朝の光は眩しくて:15

「なに、これ……?」



 立つのが辛そうなミウに肩を貸しながら、ティスアは呆然と、その光の塊を見上げた。光、ともなれば間違いなくソーラが操るものだ。しかしそれはイラがかつて呼んでいた“外灯ランタン”なんでものではない。それはムベンベの巨体すべてを光で飲み込めるほどに巨大な塊だった。

 これから検討もつかない何かが起こることは明白だった。ティスアは今すぐにでもソーラに説明を求めたかった。しかしそのような余裕はティスアにも、そしてソーラにもなかった。

 ムベンベが黒煙を吐き、横たわって悶えながらも、ダメージを克服して今にも立ち上がろうとしていたからだ。もうすぐで動き出す。もし動き出せば、ソーラたちにどのように牙を剥くか予想もできない。

 動く前にムベンベを倒さなければならない。ソーラは覚悟を決めきった顔でムベンベを睨んだ。



「隔離領域もちゃんと展開できてる……! 照射範囲も最小限に設定してる……! 大丈夫、これなら『やり過ぎない』……!」



 ソーラにとって一番の心配点は「霧の存在による威力の減衰」、そして「光に巻き込まれて味方に被害が出ること」であった。霧が一時的に晴れた今は威力に関しては問題ない。いや、そもそも周囲への被害を気にしなければ霧の中でもムベンベを倒すことはできたかもしれない。

 そもそも、ソーラが光の発射に時間を要したのは威力の問題ではない。チャージタイムではなく、照射範囲の設定と、周辺被害を抑えるためのいわゆる安全領域の展開に時間がかかってしまったのであって。モンスターを倒すだけであるなら、ほぼノータイムでそれが可能であるのはソーラが自覚していた。


 事前に安全策を考慮しなかった場合にそれを実行した場合、周辺にいる人間や地形を犠牲にしてしまうのだ。


 それらの懸念点は取り払われた。ソーラの鋭い目、そして頭上の光を見て、身に決定的な危険が迫っていることはもちろんムベンベ自身もわかっている。身体を起きあげようとしたムベンベの身体に――光が差した。


 光の球体を囲む光の輪から、光の杭が伸び、ムベンベの四肢や胴体に光が刺さったのだ。それは楔だった。ソーラはムベンベを地面に磔にして、動けない状態に固定した。


 光がムベンベを貫き、焼いている。明らかに苦しそうな声をか弱く木霊させるムベンベを見せつけられた調査隊の面々。この瞬間、ソーラがたしかにムベンベを手球にとっていた。



「ごめん……私達のために、ここで消えて……!! 『光の槌』!!」



 ソーラは光の名前を叫んだ。その直後、光の球体がそのまま文字通り、地面に叩きつけられた。ムベンベを飲み込んだその光の球体は、地面を焼く音を響かせながら、ムベンベの身体を焼き、溶かし、蒸発させていった。ムベンベの絶命する際の断末魔が小さく聞こえた。ムベンベの身体に内包された大量の毒も、漏れだす前に光に飲み込まれて蒸発していった。その光は、人の尺度では到底表しきれないエネルギー量、温度でムベンベを消し炭にしていった。

 本来ならば直視もできない。直視すればすぐに目が焼き切れ、紫外線で身体をやられるであろうそれを、調査隊の面々の目は見ることができた。ソーラの展開した安全領域の効果である。光による外を逃れられるその空間の中で、確かに光による奇跡の軌跡を刮目した。


 本来ならば刹那であったその光景は、異様に長く感じられた。気がついた時には光の球体は地面の上で小さくなっていき、潰えた時には、とっくにムベンベの姿は存在しなかった。

 代わりに、ムベンベがいたはずのその大地は、一面ガラスに変貌していた。あまりの熱量に大地が砂漠と化していた。これぞ『砂漠の鏡』である、と言われても過言ではなかった。



「――ソーラ、が、倒したの……?」

「うん。……普通の武器で倒すと、体の毒が漏れちゃうかもしれないから。安全に倒すにはこうするしかなかったかなって」



 そもそも倒せることさえおかしな話のはずだった。常識外の魔法を見せつけたソーラ本人はまったく疲れを見せる様子もなくそう言った。むしろただ傍観していただけの調査隊の方がよほど疲れていただろう。


 呆気に取られ、ただ呆然とするしかない面々。そんな中、足元の状況をきちんと理解し冷静だったのはやはりヘートヴィッヒである。ヘートヴィッヒはヴェルナーとティスアが肩を貸しているミウのマスクを急いで取り外した。

 マスクの中は血が溜まっており、ミウは口から血を流して呼吸困難寸前の状態で息を荒くしていた。



「ミウ!!」



 もちろんそれを見て血相を変えたのはソーラである。ティスアとソーラが焦った様子で横にさせられたミウの身体を診た。それはティスアが診断したジーナフォイロの毒にやられた罹患者の症状のそれだったが、さらに深刻なものだったのは一目瞭然である。



「毒にやられてるし、さっきの無茶のせいで身体へのダメージが……! ミウじゃなきゃ死んでるわよ、常識的に考えて……!」

「ほぼ単独で外のジーナフォイロの殲滅をしたんでしょ。かかった時間から見て数はよほどのもの。それを接近戦で返り血も浴びながら。加えて毒の霧を吸っているし、物理的ダメージも大きい。今は魔術による身体強化を生命維持に使っているからもってるけど、意識が切れて身体強化も途絶えたら、死ぬわよ。この子」



 ヘートヴィッヒが密かに懸念し続けていたことはドンピシャだったようだ。ミウも意識はあるものの、目は虚ろになりつつあり、息も小さい。言葉も発せない深刻な状態だ。



「とんでもねぇ数の群れが遅いかかってきやがったんだ……! それをこの子はほぼ全部、単独で倒しきりやがった。その時から苦しそうな顔しやがってたんで、心配になって俺達も追いかけたんだよ……!」

「くそ! 俺たちは何も出来ず、小娘一人に無茶させておしまいとか、とんだ赤っ恥だ!」



 ミウに助けられた待機組の面々も暗い雰囲気で俯いている。ソーラも先ほどまでの凛々しい様子から一変し、泣きそう自分の顔をしかめて同じく苦しそうな顔でミウの手を握っている。自分を庇ったことも原因であったが故に、責任感も感じているのだろうか。それでも、ソーラは泣かない。泣く暇があればミウを助けられる可能性に動きたい。



「ティスアちゃん。私、魔術には詳しくないから聞くね。ミウはどれくらい耐えられそうかな」

「……普通ならとっくに死んでる。けどミウの桁外れな身体強化でどうにかなってるだけよ。身体が弱ってる今の状態だと下手に投薬もできない。ミウの自力で踏ん張ってもらうしかないとしたら、半日もてばいい方。というか、それくらい耐えられるミウが化け物級ね。意識を保てている内に帝都にさえ戻れればなんとかなるはずだけど」


「たとえば、ティスアちゃんが魔術飛行でミウを抱えて帝都に戻るのは――」

「『空飛ぶ化物フライングモンスター』なんて呼ばれてたミウと一緒にしないで。連続飛行可能時間もあるし。それに速度も出せるものじゃないの本来は。加えて人を抱えて長時間飛行もできない。私が運ばれる側で、ミウが運ぶ側だったら問題なかったんだけどね……」



 ならば地に足を着けてミウを運ぶしかない。 それを聞いて思考を走らせるのはヘートヴィッヒ、そしてゲオルクだ。作戦的行動に慣れている二人がこれからの行動指標を脳内で組み上げていく。ゲオルクはドロシーを呼んで認識を擦りあわせ始めた。



「ドロシー班長。仮にここから帝都まで――」

「ゲオルク氏の聞きたいことはわかっているさ。寝ずに走り続ければ丁度半日といったところだ。だが、道中でモンスターに襲撃される可能性ももちろんある。となれば――」

「そうなるな」



 ゲオルクとドロシーは二人で揃って、調査隊の面々に指示を出す。ムベンベという脅威を相手に健闘した第三班が、調査隊の中心としてリーダーシップを発揮していた。



「第三班のドロシーより調査隊全体に指示を出す! これより我らは、最速で帝都に帰還する! 今は夕方になりつつある、夜も近い。夜闇の中の寝ずの行軍となる! リスクは当然あるが、ミウ氏の命の保護を最優先だ!」

「無論文句は言わせんぞ! 周辺警戒を交代制にすれば寝ずの行軍もリスクは多少緩和されるだろう! なんとしても俺たちで無事に勝利の女神を送り届けるぞ!! やれるか貴様らぁ!!」



 ゲオルクの一喝にヴェルナーとヘートヴィッヒを始めとして、合意の声を上げて調査隊の面々は進軍を開始する。ソーラはミウを背中におんぶする形で抱え、走り始めた。

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