火花の夜:10
ソーラとミウの二人にとっては、特別なことをしたつもりも特段なかった。村の人たちやヴァリウス副隊長らがどれだけ感嘆、畏怖の声をあげようと、二人にとっては故郷の村で行っていた『害獣駆除』と変わらない。さすがに三十を超える群れを相手にしたのは久しぶりであったが、ソーラの光、加えて今ではミウの剣術もあって苦戦することもなかった。しかし大きな変化があった。仕事としてモンスターを倒し、仕事をしたことで報酬をもらったことである。
冒険者として初めての仕事だったミウはもちろん、ソーラもパーティ内の山分けではなく直接的に渡されたこと。それによって今更になって初めて「冒険者として仕事をした」という事実を実感を感じ取れた。三ヶ月既に冒険者として活動して、報酬も少額ではあるがもらっていたはずなのに。
三ヶ月の間働いていた『黄金竜』に居た時と何が違うだろう、とソーラは帰り道でふと考える。自分の名前を覚えてもらえず、ダメなところに敏感な男の人が居るか居ないか。他のすごい人たちと比べられ続けることがあるかないか。
それもあるが、もっと大きなことがある。車椅子に揺られているミウの背中を見ながらソーラは思う。ミウがいるだけで、仕事も、何もない帰り道も、特別な「普通」になるのだから。
ミウはどういう気持ちで今いるんだろう、とソーラが小さく気になっていると、それを察してか関係なくかミウがふとした拍子に声をあげた。
「ねぇね、寄り道したい」
「寄り道?」
ソーラが理由を聞く前に、ミウは懐から折りたたまれたメモ用紙をソーラに差し出す。「ここまでお願い」と差し出されたそれは手書きの地図が描かれていた。随所に書かれている文字は丸っこい文字で、もちろん文字を書けないミウの書いたものではなさそうだ。「おすすめデートスポットはここ!」と書かれているので書いた人は何か大きな勘違いをしているような気がしないでもない。
「学院のルームメイトに書いてもらったの。ヌスレさんの娘さんだけど。土地勘あるから地図書いてもらった」
「あー、なるほど?」
この地図一枚でそのルームメイトがどういう子かなんとなく伝わってくるのをソーラは少し微笑ましくなる。学院でもちゃんと仲の良い友達がいた、ということを改めて確認できた。
ミウは「ブラックドレスっていうお店までお願い」とだけ、それ以降は「行ってからのおたのしみ」としか言わなかった。
ゲッタウェイに向かう道からずれた場所にある大通り。服飾店や金細工店などが並ぶ通りの一角にあるお店。『リトルブラックドレス』に到着したソーラはその看板に足が竦んでしまう。田舎娘には縁など皆無な高級宝石店がそこにあったからだ。
高級感ただよう黒い看板に金の文字がより、一見さんお断りな圧を感じさせる。
「間違いじゃあ……ないんだよね?」
「ん。ここで予約したのがあって。冒険者の初給料で買おうと思ってたけど、思ったより早くもらえたから」
「ここでお買い物!? ふ、二人の分足しても間に合うのかなそれ!?」
「ねぇね、せっかく帝都に居たのにほんとそういうの興味なかったんだ……。今回のお給与、私一人分でも十分過ぎる。ピンは極端にピンだけど、キリは程よくキリだから、こういうの」
ミウに言われて、まるで空き巣をするかのような忍び足でソーラは車椅子を押して扉を開ける。扉のベルが鳴ると、店の奥から黒いシックなミニスカートドレスの女性が「お早いお帰りでしたわねお嬢様!」とはきはきした口調で接客をする。
どうやらミウは帝都に来てすぐに来店していたようで、予約をしていたというのも事実のようだ。
「思ったより早くに支払いが用意出来て。早めに来てしまいましたけど、ありますか?」
「はいもちろん! 後はリングのサイズを調整するだけです! さっ! お嬢様もこちらへ!」
「へ? え? 私も? なんで?」
ミウのお飾り状態になっていたソーラが不意に声をかけられ思わず素っ頓狂な声を出してしまう。ミウは「そのリアクションを期待してた」と言わんばかりに意地悪な微笑を浮かべてやっと説明をする。
「二人で新しい生活始める記念に、ペアリング、買ったから。ねぇねの指のサイズだけ測らせて」
「どうぞこちらへ! すーぐ終わっちゃいますから! 指はどれになさいますか?」
「私は左手の薬指で。ねぇねはどうする?」
「え? えぇ? えぇぇ?」
いきなりの展開でソーラはしどろもどろの状態だ。そもそも故郷の村には指輪という習慣もなかったので、なおさら困惑するばかりである。ミウは以前から知っていたので、ソーラに知識マウントを取りながら簡単にレクチャー。
「指輪って、指のつける場所で意味が変わるの。目標を達成したい、とか。健康でいられますように、とか。そういう願い事をするのに場所を変える、みたいな」
「はぇ、おまじない、みたいなものなんだ。ちなみに左手の薬指は?」
「愛が深まりますように、とか。そういう感じ」
「なるほど……。じゃあ、ミウと同じ場所」
「……期待はしてたけど、すぐ決めてくれるね、そういうの」
「二人でお揃いだもんね。今更おまじないする必要もないとは思ったけど、じゃあもっとお互い好きになれるね」
「宝石店入るぐらいであぅあぅ言ってたのに、こういう時の返事はさらっとすぐに出来るのほんとずるいと思う」
「だって、これだけは自信持って言えるし」
二人のやり取りを見ていた宝石店の店員も微笑ましいやり取りを見守るようにゆっくり採寸の準備をしつつ。
二人の薬指のサイズを確認し終えると、一時間も経たない内にサイズぴったりの指輪が二人の前に届けられた。優しい赤色をしたお揃いの宝石、お揃いのリングが二つ。店員の期待する眼差しを感じて早速と二人は指輪を装着してみる。
「なんていう宝石だろ? 私、ほんとにこういうの疎くて」
「ねぇね。太陽光、出してみて」
ミウの言葉にますます疑問を浮かべながらも、ごくごく小さな光の球を指先に作り出してみる。太陽光とまったく同じ光で構成されたそれをかざすと、先ほどまで赤色だったはずの宝石は爽やかな緑色に変身したではないか。
ソーラの驚いた顔に、しれっと人工で太陽光を作り出したソーラに店員もぎょっとした顔をしているのはさておいて。ミウはしたり顔で宝石をつついた。
「アレキサンドライトっていう宝石。普通の光と、太陽の光で、光る色が変わる宝石。これからの新生活がうまくいきますようにっていう意味と。後――」
「光で色が変わるけど、ほんとは同じ一つの宝石――私とミウにはぴったりかも」
「――おっしゃる通りだけど、先回りで私の口説き文句をスティールしないでほしい」
まさか一語一句違わず先にソーラにセリフを言われたもので、ミウのしたり顔がふくれっ面に。「そんなつもりはなかったんだけど」とソーラも苦笑いするが、サプライズの小さな仕返しということでおあいことした。
何より、ソーラはミウのこのサプライズとプレゼントに。そしてミウはお揃いの左手の薬指でペアリングを付けてくれたことに。暖かい幸福感に包まれていた。
「ありがと、ミウ。大事にする。絶対」
「私も。ありがとう。ねぇねのおかげでお仕事、うまくいった。それに、私と冒険者やってくれた。そのお礼」
「また一緒になっただけだよ? お礼なんていらなかったのに」
「私にとって、ねぇねと一緒にいることが特別だから」
「じゃあ、またミウと一緒になれた特別記念だね」
「うん。いつもの二人になった、特別記念」
二人の左手が重なりあって、お互いの指輪をなぞるように指が絡み合う。他愛のない会話をしながら、体温が宝石から伝わってくるような錯覚を覚えながら。
会話をしていく内に、そこが宝石店の中だということをやっと思い出した頃には、閉店の看板をとっくに出し終えて二人分の紅茶を用意していた店員の生暖かい視線がそこにあった。二人は深々と平謝りしたという。
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