありません。巣の中に侵入して、確かに合計12頭。それにジ級も昨日、ガルネリウス子爵様が討伐したもので間違いないです」

「断言できるか」

「私の目には、間違いないです」



 官憲の取り調べを受けているかのような緊張感が私達に漂う。ミウも口を出せないようだ。そういえば、以前スピカさんとマダムについてお話したことがあった。マダムは仕事に関することならばどんな相手にも一切容赦をせず、冷徹とさえ言われるほどに仕事に真摯だと。故にそんなマダムについていけないと、部下の人たちは次々と自主退職していったという。そのため案内所は常に人材不足だとスピカさんが愚痴を言っていた。

 私は、その「冷徹さ」の片鱗を感じた。

 マダムは事実確認を終えると、視線を落としてその緊張感を少しだけ緩めてくれる。



「なら、複数の巣を予見できなかった帝都の先遣隊のミスだ。後ほど正式に文句を言おう。――話を戻すよ」



 マダムは地図に書いてある村の位置に、ペン先をコツコツと叩きながら話を続ける。



「今朝、帝都がこの地に『剣子隊』を派遣した。先日ジェヴォーダンを狩ったっていうガルネリウス子爵が指揮する討伐隊だ。わざわざ名乗りをあげたっていうんだから実に気障ったらしい。――あんたらには、この剣子隊に合流して、ヴォーダンの巣の調査・及び討伐を『命令』する」



 マダムはあえて『命令』という部分を強調する。冒険者への『依頼』という言い方ではない。これは仕事で、拒否権もないのだということを言葉の念押しで伝えているのだと思う。



「出来るか、とは言わないよ私は。あんたらが出来るであろう仕事しか投げないからね」

「でしたら。マダムの慧眼を信用しておきます」



 依然として威圧感を放っているマダムに、ミウが恐れ多くも気丈に返事をする。ミウは本当にこういう場面でも萎縮しない。まるでもっと昔にもっと怖いものを経験していたかのように振る舞う。こういうところでもミウは頼りになってくれる。

 だから、私も負けられない。



「もしかしたらと思って、もう冒険者装備は整えていますけど……いつ出発すればよろしいですか?」

「今からに決まってるじゃないかい」



 私が出発時間を問うと、マダムが当たり前のことを諭すかのような言い方で返答してくれた。ミウが「嫌な予感がする」って言ってくれてほんとによかった。まさか本当に今日中の業務開始になるなんて。



「現地の剣子隊には、連絡員の『魔術通信(テレパシー)』で公職冒険者を派遣することはすでに連絡している。今すぐ向かえば昼過ぎには間に合うだろうね。詳しい情報は現地で共有するように。私からは以上」



 言い切ったマダムはぴしゃっと話を切り上げ、私達に地図だけを託す。後ろで話を聞いていたスピカさんはと言うと、まるで自分のことのようにあわあわとした様子で忙しなさそうだった。



「初っ端から討伐隊の最前線に二人だけで向かわせるだなんて! だからみんな公職冒険者やめちゃうんですよー!」

「言っただろう。私は出来ない仕事を投げることはないって」

「所長の言う『出来る』のハードルが高いのが問題なんですー!」



 あれだけの威圧感を放っていたマダムにスピカさんは物怖じなく言っている。長い付き合いというか、あのマダムの部下としてずっと働いているだけあってやはり肝が据わっているのかもしれない。

 心配させてしまっているかもしれない。だけど、マダムの言うとおり、私もこの仕事はきっと私でも「出来る」仕事なのだと思う。村でよく狩っていたヴォーダンを相手にするだけなら、まだ私でも。



「大丈夫ですよスピカさん。私とミウは、よく村でヴォーダン狩ってましたし」

「それじゃあ行こ、ねぇね。日が沈みかける前に到着しておきたい」

「そうだね。――それじゃあ、行ってきます。車椅子だけ、置かせてくださいね」



 ミウが車椅子から勢い良く立ち上がってストレッチをする。ミウの両足に付与されている『魔術強化(エンハンス)』もしっかりと機能しているようで安心した。私は斥候服にキャンピングの荷物を背負い、ミウは軽い革鎧と、腰にはミウが使う武器の『剣』を携えて。


 マダムの言う『宣伝(マーケティング)』もあるなら、なおさら仕事を失敗できない。帝都の名ある剣子隊の仕事を手伝えたという噂も広まれば、私達に「仕事を任せてもいい」と思ってくれる人たちも少しは見えるかもしれない。

 『黄金竜』に居た時の私は、残念ながら役立たずだった。だけど、ミウと一緒なら。もうちょっとだけでも、誰かの役に立てることをみんなに知らせないと。



「失敗しても誰も責めませんからね! だからまずはちゃんと帰ってきてくださいね! 約束ですからねー!」



 心配が抑えきれないスピカさんの声に、きっちりと一礼をして私達は案内所を出立した。約束したから、まずは怪我しないようにしないと。

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