朝の光は眩しくて:16
早朝の帝都は朝市で賑わう。武威祭も終わり、日常の喧騒が戻りつつあった帝都の朝。しかしその朝の喧騒を裂くように、慌ただしい野郎たちの怒声が聞こえる。
「退けどけ! 邪魔だ邪魔だ!!」
「勝利の女神様のお通りだ!! 邪魔するな!!」
朝市の人の群れに飛び込んでいった男たちは大きくがなりたてる声を荒げて、人を退かせていく。それは混雑を避け、ストレートに大通りを通り抜けるための一本道を切り開き、舗装するかのような行動だった。
そして人の群れを裂いた一本道に、ソーラとティスアは必死の顔で走っていく。汗をじっとりと流しながら、息も荒くしながら。
「ミウ! お願い……! もう少しだけ頑張って……!!」
体温が低くなるのを肌で感じ取っているソーラは泣きそうな顔で焦りながらも、ミウに懸命にエールを送る。『砂漠の鏡』を出発して丁度半日と少しが経過した。ほぼ最善の予定通りに帝都に到着し、後はミウを病院に送り届けるだけだ。
「走れ走れ!! 俺たちが蹴飛ばしてでも道を作ってやる!!」
「これでくたばらせちまったら俺達の面子もねぇぜ!! 早くしやがれー!!」
道を作った調査隊の面々も荒くれ者の励ましなのか罵声なのか分からない応援をしながら。それらにソーラは漏れ無く頷いて意思を受け取り、帝都の大通りを駆け抜けていく。
彼らの誘導もあり、ほぼ最速で帝都の病院に到着したソーラたち。ティスアはソーラを誘導する。
「魔術通信で話は通してあるわ! 三階に!!」
ティスアの誘導に従い、ミウを抱えたままソーラは階段を駆け上がる。駆け上がってすぐにある部屋に入ると、そこには意外な人物が待ち受けていた。
「やっと着いたかい。道理で外が騒がしいと思ったよ」
「マダム・フローレンス!」
そこには白衣を着たマダム・フローレンスが、医者らしき男と数名の看護師を引き連れて待ち構えていた。部屋には仰々しいベッドと医療器具が既に万全の態勢で整えられており、ミウを寝かせるだけの状態だ。
「マダム・フローレンスは医者としても有名なのよ。下手な人に任せるよりよっぽどマシだわ」
「私は『看護師』だよ。医者じゃない。君たち二人は外でお待ちなさい。邪魔だよ」
マダムはそうは言うが、現場指揮は間違いなくマダムが中心のようで、マダムの指示で医療スタッフたちは動いていく。マダムは仕事モードに入っているので、心配で仕方ないソーラとティスアにも冷徹に命令をした。
無論、自分たちが居ても仕方ないことは二人も自覚しているので、心配そうな顔でミウを見つめながらも、静かに部屋から出て行く。
二人に出来るのは、ミウの無事を祈るのみだ。
病院に到着してから数時間が経過した。病院の一室で待つソーラとティスアに、ドロシーやゲオルク、他の調査隊メンバーも交代するように様子を見て励ましの言葉をかけていく。とはいえ、不安を募らせるならむしろ二人だけで待たせた方がよいと気遣ったドロシーが人払いをしてくれたが。
部屋で待つソーラとティスアはあまりに静かだった。ティスアがソーラに何か言葉をかけようとしても、両手を握って静かに、真剣な眼差しで無言のまま動かずにいたソーラにかける言葉も見つからないまま。
数時間が経過し、時計がてっぺんを通り過ぎた辺りの時間。白衣姿のマダムが額に汗を浮かべた状態で部屋に尋ねてきた。ソーラが今すぐにでも結果を聞きたい気持ちを抑えて、静かにマダムに尋ねる。
「マダム・フローレンス。その、ミウは――」
「可能な限り早く治療に移れたのが上等だったわね。命に別状がない状態には移ったよ。一ヶ月弱は入院が必要だが」
マダムからそれを聞いて、ソーラとティスアはやっと肩の荷が下りたように身体から力が抜ける。ソーラはガスが抜かれたようによろよろと椅子に座り、やっと深呼吸した。
「毒はとっくに身体から抜けてたが、あいにく身体の衰弱がひどかったもんでね。加えて全身の骨は粉砕寸前。内蔵にまでダメージが届いてた。そっちのがよほど難点だったかね。まぁ身体の衰弱さえ解決すればあとは薬に頼れる」
「後遺症、とか……」
「下半身のダメージが大きかったけどもね。身体強化魔術がなければ元々歩くのに不便な身体さ。後遺症はないだろう」
それを確認したティスアもソーラと同じようにへなへなと力が抜けて椅子にもたれかかった。それを見たマダムは鼻で笑う。
「今のうちに休んでおくんだね。調査隊の記録を聞いて帝都の上層はちょっとした騒ぎさ。三十年前の未討伐記録記載対象モンスターを退治しちまったんだからね。根掘り葉掘り聞かれるだろうね」
まだ仕事の事後処理が終わってないんだ、と釘を刺すマダム。もちろんそれには頷く二人だが、疲れきった顔では締まらない返事だった。
ティスアは背伸びして立ち上がり、外へ向かっていった。「調査隊のみんなに教えてあげないと」と言って、やっと笑顔を浮かべながら。
それを見届けて部屋を出ようとしたマダム。その背中に、ソーラははっとした顔で急ぎ声をかけた。
「マダム! その……ミウを助けてくれて、ありがとうございました……!!」
「私より現場の連中に言ってあげるといい。それに、あいつらの言う『勝利の女神』様とやらが死んじまったら締まらないさね」
病院の外では、調査隊の野郎たちの荒々しい喜びの声が部屋の中にも聞こえてくる。それを聞いて、ソーラもやっと少しだけ笑みを浮かべた。
「『勝利の女神』……そう、ですね。ミウは、ほんとに頑張ってくれたから」
「ああそうだい。『あんたたち』がね」
ソーラも口癖で反射的に「私はそんな」と言いかけるが、マダムは視線でそれを遮った。
「あんたらは偉業を成し遂げたんだ。それを受け止めるんだ。堂々と振る舞いなさい。堂々としなければ、あんただけじゃなく、あんたたちの成し遂げた結果が嘘っぽく見えちまう。他の奴らの、そして今ぐっすり眠ってるミウのためにも、堂々とするんだね」
堂々と。今までに自分にはない振る舞い方に若干ぎこちなさを感じながらも、マダムの言葉に感化され、自分の振る舞い方をソーラは鑑みた。
「堂々、と――どうすれば、堂々と見えますか?」
ソーラの純粋でまっすぐな疑問に、マダムは不敵な笑みで答えた。
「『勝利の女神』様だろ? なら、女神様らしく微笑んでればいいんじゃないかい」
マダムのつっけんどんな答えに、ソーラはなぜかしっくりとした感覚を覚えた。
閃光の斥候~「光るだけ」と罵られた光の魔法使い、実は最強の斥候につき~ 茶笑通信 @tm3101
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。閃光の斥候~「光るだけ」と罵られた光の魔法使い、実は最強の斥候につき~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます