朝の光は眩しくて:14

 ミウはモンスターの返り血を大量に浴びた身体で、漏れ出る悲鳴を上げながらも必死に支えていた。亜音速でジーナフォイロを全滅させて、亜音速で帰ってきた直後にソーラに迫る巨体を見た時、その身体は反射的にソーラを庇うために動いていた。



「ミウ! 逃げて!」

「ム、リ。もう……っ、うごけな……っ! ぅっ……っ……!!」



 ソーラが必死に訴えるが、ミウは余裕のない顔で顔色を悪くしながら、それでも必死にムベンベの超重量の足を支え続けている。身体強化の魔術で堪えられているものの、ミウの身体強化の魔術は特段にレベルの高いものであり、ミウ以外の人間であるならばとっくの昔に足の下で潰されている。

 ミウにもさすがに辛い状況で、足を受け止めた際に既にミウの骨はヒビが入り砕ける寸前にまで負担がかかっていた。これもミウの特段精度の高い身体強化だからこそヒビが入る程度に済んでいるだけの話だ。


 しかしムベンベにはお構いなしの事情である。ソーラを押しつぶそうとしたら、亜音速の感知できないスピードでミウが庇ったのだから、こちらも二人ごと押しつぶそうと、力を緩めず足を沈めようとする。力が増すたびに、それを受け止めているミウの顔が今まで見たことのないものとなっていく。



「ソーラ! 早くそこから逃げなさい!」



 学院では見たことのない、一切の余裕がないミウの追い詰められ、あるいは死にかけているような顔を見てティスアも手を震えさせながら。おそらくあのまま動けなくなってしまったミウは助からない。だからソーラだけでも。既にそういった気持ちで、足がすくんだままムベンベの足の下から動けずにいたソーラに勧告した。


 しかし、それとは逆の方にひらめき、逆の説得をしたのはヘートヴィッヒだった。



「いや逃げないで! 逃げたらムベンベが動いちゃうわ!」

「二人共死ねっていうの!?」



 狂気に塗れたか、とでも言いたげに叫ぶティスア。だがヘートヴィッヒの表情は冷静だった。やはりこの男は、この面子の中で一番最後まで考え続けていた。



「片足が浮いてるの! 態勢を崩せるかもしれない! そしたら無茶しちゃってるあの子も助かるわ!」

「あ……! 横転させれば、ミウも……!」



 ヘートヴィッヒは諦めていなかった。むしろこれは転がり込んだチャンスだと思っていた。ムベンベはソーラから未知の危険を感知し、焦ったのだ。それこそ、普段はおそろかにしない足元をおろそかに晒してしまうほどに。

 ソーラを押しつぶそうと力んでいる右足は、ミウのおかげで浮いた状態で固定されている。この状態であればムベンベの左側へ横転させる可能性が生まれたのだ。加えて態勢を崩せば、さらなる可能性が派生する可能性もある。


 即興で描き出した未来予想図を簡潔に伝えたヘートヴィッヒ。それをティスアはすぐに理解し実行に移した。先ほどと同じだ。より良い方向に事態が動く可能性があるなら。ミウが助かる可能性があるなら、ヤケクソでも行動するに限ると。


 ティスアは魔術飛行をする。手には黒く太い縄。バリケード作成等のためにティスアが用意していた特製の金属ワイヤーであった。それを飛行し、ムベンベの胴体に巻き付かせる。ワイヤーを左側から引っ張ることでムベンベを転倒させようという作戦だ。


 用意をしている間にも、ムベンベとミウの競り合いは続いている。いよいよミウの限界が近くなっているのか、ミウの姿勢が徐々に低くなってしまっている。焦るティスアと、悲痛な顔をするソーラ。その二人を見て動いた男がいた。



助太刀ログインいたすでござる!!」

「ちょっ、アンタ!? 死ににいく気!?」

「ミウ氏とソーラ氏の可憐な顔が台無しになるかの瀬戸際でござるよ!」



 状況に流されるままでなんとか事態を凌いでいたヴェルナーである。しかしミウの死にそうな顔と、ソーラの悲痛な顔を見て、何かが突き動かされたように一目散にムベンベの足下へと。ティスアの制止も知らぬと言わんばかりに突撃していって、ミウの隣で同じようにムベンベの足を支えた。

 ミウの顔の姿勢がミリ単位ではあるが上がり始めた。ヴェルナーがなんとも言えぬ奇声を上げながらも、確かにムベンベの足を抑えていたのである。



「魔術の身体強化……! あいつ魔術使えたの!?」

「『力持ちなら女の子にモテるだろう』って理由だけで身体強化だけは出来るのよあの子。筋力増強(マッスルゲイン)しか出来ないけど」



 ヘートヴィッヒ曰く「筋力増強しか出来ない下手の横好き」レベル。下心が理由のようだが、それでも筋力増強だけは人より得意なようだ。ムベンベの足に押しつぶされないだけでも、かなり上等であった。加えてヴェルナーも考えなしでこの行動を選んだわけではない。

 身体強化を使える四人の連携である。ミウとヴェルナーが足下から、ドロシーとティスアが胴体をワイヤーで引っ張ることで作戦の確実性が上がるだろうという考えだった。



「掛け声始めっ!!」



 用意が出来たティスアと地上で待機していたドロシーも合流し、ドロシーの掛け声を音頭にして四人が身体強化をそれぞれ使用してムベンベの巨体を揺らす。ムベンベも彼らの予想外の行動に、ついほとんどあげなかった鳴き声を発しながらそれに抗う。

 足下から揺らされていることもあり、確かにムベンベの重心は崩れつつ合った。しかしワイヤーで引っ張る方の力がもう一押し足りないようで、それを理解しているドロシーとティスアの顔が苦いものになる。


 しかし、彼らに救いの手が多く届いた。



「貴様らァ! ワイヤーだ! ワイヤーを引っ張れ!! モンスターを倒せずとも、女を助けることぐらいは出来るだろぉ!!」



 ゲオルクの怒声とに連れられ、ワイヤーに多数の人が群がった。霧の外で待機しているはずの残りの調査隊メンバーである。ティスアとドロシーが驚く間もなく、調査隊全員がワイヤーを掛け声を発しながら引っ張り、加勢していく。霧が濃いにも関わらず、簡易マスクで可能な限り呼吸する回数を少なくしながらも。ゲオルクも扇動するためにあえてガスマスクを外し、毒に肺が侵されながらもなんとか声を絞り出す。


 それは個では小さな力だが、集まることで確かに大きな力へと抗う可能性になっていった。

 ジーナフォイロに襲われていたところをミウに助けられ、必死な顔で霧の中に戻っていったミウを追いかけようとした調査隊たちを、ゲオルクは合流し連れ戻ってきたのだ。ミウに助けられた命を、ミウに返せる形で使おうという調査隊たちの意思を見出したゲオルクの目論見は確かなものだった。

 毒にむせながらも、調査隊たちは全員で巨体を揺らした。ついに我慢できなかったムベンベは、ついにバランスを崩し、その巨体が轟音と共に横たわる。


 崩れた巨体から調査隊たちが散って逃げていく。しかしゲオルクだけはガスマスクを装着しなおし倒れたムベンベに駆け寄っていった。ゲオルクには最後の最後に仕事があったのだ。


 向かったのは転倒したムベンベの口。開いた状態で横になったその口に、ゲオルクは至近距離で大砲を構えた。厳密には口に照準を付けたわけではない。口の中に刺さったままの、起爆装置が故障し不発弾となっていた爆装槍が狙いだ。



「面食らいやがれ!!」



 大砲から発射された砲弾はムベンベの口に吸い込まれ、着弾。すると直後に大きな爆発音が鈍く、ムベンベの喉奥から響き、ムベンベの口から黒煙が吹き出した。そう、黄色い霧ではなく、黒煙が吐き出された。


 ムベンベが煙を吐きながら悶え苦しみだす。喉に致命的な爆傷を負ったのだろう。霧の吹き出しが止むと、周囲を包んでいた黄色い霧は爆速的に消え入り始め、周囲の視界が開けていった。

 霧が止み、予想外の攻撃によってムベンベにも決定的な隙が生じた。最後に決めるのは、最後の最後まで用意に時間を使っていたソーラだ。



「みなさん! 私の近くに集まってください!! 絶対に私のそばから動かないで!!」



 ヴェルナーと二人で、その場で倒れてしまったミウを抱えながら、ソーラは調査隊たちへ声高に命令する。それを聞いた調査隊たちは、恐ろしく素直にそれを聞き入れて雪崩れ込むようにソーラの近くへと全員が集合していった。


 調査隊の面々は、これから何か凄いことが起こるかもしれないことを、視覚で察せられたのだ。


 霧が晴れて今まで誰も気づかなかった。霧が晴れた空、ムベンベの真上の空に、『光の輪』に囲われた巨大な『光の球』を見た。ムベンベを飲み込まんとするばかりの巨大な光の球体が、空に浮かんでいた。


 あまりに眩しく光る未知のそれは、事情を知らぬ調査隊たちの目には、太陽がもう一つ現れたとさえ思えるその光景。その光は、あまりに眩しい朝の光のようだった。

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