火花の夜:9

「ほんとに生きて帰ってきましたか!? 実はモンスターに喰われちゃって化けて出てたりしませんか!? 報告聞いた時驚いたんですよまさかヴォーダンじゃなくてリーズデビルなんて空中型モンスターの群れが相手だなんて聞いてなかったんですもの! しかも三十匹以上とかそれ完全にお国が重い腰を上げて対処するような案件ですし! 剣子隊は銃器部隊を持たないですしまさに丸腰ですよ丸腰! なのにそんな中で二人だけで合流するだなんてもうホットケーキに蜂蜜ぶっかけておまけにバターも乗せちゃうハッピーセットがモンスターの目の前に出されたような状態です! それだけで卒倒しそうだったのにさらに加えてそれを一晩でお片付けしちゃったって聞いたらなおさらどういうことか聞きたくもなります! まさか自爆!? 自爆なの!? モンスターの群れ相手に自爆したならやっぱり化けて出てますね!? 供養はどうすればいいですか!? 土葬火葬水葬あるいは通好みの鳥葬にまさかのモンスター葬!? お供え物は今帝都で流行りのチョコレートを――」



「スピカさん。スピカさん。生きてます、生きてますから」

「――失敬。話を聞かずに喋り続けるのも私の悪い癖」



 ソーラとミウの二人はその日の内に帝都へ帰りにつき、到着した頃には夕方となっていた。村人たちが「客人を迎える宴会を」と二人を誘ったが、職場――案内所への仕事の報告もあり、二人は丁重に遠慮して帰還することとなった。この理由も半分は建前で、ソーラとミウ、特にソーラの方が囃し立てられたりわちゃわちゃと持ち上げられることが少し苦手なのもあるが。

 そして案内所に帰還したら秒でスピカのこの捲し立てである。ソーラが制止しなければ、ありもしない葬儀プランまで決められるのではないかという勢いであった。一応、ソーラたちにはスピカの心配や不安がこれでもかと伝わったが。


 一方、そんなスピカと対照的なのはやはりマダム・フローレンスである。帰還した二人が怪我すらない状態で対して疲労もしていないのを見ると、褒めることもなく若干どこか呆れを感じさせるような様子で二人を迎えた。



「報告は剣子隊の連絡員から『通信』で聞いてるよ。大した仕事をしてくれたようだね」

「仕事の完遂を褒めるにしては、含みの有る言い方」



 ミウは訝しげに傾き、ソーラは「何かクレームを言われてしまったのだろうか」と不安げな顔でマダム・フローレンスを見つめている。マダムはその二人の様子に「勘違いするんじゃないよ。仕事に文句はないさね」と釘を刺しながら続ける。



「仕事としてはいい結果だったさ。わざわざ副隊長直々に礼を言われたぐらいだ。向こうは完全にヴォーダンだと思い込んでたところをフォローしてやって、その上調査から駆除までほぼ二人だけでやってのけたんだからね。100点採点なら120点を与えられるだろうさ」

「何よりちゃんと初仕事で無事に帰ってきたんですよ! それも三十匹も越すモンスターの群れ相手に! 所長にしては採点甘めですけどもっと態度で喜ぶべきです!」

「無事に帰ってくるさ、そりゃあ。出来る仕事を任せたんだもの。とはいえ、軍部はもう少しモンスターへの知識を身につけるべきだね。また言いつける文句が増えてしまった。……ああ。私の態度は気にしないで決行。あいにく、仕事の後のことを考えるのが管理職の仕事でね」



 テンションが高めのスピカのセリフも一蹴し、マダムは沈着なままだ。「マダムの方はまだ仕事が終わってないということか」とミウは納得し、ソーラに「問題ないと言われたから問題ないよ」と、ソーラの不安に声をかける。

 実際、マダムは未だ書類から目を離さないまま書物を続けている。ソーラもその様子を見て、自分たちに何か憤っているわけではないとやっと理解して安心する。

 マダムはふと、思い出したようにキャッシュボックスを開きながら話を切り替える。



「今回の仕事が今後にどう影響するかは、実際時間が経たないと分からないだろう。とはいえ、今回は今回。次回は次回だ。今回は今回の、相応の対価を支払わなければいけないね」



 マダムはざっくばらんと計算した今回分の報酬を素早い手つきで仕分け、ソーラとミウに袋で手渡しする。目の前で仕分けられたお金の量は、ミウが音で勘付けるぐらいに多い。通常の冒険者の一度の依頼報酬と比べても過ぎた金額である。



「多すぎますよ! まだ一回で、それも初めてですし!」

「あんたは以前のパーティだとケチな金額しかもらってなかったみたいだね。モンスターを三十匹以上も狩ってきたんだ。狩れば狩るだけ金額も跳ね上がる。クソッタレな仕事、せめて金だけはもらえるだけもらえないととっくに冒険者ギルドが廃業しちまうさね」



 ミウはそれを聞いてある程度は納得する。よく考えれば、本来は冒険者パーティは最低四人以上の構成から報酬を山分けする。それを二人だけで、さらに通常のパーティでは到底片付けられない量のモンスターの駆除ともなれば自然と報酬も跳ね上がるのは道理だと。ソーラの方はと言うと、『黄金竜』に居た時には、仕事の内容にしてはケチな金額しかもらえてなかったということが事実であったこともあり、なおさら金額に驚いている始末だが。

 ずっしりと重い報酬金が入った袋に、ソーラが未だしどろもどろしている様子を見て、マダムは最後に言い残す。



「あんたらはまだこれからも仕事をしてもらわないと困るんでね。報酬は、あんたらを意地でも逃さないための手付金だとでも思っておくれ。明日も仕事さ。とっとと帰って寝ることだよ」



 気遣ってくれているのか、ただ極端なビジネスライクなのか、ソーラとミウは判断に困りながらも、報酬を受け取って下宿先へと帰る。

 スピカが帰る直前に「あれでも今日は優しい方だから、素直に喜んでいいからね」というフォローもあったので、二人はそれを素直に受け止めておいた。

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